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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 8*WHEN A MAN LOVES A WOMAN*B

「確かに、無計画だったわ……」

 苦々しげにアンジェラが呟いた。
 だが、他の二人は平気な顔をしている。ギオにいたっては随分とにやけていた。
 フェンスをくぐり、倉庫に忍び込み、トラックについけられていたチェーンを外し、いざ出発しようというところで警報がなった。
 トラックに飛び乗り、映画さながらの逃走劇があったが、その間、アンジェラはそれどころではなかった。
 宇宙専用の特別性のコンテナを引きずった不細工なトラックだった。
 無骨なフォルムは中身にも侵食しているらしくむき出しの甲板が隣り合わせの宇宙の冷たさまで伝導させている。
 着れる物も出発のときに圧縮してコンテナにつんでしまっている。
 ジェラードは慣れと保温素材の特別なツナギで平気な顔をしているがアンジェラとギオは両腕を抱えていた。
 問題はそれだけではない。
 二人乗りなのだ。
 巨体のジェラードが運転席に、アンジェラとギオが助手席に詰め物になっていた。
 アンジェラは何度も腰でギアを入れ替えてジェラードに押しのけられる。
 狭い……。
 寒い……。

「もうちょっと端によんなさいよ!」

「そう恥ずかしがるなって、子供じゃないんだから。仕方ないのわかってるでしょ?」

「…………ムカつく」

 腹のそこからうなってアンジェラはギオの飄々とした態度にいらだった。
 余裕ブチかました大人の態度をとるとギオはかなりはまりすぎていて可愛くない。
 正論を吐き、堂々とし、まるで付け入る隙がない。
 アンジェラは劣等感を感じた。一方でかなわないとすら思った。

「おねいさん、そんなに座りたいなら俺のひざのウエグボォッ!!」

 アンジェラの裏拳がうなる。

「私、そういう軽薄な言葉、大嫌いなの。次言ったら丸坊主にするからねアンタ」

「丸坊主になっら髪の毛生えそろうまでつきまとう」

「…………」

「なかなかいい根性してるね」

 ジェラードが呑気なことを言った。

「アンジェラ、冗談なんだから本気にしないの。ギオもそのおねいさんは派手に見えてウブなのよ」

「若干異議ありッ!! なんかその言い方、ギオの肩持ってる!!」

 アンジェラがジェラードの横顔に言葉をぶつける。
 だが、彼女からは返事がなく、背後から追撃がされた。

「ウブ……<天使の顎>。…………う・ぶ<天使の顎>。なんかエロビデオのタイトルみたいだ」

「この…………」

 振り向けば無駄に、強烈にさわやかなギオの笑顔がある。
 からかわれているのは、つくづくわかっているがアンジェラは黙ってはいられなくなった。

「どの口がそのアホをヌカすーッ!!!!」

 ギオの両頬を思い切りつねりねじる。
 それでもギオは嘘笑いのまま嬉しそうな悲鳴を上げた。
 アンジェラという女は自覚はないが本当に遊ばれるのが性に合っているおバカさんなんじゃないか、とジェラードは思う。
 ラッセルにお熱だった頃も、見ていて面白いくらいに振り回されていた。
 なかなかいいコンビになりそうだ。
 勝手ながらジェラードは面白おかしい展開を期待した。
 だがいつまでも騒がしいのはごめんだ。

「ほら、騒いでないでじっとしてな。もうすぐLv3コロニーに着くよ」

 母親が子供の喧嘩を止めるように言う。
 豪腕の肝っ玉母さんには従うしかなく、アンジェラはギオを睨みながらおとなしく狭い隙間に腰をねじ込んだ。
 ぴったりと触れているギオの腕が温かい。

「なんだよ。拗ねたのか? 安心しなって、俺は年上が好みだから」

「…………」

 アンジェラは闘牛のような鼻息を鳴らして目をそらした。
 ジェラードの前にセットされているレーダーを覗き込めばもうコロニーの領域に入っている。
 密入なのだから、ゲートが開く際のアナウンスもない。
 しばらくそのままの状態で我慢していると、ジェラードが急にエンジンを切った。
 車内のナビが空気中に入ったことを告げる。
 わずかな浮遊感がなくなり、身体がシートに吸い付いた。

「さ、ついたよ。順番にトイレにいったらメシ食って寝るだけだ。アタイはメシの準備しとくから、どっちか先に済ませおきな」

 有無をも言わさずにアンジェラが先だ。
 アイコンタクトすら無しにアンジェラがギオを押し出す。
 仕方なくギオは先に降りて不機嫌な彼女の背中を見送った。
 デパートの駐車場とさほど変わらないところだ。
 緑の鉄製の柱に、鉄板の壁。箱詰めのように区切られた空間に同じような運送用のトラックが何台も並んでいる。

