NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 7 *獣の数字666・魔的報告*A
「かつては容易に作用を示した、しかし、時の流れと共に敵が現れるのも時間の問題だったのだな」
「このままでは食い殺されるのも時間の問題だ」
「あの男はは何故人間の味方をするのだろう、あの男が作り出したあれは同じはずであった」
「いや、あれは違う」
「そうだ、あれは違う!」
「あれは産声を上げて生まれてきた。そしてあの男は介入してきた。私の意志とは無関係に!」
どこでもない場所で誰でもない、しかし、同じ声が交錯していた。
「あの男は今、どこに居る」
「人間の中に紛れて、戦争を止めようとしている」
「なんということだ!」
「私の世界をまたしても奴は破壊する気だ!!」
「神は私だ! 邪魔はさせない!」
「神は私だ! 邪魔はさせない!」
「神は私だ! 邪魔はさせない!」
ざわついた声はそれぞれに非難の言葉を叫んだ。
憎々しげに、恐れ慄く声に微塵の羞恥心もないように。
* * *
期待はしていなかった。
と言うより、完全に問題があるのは見えていた。
「もう一声シルブプレッ!!」
晴天の空にエキセントリックな裏声が響いた。
両の手のひらを表に向け、力説しているギオはなんだかもう隣に並んでいるのも恥ずかしい。
「ダメダメ。Lv5軌道なんかに艦は出せないよ」
返ってくるのはどれも同じ、拒否の言葉だ。
ギオの暮らしていたイーラン(宜蘭、と書く)からバイクを飛ばして六時間、いい加減ケツも痛くなったがなんとか空港のある台北に到着できた。
だが、問題はここからなのだ。
個人経営の宇宙船がいくつかあり、にぎわっていた台北もさすがに戦争の影響を受けて寂れていた。
ぼろを纏った大人に子供、太った政治家はどこも似たような風景となりつつあった。
「そこを何とかプリーズ!」
「あんたねぇ」
そのため、スペースコロニーに物資を運ぶ運送会社も激減した。
宇宙は危険だからだ。
Lv5軌道なんてもってのほかだ。
そこには恐ろしい魔女が住んでいて地球軍の軍人でさえ歯が立たないと言うのだから。
「何度言ったってダメなものはダメ。諦めな」
「ケチー!!」
捨て台詞を吐いてギオは肩をがっくり落とした。
その原因が目の前でちょっとむかついているアンジェラだとは数時間前に聞かされている。
はじめ、アンジェラが宇宙船を出してはくれないかと交渉していたのだが次から次へと出てくる<天使の顎>への暴言にだんだんとイラついてきていた。
そこでギオが変わりに前に出たのだがこれが気が遠くなりそうなだめっぷりだ。
かといって、アンジェラが前に出て、ハーイ、私が<天使の顎>のアンジェラよ!、とかやっても仕方がない。
ここはとりあえず腹ごしらえをしながらの作戦会議だ。
適当な屋台で適当な料理を頼むと大体が麺類だ。黙々と鶏肉の団子が入ったスープ麺をすすり、アンジェラはふと気がつく。
視線が痛い…………。
完全にアンジェラとギオのコンビは浮いていた。
姉弟にも見えないだろう。まして、親子はない。
だとしたらアンジェラが年甲斐もなく少年をつれて歩く趣味にしか見えない。
「…………。世間の風当たりとは思いの他、厳しいのねー」
遠く流れる雲を見つめながらアンジェラは呟いた。
何のことだかわからずにギオは牛肉のゴロゴロ入った白い麺を啜り、顔をアンジェラに向けた。
溜め息を漏らしてアンジェラは鳥団子を箸で玩ぶ。
「へへ、途方に暮れちゃうなー」
投げやりなアンジェラにギオはムッとした。
口に入っている麺を飲み込んで反撃に出る。
「暮れんなよ! お前が帰らなきゃ何にもなんないんだろ!」
「だぁってー!!」
「パイロットだろうと漁師だろうと、己の専門外のとこで根性見せる、ここが本当の正念場なの! 神様、評価してくれるよ!」
実に正しい。正しすぎてムカつく。
アンジェラは鳥団子を頬張って見せつけるように咀嚼する。
時にギオはやたらに正しい。
そして、どうしてか宗教的なことを言う。神様なんて、アンジェラにとってぶっ飛ばしたいリストのナンバーワンだ。
そこがなんだか相容れなかった。
「そんなんでいつ”アレ”に着くんだよ! 俺とここで永住する?」
「はいはい勝手にして頂戴」
しかし子供っぽいところで、すでにギオは軍人気取りなのだ。
アンジェラのことについて秘密にしたがり、マグダリアと言う名称を”アレ”と呼びたがる。
