NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 8*WHEN A MAN LOVES A WOMAN*D
公衆トイレの出口でギオは呆然と立っていた。
入ったときにはそうでもなかったのに出口には十人ばかりの黒スーツの男たちがトランシーバーごしに連絡をとりあっている。
「ツチノコでもいたのか!?」
口ではそういうものの、本当は地球軍に見つかったのではないかと第一に考えた。
だとすると、とにかく一目散にトラックに向かうのが先決か、いや、もしかしたらアンジェラもジェラードも見つかっているのかもしれない。
とにかく再度トイレに戻って手洗い場の鏡とにらみ合う。
「そうだよな、こんな頭色の美少年じゃ目立つよな。いやいやいや、冗談なんか言ってる場合じゃないぜ、俺!
俺一人でマグダリアに着いたとしてもアンジェラがいなかったら逆に危険だろうし、だからといって捕まるとどうなるかわからないし!
あああ、俺って本当、いざとなったら役立たず〜!!」
「そんなこといってる暇があれば動かんかい」
「そうだけど、思春期の少年はデリケートっていうか……あんた誰」
鏡に映ったギオの後ろには怪しげな初老の男が立っていた。
「おまえさんこそ何もんじゃ」
「いや、ジイさんこそ!」
「怪しい奴じゃのう」
「いや、あの! だから!」
「マグダリア、とわしには聞こえたぞい?」
「あ…………」
「ほれほれ、怪しい奴じゃのう。まさか解放軍の手先か? ん?」
「…………ぬあぁあ……・」
青い髪の少年とボサボサ頭でにやけ顔の老人、二人そろって尚、怪しい。
ギオは失態を取り繕うこともなく素直に、やってしまった、という顔になる。
すると老人はにやけ顔をさらにゆがめて笑った。
どうしてかこの老人、頭はボサボサで顔はにやけっぱなしだが、かなりいいスーツを着込んでいる。
パリっとした襟元にはブランド物の金のピンナップがついていた。
「おぬし、足には自信があるか?」
「なんだよいきなり。体力は自信あるよ」
「フム、好都合」
「?」
ギオが言い返す前に別の声がその場を制した。
「いたぞ! こっちだ!」
入り口に黒服の一人が立っている。
「やべぇ!」
ギオは反射的に走り出す。
だが、次の瞬間、身体ががくんと重くなった。
背中にあの老人が張り付いている。
とにかく、黒服を押しのけて公衆トイレから脱出をすると、ギオは走りながら叫んだ。
「なんでジイさんくっつくんだよ!! 俺はジジイ趣味じゃねえかんな!」
「奇遇じゃのう、わしもじゃ」
「どぁから! そんなこと言ってんじゃないんだよ!!」
すれ違う人々に見られようと笑われようとギオは止まらない。
後ろからは黒服たちが追いかけてくる。
「逃げたぞ! あっちだ!」
「なんとしてでも捕まえろ!!」
口々に咆えながら追いかける黒服。そして、逃げるギオ。
「やーいやーい! ここまでこんかい、べりょべりょばー!!」
そして背中に寄生しているジジイが焚きたてる。
「ん何やってんだよッ! ジイさん!!」
「わしゃ、ジイサンではない。アクロウル・マディソンというかっちょいい名前がある」
「偉そうに言ってんなよな! 社長かあんた!!」
タイミングよく後ろから追いかけてくる黒服が叫んだ。
「社長!!」
「社長!?」
ギオも裏声で繰り返す。
「クフォッフォッフォ!」
「お戻りください! 社長!!」
「あっかんべー」
「会議は! 会議はどうされるのですか!?」
「しらーん」
マディソン氏のふざけた拒否の返答に重なってサイレンが鳴った。
警察だ。もちろん、警察は国の管理下で、ついでに国はどこもかしこも地球軍に加盟している。
警察すら地球軍の部下だ。
騒ぎを聞きつけてやてきたようだ。
「そこの少年、止まりなさい!! 誘拐は重罪だぞ!」
「なんで俺が好きでジジイを誘拐しなきゃならないんだよ!!」
ギオにとってはかなり切実なのかものすごい形相で言い返し、それでもまだ全力疾走を続ける。
狭い通路が幸いして、ギオの方が黒服よりも小回りが利き、どんどんと引き離していった。
だが、サイレンはトラックのある駐車場に入っても引き離せなかった。小型バイクにのった制服の警官が追い詰める。
ジェラードのトラックが見えた。
「うわああぁぁぁぁぁん!! ごーめーん!!」
車内の二人は半透明のフロントガラスのモードに切り替わった窓の向こうの絶叫しながら帰還するギオに気がついて目を点にした。
状況は理解できないがやることは一つ。
アンジェラがドアを開き、ジェラードは発進の準備に取り掛かる。
「事情は後で聞かせてもらうからね!!」
「好きにしてくれ、もう」
半ば諦めながらギオはトラックに飛び込む。まだドアが開いているというのに上空のシェルターが開き始めた。
そして、トラックのエンジンが唸り、車体が持ち上がる。
ドアを閉め、フロントも宇宙空間用の装備に切り替わる。
「揺れるよ!!」
ジェラードが一括するも、助手席には人間が三人も折り重なってごちゃごちゃしていた。
「ちょっとーッ! 重いってば!!」
ギオの胸の下辺りからアンジェラの叫びが聞こえた。
いつもの威勢のいい声、というよりも本気で助けを求めているようだ。
「ジイさん、どけって!」
「この狭い車の中でどう動けと言うんじゃ」
三人とも正論だった。
だが、いつまでもアンジェラを潰していると後が怖い。
ギオはマディソン氏をダッシュボードに下に追いやって態勢を立て直す。
「で、なんなの、このおじいさん」
「日本には子泣き爺って言う妖怪が……」
「なんなのって聞いてんの……」
トーンをさげ、ゆっくりと威圧的に問うアンジェラは目が据わっている。
「…………はい」
ギオがさらにわからない、というと怒りは爆発していただろう。だが、マディソンが割り込んだ。
「おぬし等がマグダリアへと向かうと知っての、面白そうじゃから同行することにしたんじゃ」
「”したんじゃ”じゃないわよ!! 狭いわよ!!」
「アンジェラ、落ち着きな」
ジェラードが冷静に、ゆっくりとアンジェラに言い聞かせる。
「もうコロニーには戻れないし、このままマグダリアにいくしかないよ。ここでドア開けるってわけにもいかないじゃないか」
「ほほう、アンジェラちゃんか。そうじゃぞ、でっかいねぇちゃんの言うとおりじゃぞ」
「”ちゃん”付けで呼ぶな!」
「よろしくのう、アンジェラちゃん」
にやり、と鼻の下を伸ばしながらもすっかり無視してマディソン氏は狭い空間でアンジェラに手を差し伸べる。
憮然としながらもアンジェラはその手をとった。
そして、いつもながらふと考える。
またもや変なのが増えた。
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