「ほら、ぼさっとしてないで手伝いな!」

 コンテナの後ろからジェラードの声が響いた。

「はぁい」

 なんだか宇宙という気がしない。特別な感動もなかった。
 こんなものなのだろうか。窓から宇宙空間でも見れば感動するのだろうか。
 釈然としないままギオはコンテナの後ろに回る。
 とたん、次々とジェラードに荷物を渡された。
 両手に手に溢れる衣類と食料に驚いてただ受け取るだけのギオにジェラードが話しかけながらさらに小型の暖房器具まで押し付けてくる。

「あんた、あんまりアンジェラをからかうんじゃないよ」

「怒ってる?」

「アタイは怒っちゃいないさ。だけど人には事情とか、タイミングってもんがあるのさ」

「…………。ラッセルって奴?」

「なんだい。あんた知ってたのかい?」

 コンテナから這い出てきたジェラードは唇を歪ませていた。

「うん、まぁ」

 もう顔が見えないほど雑貨を山積みにされながらギオは歯切れ悪く答える。

「なら止めときな。女はデリケートなんだよ」

 ジェラードが言うと説得力がイマイチ。
 さらに、それがアンジェラのことを言っていると思うとさらに信憑性が薄れた。
 かといって素直に反論していては会話にならない。ギオは頷いた。

「本当にわかったんだろうね」

「努力はする」

 女はデリケート。
 だとしても、自分だってただいたずらに構っているのではない。
 ギオは不満を飄々とした表情に隠しながらいい返事だけを返した。
 自分だって、郷愁にかられる。もうどこにもない安息の場所に顔をうずめて余裕を感じたい。たっぷりと沈んでしましたい。
 まだ抜けきらない幼さがどうしても泣き叫んでいた。
 甘えていたい。守られたい。
 懇願に気がつくと何故だかアンジェラの背が頭に浮かんだ。

 ”世界から、怖いことを無くすためです”

 甦り掛けた記憶は似たような、しかしまったく別の声にかき消された。

「ただいま」

 解放軍の女性パイロットの声だ。
 あの天使の姿から、あの天使の唇から、全く別の人間の言葉が出る。
 改めて、ギオはアンジェラが疎ましく思えた。

「おかえり。ジェラードさん先に行ってよ。こういうとこしか俺が女の人立てたれるとこないから」

「そうかい。じゃ、遠慮なく」

 ギオのことをジェラードは理解したらしい。
 ギオはアンジェラに何か言いたかったはずだと察してジェラードが場を離れると、その思惑通りにギオは口を開いた。

「あのさ、一つだけはっきり言うから」

「何よ、改まって」

 機嫌が悪いアンジェラはつっけんどんに返した。
 だがギオもそれには怯まずに強気の態度で両手に抱えたものを足元に置いて姿勢を正す。

「俺は約束したからな。お前が忘れていても関係ない!」

「関係ないなら今更になって決意表明しなくてもいいじゃない」

 出鼻をバッキリくじかれてギオの決意もものの見事にくじかれた。
 予想以上に冷たい反応だった。
 愕然としてギオは言葉を失い、ただアンジェラが慰めの言葉をかけるのを期待したがそう望むようにはならなかった。

「どうせ忘れてるわよ」

 アンジェラが痛烈な言葉を吐き出した。
 珍しく、何かを抑えるような表情で彼女はそのあと押し黙った。
 単純明快な開けっぴろげが過ぎる女ではなかった。

「そんなこと言いたいんじゃないのに……」

「そう聞こえるのよ」

「…………」

「私は誰? あなたが知っている私はなんなの? 天使!? 永遠の命の研究の実験材料!? ”フェニックス・フォーチュン”って、なんなの……!」

「ごめん、俺にはわからないよ」

「…………そうよね。散々きいたもんね、そんなこと」

「…………あ」

 ふと、アンジェラが天使の表情を見せた。
 苦しそうな、悲しそうな。

「やっぱり、私、言い過ぎたわ」

 即座にその苦痛を鞘に収めてアンジェラが毅然とした表情に戻る。
 その切り替わりすらもなにか痛々しいものを感じさせた。
 ジェラードが戻ってくるまで特に会話もなく、彼女が戻ってくるとギオは逃げるようにその場を去った。

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