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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 9 *悪魔を憐れむ歌*B
「ジェラードさんのトラック、回収終了しました。どうぞ、ご入場ください」

 モニターに懐かしいカオの姿が映るとアンジェラは一息つく。
 帰ってきた、色々あったが。何より、人間が当初の予定より倍に増えているが。

「さてと、ご帰還じゃないかアンジェラ」

 ジェラードがドアを開く。
 アンジェラもあまり来たことのないマグダリアのポートが広がっていた。
 艦内デッキの丁度真下にある物資受け付け用のデッキだ。

「そうは言っても問題山積みなのは気が重いわ」

 溜め息が続く。
 ギオとマディソンを押しのけて三週間ぶりにマグダリアに足をつける。
 これといった感動はないが気持ちがやっと落ち着いた。
 しかし、何かが違う。
 こんなに寂れていただろうか。
 アンジェラは艦内の空気の違いを敏感に感じ取っていた。

「アタシゃ、積荷をおろしとくよ」

 ジェラードが先に動く。
 と、なると厄介な二人を任されることになってアンジェラは嫌な顔をしたが渋々案内役にまわることにした。
 艦内を歩く。人がいない。
 時々すれ違う人々は敬礼をして迎えてくれているが、大幅に人材が減っていた。
 まずは司令室だ。アンジェラはギオとマディソンの質問を後回しにして司令室に乗り込んだ。
 機械音を放ってドアが開く。
 そこでさっきまでナビゲートをしていたカオと、数人の観測員、トリコ、フラウ、カルヴィンの姿が目に入る。
 そして、黒衣の男が司令官長席からゆっくりと立ち上がった。

「……!」

 ラッセル・レヴヴィロワと姿が重なった。
 だが、それが馴染みきれていない卓郎の本性だとわかるとアンジェラは眉をよせる。

「帰ってきたわよ、ご希望通りにね」

「おかえりなさい。怪我はないか?」

「ふぇ?」

 拍子抜けしたアンジェラの顔は見ものだった。
 卓郎に意外な事を言われて次がない。
 後ろでカルヴィンが笑いをこらえて引きつった表情になっている。

「いや、ないっていうか……」

 語尾が消えていく。
 本来なら勢いに任せて問いただすつもりだった。
 だが、決意がくじけた。

「そうか」

「ええと、なんだろう」

 期待されている言葉はわかっていた。
 険悪なアンジェラの第一声からそんな雰囲気に卓郎が無理矢理に持っていってしまったのだ。

「ただいま」

 拗ねた表情がまるで家出娘のようだった。
 確か、勝手に出ていって勝手に地球に落ちていったのだ。
 心配はそれはもうかけただろう。特にトリコ。

「バカ女」

 早速トリコが見下して言う。

「誰が……!」

 バカ女よ!
 そう言い返すはずがまたしても勢い詰まった。
 トリコの目にも涙。

「自分だって……」
 
 言い返すのはそれくらいにしてアンジェラは卓郎に目を戻す。

「聞きたいことが山ほどあるけど、今はやめておく。今は、だからね」

「俺も聞きたいことがある。だが、後日にしよう」

 卓郎の視線はギオとマディソンにあった。
 それから続けて彼は変わって軽い調子で棒読みに喋る。

「さて、俺が好きに仕切るのもどうだかな、ここで艦長を決めよう」

「おうら、ちょっとまてい!」

「では、艦長候補は前に」

 カルヴィンの慄く声を全員が無視していた。丁度、一列に並んでいた一同と、その後ろに立っていたギオとマディソン。
 言い合わせていたかのようにカルヴィン以外のメンバーが一歩下がってギオとマディソンに並んだ。
 前方の列に一人取り残されたカルヴィン。

