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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 1 *赤毛のアン*B
 マグダリアの時計で深夜二時。
 誰も居ない食堂で電気もつけずにアンジェラは泥酔寸前になりながら次の水割りを作る。
 かろうじて予備電灯があたりを照らす薄明かりの中、グラスを傾ける。
 電灯の光がグラスの中で揺らめいていた。

「おやおや、感心しませんね。隠れて飲酒だなんて」

 隠す気など起きない。
 相手が誰であろうと、何と言おうと泣きたくなるのは必然だったからだ。
 ラッセルならなおさら、泣きたくなる。
 アンジェラが無視を決め込むとラッセルは珍しく苦笑し、その隣に座った。

「ロックをいただけますか」

「自分で作れ」

 いつもより投げやりに返事をする部下にラッセルはただにこにこしながらグラスに氷を入れなみなみとウイスキーを注ぎ、
 しばしそれを見つめると一気に飲み干した。
 目を点にするアンジェラ。

「何か嫌なことあったの?」

「たった今あなたに冷たくされました」

「ああ、そう」

 天然かパフォーマーなのかはさておき、今アンジェラにコントをやる元気はない。
 黙って机に伏せるとラッセルが静かに口を開いた。

「さっそく候補生とはうまくいってないようですね」

「わかりきってるんでしょ。駄目だよ、私には無理だよ。自分のこともわからないのに、どうして人に教えられるかなぁ……」

「わかっていますよ。あなたがパイロットを辞めたがっているのもね。だから教官になってもらいました。
 将来ある若者にパイロットたる何たるかを説きながらパイロットを辞めるなんて事はあなたにはできない、そう考えました。
 弱音を吐いて、嗚咽を垂れ流して楽になるならいくらでもどうぞ。そのかわり、あなたは戦い続けなさい」

「…………」

 アンジェラは残酷な言葉を連ねるラッセルに複雑な、泣きそうな顔をむけた。
 こういう時くらい慰めの言葉をかけてほしいが期待はしていない。ラッセルが期待に答えるはずもなかった。

「なんですか? そのぶっちぎりに怨念込めた顔は」

「あんなお嬢のお守り押し付けてよくそんな優しくない台詞吐けるなぁと思ったの! あーもう、本当人間失格なんだから! 鬼! 悪魔!」

「ははははは」

 まったく反省がないどころかヒステリックになるアンジェラを見て楽しんでいるようでもある。
 本当に意地の悪いサドな上司だ、とアンジェラは頭を抱えた。
 おそらくアンジェラの気持ちにも気づいていて、やんわりと拒否しているのだろう。
 ラッセルはいつまでも笑って誤魔化すわけにもいかず話を切り替えた。

「フランチェスカ・ド・ジュストイマイセン……。先月、暗殺された宇宙開放派の政治家の令嬢だそうです。地球軍への復讐が目的でしょうね」

 復讐……。不意にアンジェラは焦るような態度の彼女を思い出した。
 自己を追い詰め、鞭打ち進もうと苦しむ生き様が似ている。
 髪をぐしゃっとかき混ぜてアンジェラはうにゃりうにゃりとぼやく。

「復讐ね……。復讐に駆り立てる過去があってうらやましい限りよ。過去のない人間は何を理由に戦争したら納得されるんだろう。
 好きでパイロットやってるわけでもない、地球軍に恨みがあるわけでもない、まして宇宙の未来がどうのとか解放軍の言い分も難しくてわかんない。
 こういうのってどうなのかな。不純な動機ってやつなのかなぁ」

「足掻いたって無駄ですよ。戦争に動機が必要ならこんなに頻繁に起きません。たとえ理由があってもそれを誰もが理解するわけではない、
 だから争うのでしょう? 理由なんて無意味です。戦争は暴力と暴力で行うのです」

 よくも司令官長たる人物が言うものだ。
 ラッセルにとっては戦争は経済か物理現象の一環としてしか見えていないのだろう、その中に含まれる己の死すら。
 アンジェラは相変わらず体温を帯びていないようなラッセルの表情に物悲しげな視線を送る。
 こんな人間の部下をやって、ついでに好きになっている自分が可愛そうに思えたからだ。

「こんどはなんですか?」

「ひとでなし」

 ラッセルが人として逸脱したもののとらえ方をしているのは承知しているが、
 女の気持ちを踏みにじりまくって酒のつまみにしているところがひとでなしなのだ。
 おそらくそれも理解してラッセルはとぼける。
 さらに泣きたい心境になったアンジェラは水割りを喉に押し込んだ。

