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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 1 *赤毛のアン*A
西暦2199年。宇宙開拓時代。

宇宙の所有権を巡って地球連合軍と宇宙解放軍の二つの勢力がせめぎあっていた。
巨大勢力を誇る地球連合軍に対し、宇宙解放軍の力は微弱で、一瞬にして叩き潰されるかと思われていた。

しかし、歴史上にあらわれた英雄たちによって、戦局は大きく揺らぐことになる……。


戦闘母艦マグダリア。
宇宙解放軍の唯一の基地である。総員約300のクルーを乗せた巨大なスペースシップは地球から追放され、現在は地球軌道上を回っている。
宇宙を開拓し見果てぬ夢を追う、そんな地球の政府の意向に逆らい宇宙開拓を阻止するレジスタンスは自らを宇宙解放軍と呼んだ。
 資源不足を声高に訴える市民、それに突き動かされる暴動政府。宇宙解放軍は彼らの宇宙進出を許さない。
 地球を食いつぶすだけの人類が宇宙の資源に手を伸ばし、際限なく滅ぼしていく。それが宇宙解放軍の阻止すべき現実だった。

「ま、どっち道その日暮らしだけどね」

 そうかな?

「現にそうじゃない」

 まあね。

「ほら、さっさと手ぇ動かしな。時間がな……ぃ……」

 どうした?


*************************************************************



 9月3日。
 宇宙空間に身元不明の漂流死体が解放軍戦闘母船マグダリアに発見される。
 フリーズドライでもされたように乾ききった死体は見る影もなく、宇宙服の中でバラバラになっていた。
 ただ、その指は救難信号のボタンを押し続け、そのレーダーが示す位置からもうひとつ、漂流者が見つかった。

 生きた、女性だった。


 白い炎、花咲く岬、海の匂い。
 黄昏、稲妻、鼓動悔恨隕石呪縛上昇迷彩銃声横暴天クウ弱点キボウソウ難サクジョ根テイ豪華マホウチキュウボウソウブンカイイイイいイイいいイイイイイ

 宇宙。


「っハ!」

 怯える吐息が自分のものと理解できるまで時間がかかった。
 酷い夢を見ていた気もするがよく覚えていない。
 両手が操縦桿を握っていた。
 ハッチの外には宇宙が広がっている。
 戦闘機の中だ!
 目覚めてから気づくまで2秒。実際、夢を見たのもほんの数秒だ。
 地球軌道Lv5。戦闘機の残骸が列を成している。
 この軌道は数キロも離れれば美しい銀の河に見えるが近づけば凄惨な死者の行列となる戦闘前線だ。
 パイロットたちはこの軌道を<天使の顎(あぎと)>と呼んだ。
 名誉と死が隣り合わせたその場所でまた戦闘機が縺れている。

 ギアを入れなおす。
 操縦桿が撓るほど無理やり戦闘機をバレルロールさせ、標的となる地球連合軍の戦闘機に狙いを定めた。
 司令室につながったモニターから観測員が叫んでいる。

「駄目です!! 近すぎます!!」

 それを無視して機体は地球連合軍の戦闘機めがけていく。
 再度忠告をしようとした観測員のヘッドマイクを取り上げ、銀髪の男が代わりに語りかけた。

「やってしまいなさい」

 穏やかで冷たい笑みを浮かべ、銀髪の男はモニター越しに戦闘機のパイロットを見つめる。

 幼さと妖艶さのある女だった。
 毒々しいワインレッドの赤い髪は渦を巻いている。それとは対峙色の緑の瞳は柔らかな光を放っていた。
 淡くグロスを塗った形のいい唇を一舐めして、彼女は眼前のスイッチをピアノを奏でるように叩いていく。
 一番から六番までの光子ミサイルが装填と同時に発射され、機体からは二本のフォトンレーザーがのびる。
 残骸もろとも粉砕し、撃破し、殲滅させながらその戦闘機が<天使の顎>を闊歩する。
 いつしかそこに現れる現代の魔女も<天使の顎>と呼ばれるようになった。
 なぜなら、彼女の名が<天使の顎>を意味するアナグラム、”アンジェラ・バロッチェ”だからだ。