気が利くいい子なのだが少々元気が良過ぎた。
「俺は、小さい白い家で白い子犬を飼いたいんだ!!」
次の瞬間、ギオの雄叫び、夢見る少女の理想編が本当に爆発したかと思った。
近くにある店の中から盛大な喧騒が湧き出したのだ。
陶器の割れる音、うなり声、叫び声。
呆然と、しかし興味本位で立ち上がりつつ二人はその店に目を向けた。
乱闘、という文字がこれほど似合う光景があったろうか。
店の窓を割って男が飛び出して倒れ、店の中からは次々と客が飛び出してくる。
「あの店に入らなくてよかったね」
ギオが平常心を取り持とうと場違いに落ち着いた言葉を吐いたが、アンジェラはまだ事態が読めていない。
だんだんと喧騒が静まり返ったかと思うと、今度はどよめきが走った。
店の中から出てきたのは、2メートルもありそうな黒人の大女だったのだ。
「デ、でけぇー……!」
ギオが呟く。いかにも強そうなその女は、きつくウェーブのかかった黒髪をかきあげた。
頭の左半分をドレットで固め、眉の上にとげのようなピアスを二つ、突き出させた姿は鬼のようだった。
両手の拳が鮮血にぬれている。
女は、切れた口から血を吐き出すと、ガラスを突き破って足元に倒れた男たちに怒鳴る。
「今度アタイのトラックのこと言ったらあんたたち、宇宙に運んで置いていってやるよ!」
冗談じゃないです、誰もが思った中、アンジェラがコソコソし始める。
「何してんの?」
ギオの後ろに隠れていたアンジェラは人差し指を口に当てて、シーッ、シーッと威嚇をする。
確か、中南米にこんな生き物がいたっけ、とギオは不思議な生物を紹介する教育テレビの番組を思い出す。
それでもまだ威嚇音を止めないアンジェラ。
「だから、何?」
ギオが首をかしげたところで獣が咆えたように空気が震えた。
「おお、アンジェラじゃねーか!!」
「ぅうう…………」
さらにコソコソするアンジェラ。
近づいてくる大女の迫力に負けてギオまであとずさった。
「元気にしてたかー!?」
抱擁を求めるように両手を広げた大女にアンジェラは悲鳴を垂れ流す。
「あぁぁああぁぁあぁぁぁぁあぁっぁああああああ!!!!!」
なんとなく状況を理解したギオはいつもの軟派な口の割りには薄情で、くらげが歩行転換するようにユラリ、と横に退く。
これで大女と、アンジェラを阻むものがなくなった。
アンジェラの太ももほどもある豪腕が彼女を襲う。ギオが呑気に両耳に指を突っ込んで蓋をする。
低重力障害が抜けきってないアンジェラの体がバリボリと悲鳴を上げた。
「ぎゃゃやややゃやややあぁぁぁああぁああぁぁっぁぁあああぁぁあ!!!!!」
「ははっ、相変わらずにうるさいね、よく生きていたもんだぁ!」
「ギヴ!! 今、死にます!! 今!」
大女にきつく抱きしめられてアンジェラはじたばたと暴れた。
決して小柄ではない彼女の身体が子供のように見えるほど、大女は迫力がある。
ギオはやっとアンジェラに救いの一声をかけた。
「知り合い?」
その問いにはやっとアンジェラを開放した大女が得意げに答える。
「そうさね」
その声は、ギオよりも低くハスキーだった。
後ろでアンジェラがくたびれたぬいぐるみのように腰をついている。
「お得意さんって奴さぁ」
「お得意? 何がお得意なんだ?」
「ああ? アタイはジェラード。平たく言うと武器商人さね、光子ミサイル、レーザーキャノン、たいていのもんは取り扱ってるよ」
「ああ、へぇえー」
ピンとこなかったがギオは感心したように振舞った。
ここで、それって何? と聞くと男として格好悪そうだったからだ。
男は武器と戦闘機に詳しい、それがギオの勝手なかっこいい男像だった。
「何でアンタがここに居るのよ!!」
ぜぇぜぇとよろめきながらアンジェラが立ち上がる。
どうやらダメージは音に聞くより軽かったようだ。
「がっはははははははははは」
ジェラードが腰に両手をあてて笑う。
何かを誤魔化しているのが初対面のギオにもわかるくらいの嘘笑いっぷりだった。
半眼でジェラードを睨むアンジェラ。
「だふぅ、わかったわかった。順を追って話すから場所を変えるよ」
逃げるように先を行ってしまうジェラードの背中を見つつ、ギオとアンジェラは眉を寄せ、振り返って彼女が荒らした現場を見る。
その向こうから警官がバタバタと走ってきていた。
なるほど、立ち話が長すぎた。
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