「オヴアァッ!?」

 左右を見回してももう遅い。

「まあ、そういうことになったので艦長、艦内放送で挨拶を」

「卓郎、お前、本当変わってねえな! 外見ばっか変わりやがって! それ、本当に最終形態!? 次変わったら俺、ついていけないぞ!」

「慌てるな、原稿は用意してある。徹夜で」

「確信犯かよッ! 徹夜って、昼寝してたろ!? 暇だな、お前も! ってか、2枚しかねえじゃねぇか! しかも活字デカーッ!」

「読みやすいだろ」

「いらないよ、そんな親切! むしろ不親切だよ!」

 一連のやり取りも無視して残りは司令室を後にした。

「卓郎はいつもあんな調子なの?」

 誰ともなくアンジェラが問う。

「いえ、カルヴィンさんで遊んでる時だけ」

 フラウが真顔で答える。カルヴィンは遊んでいるつもりはないだろう。
 司令室のドアを振り返ってアンジェラはカルヴィンに同情した。

「ところで」

 あっさりと違う話題にされてしまうカルヴィン。
 ギオとマディソンを簡単に紹介し、今度はトリコとフラウが名乗る。
 終始、鼻の下が伸びっぱなしのギオとマディソンにアンジェラは不安を覚えた。

「じゃ、私は仕事に戻るわ」

 そういって白衣を翻すトリコの後姿にギオが呟く。

「トリコさん、美脚だなぁ〜。年下は好みかなぁ」

「女軍医とは、解放軍の艦はなんとサービスがよい」

 マディソンも調子を合わせる。

「フラウちゃんは俺なんかどう? 俺、まだちっさいけど成長期にグンっと!」

 今度はフラウをナンパし始めるギオにアンジェラが慌ててフラウの後ろでバツマークを作った。
 彼女に身長の話は厳禁だ。
 ちっさい、という単語だけがフラウには聞こえたのか、挨拶代わりの回し蹴りがギオの顔面にめり込んで鬼気を放ちながら彼女は去った。

「うーん、エクセレントッ」

 アンジェラは成長した後輩の後姿に密かに賛美の言葉を投げる。

「調子に乗ってると痛い目見るからね」

「容赦ねぇなぁ……」

 赤く跡のついた顔面を押さえギオがぼやいた。
 だが、反省はしていないあたりもうお約束の返事だ。

「まずは艦内デッキを見せてあげる」

 二人をつれてアンジェラはすぐそばの艦内デッキを案内した。

「…………」

 アンジェラは入り口でふと思い出す。
 急に区画閉鎖のアラートがなって、卓郎がそのドアを粉砕し、艦内デッキには整備士の死体があった。

「…………」

 ドアは修復されていた。
 開くと、十人に満たない整備士が簡単な調整を行い、その端で子供が遊んでいる。
 アリエスがあった場所はぽっかりとあいていた。

「そっか」

 アンジェラは口に中で呟いて気を取り直す。
 あの日以来、変わってしまった。だが、それはもう消化しきった。
 さて、いつもの説明をするか、とアンジェラが口を開きかけたとき、ギオが走る。

「?」

 整備士たちも彼に目を向け、しかし誰も止めようとはしない。
 その現象は時にあるのだ。
 一機の戦闘機の前で立ち止まり、ギオはその機体を見上げる。

「なんじゃあ?」

 マディソンが眉をひねる。
 アンジェラにはギオのとった行動の意味がわかった。

「呼ばれたのね、プリマテリアに」

 警戒しているような、しかし再会を喜ぶようなギオには何かが聞こえているのだろうか。
 ギオが見上げていたのは魚座宮の戦闘機パイシーズ。
 アリエスに似た攻撃特化型の華奢な機体だ。
 パイシーズが食らう感情は”本能”。鋭敏な感性を持った海色の少年には似合っていた。
 何故だかアンジェラは残念に思った。
 こうしてギオはパイロットとして歩んでいくのだろう。
 しかし、この繊細な少年にそれが勤まるのだろうか。
 そして、彼がそのせいで死んでしまうのではないかと不安がひっきりなしに叫んだ。


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