「生体反応、ロストしました……」

 観測員は震える唇を悟られまいと顔を強張らせながら勝利を告げた。

                   *                       *                         *

 帰還してもすぐには機体を降りないのがアンジェラの習慣だった。三分ほどぼんやりしながらイメージトレーニングに励む。
 あの時、敵機が違う動きをしていたらヤバかった、あの瞬間に光子ミサイルを撃ち出せばもっと早く決着がついた。
 コンマ一秒すら妥協せず、自分の弱点を再確認する。あらゆるケースも想定し何度も戦う、これが彼女の強さだった。
 今日はイケてなかった。
 意識を失うなんて彼女らしくなかった。
 だが要因がわからない以上、対処のしようが無い。溜め息をついてアンジェラは機体を降りる。
 十二台の戦闘機のひとつ、牡羊座宮アリエスがアンジェラの愛機だった。パイロットのせいかアリエスはほかの機体と比べて傷んでいる。
 アンジェラが帰還するたびに整備士達は嫌な顔をしていた。
 そんな細かいことは気にしないのが彼女の気性、食堂でビールでもひっかけようと廊下を歩いていたところだった。
 艦内アナウンスが流れる。

[アンジェラ一等士官、至急、司令室にお越しください。繰り返します……]

「…………」

 司令室は今しがた通ってきた道のりにある。
 やれやれ、と肩をすくめてアンジェラは司令室に走った。尊敬と好意を抱く悪魔司令官のご命令とあらば黙って歩を進めるしかあるまい。
 母艦マグダリアの心臓部、司令室はいつもながら陰気である。
 観測員、十名がモニターとにらめっこしているがモニターが何を示しているのかアンジェラには到底わからない。
 その中心の席に腰をすえていたのが銀髪の男、ラッセル・レヴヴィロワ司令官長だ。
 気だるい動きで席を立つ。彼はいつも動作が遅い。それが穏やかな物腰にも見えるが決してそんな人物ではない。
 一軍艦の司令官とあって生命を尊んだりと生易しい感情は持ち合わせていない。
 それを示すように冬の夜空のように冴えた眼光は一切の温もりを忘れている。

「ご苦労様。少しお疲れのようですね」

「そう。そうなの。だから早く話を切り上げてほしいの」

 上官にもこの態度のアンジェラをラッセルは少し笑った。人をおちょくった意地の悪い笑みだ。
 こういう時はあまりいい展開にならないのをアンジェラは身をもって知っている。

「地球支部から数名の候補生が派遣されました。応接室に待たせてあります。ではよろしく」

「は? 言ってる意味がわからないんだけど……」

「ご希望通りに話を早々に切り上げました」

「…………」

 これは嫌がらせなのか彼なりのジョークなのか理解ができない。
 ただ、ジョークならとてつもなく寒い。彼はこの寒いジョークと無慈悲で冷たい笑顔から”コールドマスク”と陰口叩かれている。

「かなり心配なところもありますが先輩として後輩の面倒をちゃんと見るんですよ、アンジェラ一等教官」

「…………。今なんと?」

「いっとーきょ−かん」

 いつものように見下した笑顔のラッセル。
 それに対抗してアンジェラも精一杯の笑顔を返した。

「うふふふふ」

「ははははは」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「はははははははははははははははははははは」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
 …………って面白くないわー!!」

「お静かに」

 ラッセルは激昂するアンジェラの喉を手にしたファイルで突く。
 急所に入ったのかアンジェラはむせ返って静かになった。いつもながら手加減がない。

「じゃ、お願いしますね」

 そういってラッセルはファイルを押し付けると何事も無かったように司令官長の席に戻る。

「…………」

 アンジェラは理不尽を訴える目でラッセルの後頭部を睨んだがしばらくして無駄なことに気がついた。
 どんなに熱い視線を送っても気づかれないのはよくわかっている。
 そういう男なのだ。