                     *            *            *

 その日の午前四時、マグダリアのクルーは戦闘態勢のアラートに目を覚ます。
 アンジェラにいたっては30分しか寝ていない上にしっかり酒は残っている。その上、睡魔にも襲われていた。

「ウォウァーッ!! 敵艦に神様が乗ってたら絶対ぶっ殺すーッ!!」

 先ほどの弱音はどこへやら、意味不明な罵り声を上げながら全速力で艦内デッキに走るアンジェラ。
 一部、敵機よりも恐ろしかったかもしれない。
 フラウもアラートに飛び起きたはいいが部屋を出たとたん、暴走状態のアンジェラを目撃したものだからそのまま硬直してしまった。
 すでに何語かも判別できない雄叫びを上げながら艦内デッキの扉を蹴破る。ああ、また整備士が嘆く。
 あちこちに損害を与えながらアンジェラは出撃した。

 一方、嵐が去った後のような廊下でまだ目を丸くしているフラウ。

「あーあーあー、すっかり荒れてたわね」

 まるでいつものようにと言わんばかりに白衣の女が大きなあくびをしながら嵐の過ぎた方角を見る。彼女は慣れた調子で落ちていた部屋のプレートを戻した。
 軍医、万条目(ばんじょうめ、と読む) トリコはすぐにフラウに気がついて気さくに話しかける。

「びっくりした? あれが解放軍名物<天使の顎>、アンジェラ・バカロッチェよ」

 故意に間違えた苗字を教えてトリコは一人で大笑いした。
 そう、と聞き流しかけてフラウは叫ぶ。

「<天使の顎>ですって!?」

 <天使の顎>、それは暴動の慈悲の名、慈愛の武器の名。
 地球軍が恐れる女パイロットの二つ名だ。
 ヒロイックな想像はことごとく消し飛び、フラウの脳内でアンジェラが高笑いしていた。

「あれが……」

 落胆するのも無理はない。

                  *            *            *

 そして落胆されているのも露知らず、アンジェラは呪詛の言葉をつぶやきながら敵艦隊に突っ込んでいく。
 あまりに速度を上げているのでモニター越しに観測員がまた悲鳴を上げている。

「アリエス、限界速度です!! 装甲がはがれます!!」

「うるせーッ!!」

 もはや彼女になにを言おうと届かない。
 ギシッ……。
 機体が軋んでいるがアンジェラは操縦桿を前に倒し続けた。

「人がちょっとスランプだからって調子に乗ってんじゃないわよ!! 時間考えて戦争しろ!!」

 ミギシッ……。
 操縦桿までが抗議を訴える。
 測定器がイヤンイヤンと左右した。

「アリエス! 限界速度超えました!」

 ギシッ……。
 ミギシッ……。
 イヤンイヤン。

 そのフレーズに破廉恥な想像をしつつ、そういうことには縁遠い自分がまた情けなく、アンジェラは咆える。

「うるせーッ!!」

 二本のフォトンレーザーを前方に突き出しアリエスは次々と敵機を貫いていく。
 女の僻みが敵艦隊を打ち破るまで3時間とかからなかった。

「せ、生体反応警戒範囲内からロスト……」

 勝利通告に少しは落ち着いたのかアンジェラは小声で答えた。

「帰還します」

 アリエスが方向転換をして操縦桿を前に倒したそのときだ。

 ぽき。

 あっけなく折れてくれた操縦桿に我を失うしかないアンジェラ。
 操作不能となったアリエスが回収されるまで彼女は操縦桿を握っていたという。
 誰もがあきれる中、ラッセルだけは相変わらずでこんなことをいった。
 
「操縦桿を手放さなかったとはパイロットの鏡ですね」

 本当に寒いジョークである。

                *            *            *

 後日、食事中のアンジェラの前にフラウが腰掛けた。
 また何か怒られるのだろうか、と身構えたアンジェラにフラウははっきりとした口調で宣言する。

「私、あなたの人格は認めないけどパイロットとしては認めるわ。それに、年上の人間を呼び捨てにするほど不躾ではないの。
 だから、あなたのことは先輩って言うわ」

 ふんぞり返ったままフラウは口を尖らせる。
 それが可笑しくてアンジェラは笑った。
 フラウが金切り声で怒る。
 また騒いでいるとトリコは肩をすくめる。
 司令室の窓からラッセルは宇宙をみる。

 宇宙は今日も無慈悲に暗い。

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