                 *           *            *

 応接室に向かいながら何気なくファイルを開く。
 フランチェスカ・ド・ジュストイマイセン、イギリスの公家のお嬢様らしい。
 グレイアッシュの髪とコバルトブルーの綺麗な目が印象的な少女だ。

(イギリス人なのにフランチェスカとはこれいかに……)

 くだらない事を考えながら応接室のドアを開いた。

「はい、どーもー。教官のお出ましですよー」

 知性を疑われるようなノリでアンジェラは登場した。
 そんなアンジェラに喝が浴びせかけられる。

「遅い!!」

 広い応接室のど真ん中でさきほどファイルで見た少女が腕を組んで仁王立ちしている。おもわずぽかんとするアンジェラ。

「他の候補生たちはもっと早く教官に迎えに来てもらっていたじゃない!! どうしてあなただけ遅れてきたの!」

「司令室で司令官長とコントを…………」

「言い訳は結構。遅れているのだからさっさと案内してもらわないと。さぁ、いくわよ」

 あまりの迫力にアンジェラはまだぽかんとしている。
 それを無視して少女は大きな皮のトランクを手にした。年季の入った古いトランクだ。

「まずは私の部屋に案内してちょうだい。それから、私のことはフラウと呼んで」

 ラッセルの差し金だな……、とアンジェラはひそかに拳を握る。
 物思いにふけりたいアンジェラをフラウはまた急かせるのだっだ。
 フラウはずいぶんと背の低いパイロットだ。女性にしては平均的かもしれないが宇宙空間にいると低重力のために背がぐんと伸びる。
 候補生といえどこれは宇宙空間になれた人間の体つきではないと考えたアンジェラは早速フラウのパイロットとしての実力と動機が気になった。

「ねえ、宇宙は初めて?」

 その問いにフラウは機嫌を悪くする。

「それは先輩風を吹かせているの!? そうよ、だけど未熟者でもないわ! 訓練学校も首席で卒業した!」

「…………」

 焦っているようだった。
 何か深い事情があるのかもしれない。
 アンジェラは質問をやめて淡々と案内を務める。
 硬い表情のフラウの横顔が少しでも緩むことはなかった。
 部屋と食堂を案内した後、艦内デッキにたどり着く。
 12機の戦闘機と30名ほどの整備士に圧倒されてさすがのフラウも目を丸くした。

「ここからパイロットは出撃するの。戦闘機はゾディアック・ブレイズF4000型。
 この世に12機だけしかない超高速艇よ。また、それぞれ機能が少しずつ違うの」

 アンジェラの説明に初めてフラウが聞き返した。

「一番強いのはどれ?」

「牡羊座宮のアリエス」

「どうして?」

「私がパイロットだから」

 大真面目に言ってのけたアンジェラの顔をフラウは睨みつけるように見つめていた。
 エメラルドの瞳に自分が映るのが見えた。

「…………。自信満々ね。あなた、どこの出身? どこの訓練学校?」

 挑戦的に、しかし、嫌悪ではなく興味でフラウがアンジェラにつめよる。
 そう気づいていたからアンジェラは謝った。

「ごめん」

「なによ、秘密にするようなことじゃないんじゃない?」

「わからないの」

 気まずい、とフラウは直感した。それでもアンジェラは言葉を続ける。

「戸籍とか一応申請してるし、誕生日だって決めたけど、やっぱり私は何にも覚えてない。
 ううん、覚えてないんじゃなくて、断片的過ぎてよくわからない」

「そ、そう……。あ、今日はありがとう。また世話をかけるだろうからよろしく」

 適当にあしらってフラウは切り上げた。

 苦手な女だ……。
 ぼんやりとアリエスを見ているアンジェラを肩越しに振り返りフラウは口を尖らせる。
 なんとなく、自分に似ている気がした。

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