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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 6 *老人と海*B
「おい」

 すれ違いざまにカルヴィンは疑惑の人物を呼び止めた。
 卓郎が振り返らずとも足を止める。
 最下層の、人通りのない艦内の廊下で空気が張り詰めた。
 同じく振り返らずにカルヴィンは訊ねた。

「お前が”フェニックス・フォーチュン”だとして、永遠に生きるってのはどんな気分なんだ?」

「また奇なる問いをしなさるな、傭兵殿」

 皮肉なのか、ごまかしなのか、卓郎は溜め息混じりに言う。
 言葉は疲れたいた。

「お前らには分からないよ。それだけだ。しいて言うなら、上昇しながら下降する、絶対の希望を持ちながら完膚なきまでに絶望する。
 そんな気分だ。矛盾と言うのは不思議なもので、矛盾と言う言葉によって確立されてしまう。所詮、俺もそれだけの存在だったと言うことだ」

「本当にわからないこといいやがって……」

「俺は生きながらえているんじゃない。臆病者過ぎて死ねないんだ」

「…………。お前もそんなこと言うんだな」

「言うさ。辛いことを辛いと言えないほど残酷なことはない。辛いと言うな、と強要するのも辛い」

「またわけのわからないことを……」

「兎角、俺に聞きたいことはそれだけか?」

「それだけかって……。じゃあ何に答えてくれるんだ? 今、艦内は静かだがパニック状態だ。
 早くラッセルとアンジェラの穴を塞がないとどうなるかわからないぞ」

「それは俺の役目じゃない。マグダリアの人間が決断するべきだ」

「そんなこと言ってる場合か!? もしすぐにでもラッセルが攻め込んできたらどうすんだよ!!
 あいつはマグダリアがここぞとばかりにがたついているのを知っているんだぞ!!」

「君が艦長をやればいい」

「俺はただの捕虜だろ!」

「……フフッフ……ハハハハ!!」

 急に卓郎が噴出した。子供のように笑っている。

「そんなこと言ってられないって、自分で言っただろ!」

「この揚足取りが!!」

 頭にきてカルヴィンが振り向くと予想外にも卓郎は屈託のない笑顔ではしゃいでいた。
 拍子抜けしていると卓郎が整備士のときの顔つきになる。そしてそれがどんどんと悲哀に沈んでもとの無表情に戻っていった。

「ふぅ、人間らしくて結構。やはり俺は君に艦長になることを勧める」

「いや、それは置いておけ」

「じゃあこうしよう。艦長には包み隠さず白状しよう。どうだい?」

「な」

 何を言ってるんだこいつは。
 カルヴィンは一瞬混乱したがすぐに察しがついた。
 そのほうが卓郎にとって好都合だからだ。交換条件なんかではない、奴に分が大きい。

「言っておくけど、俺は君に言っているんだ。詮索好きのトリコ嬢に言えば破談と言うことにさせてもらおう」

「…………。いや、いい。俺は艦長なんてやりたくない」

 事がでかすぎる。カルヴィンの長年の勘は訴えていた。
 これ以上踏み込めば完全に戻れなくなる領域がすぐそばまで来ていた。
 一番の危険人物に目をつけられていたものだ。

「君はおもしろい」

 今度は悪魔のように微笑む卓郎。
 そして、攻めるように牙を剥いた。

「艦内はパニック状態、早くラッセルとアンジェラの穴を塞がないとどうなるかわからないぞ。もしすぐにでもラッセルが攻め込んできたらどうする?
 あいつはマグダリアがここぞとばかりにがたついているのを知っている。そこまで理解していて俺を拒むわけを聞かせてもらおうか」

 しまった!
 背筋が凍りついたのは久々だ。
 カルヴィンは真っ白になる頭の中でこの男の罠に見事にかかったことを小気味よく思った。
 カルヴィンが艦長になろうとならなかろうと、罠が待っている。

「…………。別に、なんでも」

「嘘が下手だな」

「…………」

 ここでトリコの入れ知恵を喋ってしまうべきなのだろうか。
 いくら日ごろの喧嘩相手とはいえ、一応女だ。それに卓郎という存在はヤバすぎる。

「焦らされるのは好きじゃないよ」

 カルヴィンは愕然としていた。
 あの時トリコが気がついた卓郎の発言の矛盾も罠だったのだろう。
 この男に逆らおうとするだけで状況がこんがらがっていく。
 卓郎が獲物を狙う獅子のようにカルヴィンの周りをゆっくり歩いた。
 罠だとしたら?

「…………」

 カルヴィンは気づかなくていいことに気がついてしまった。
 罠だとしたら、トリコの入れ知恵があったことにとっくに気がついている。
 お優しいことに先ほどトリコが嗅ぎまわっていることに気がついていることは聞いている。

「…………」

 遊ばれている。
 猫がねずみをなぶるように。

「だからどうだっていうんだ。聞きたいのはこっちだ!」

 声を張り上げつつも卓郎の動きに注意して身構えたカルヴィン。
 だが思ったような返答も攻撃もなく、ただ、また卓郎が腹を抱えて窒息しそうなほど笑っていた。

「…………」

 いつの時代も死神と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、いつの時代も天使とも神ともお前たちは呼ぶ。
 卓郎は自分をそう語った。
 まさしくそれだ。
 信じていい生き物なのだろうか。
 疑っていい生き物なのだろうか。
 カルヴィンは卓郎を見ていらだつしかできなかった。

                   *            *            *

 あれからさらに三日間、アンジェラは世話になっていた。
 穏やかに時間が流れる町は、いっそここで暮らしてもいいと考えさせられるほどだったがそんなわけにはいかない。
 出発の朝はすぐにやってきた。

「ったく、ほんっとうに可愛くないジジイだッ!!」

 頭をかきむしってギオがフードのついたタンクトップに着替える。わざわざアンジェラの目の前で。
 その上にシャツを引っ掛けていつものギオの出来上がりだ。
 だが珍しく声を荒げているせいか服からなかなか頭が出でこない。もにょもにょと奇怪な動きをしては奇声を上げるギオを見かねてアンジェラが手を貸した。

「おじいさんも気を利かせてんのよ。孫が居なくなったら寂しいでしょ!」

「んだ、んだからって今日、漁に出るなんて礼儀知らずなジジイだ!!」

「喋るかまっすぐ立つかどっちかにしなさい!!」

 襟元に巻き込まれたフードを丁寧に引っ張り出してすそを引く。ギオの頭と無事再会したところでアンジェラはローキックを入れた。
 完治とはいかないが歩くのには苦労しない程度に治った足を早速武器にするあたりアンジェラも調子がいい。
 簡単に崩れ落ちるギオを無視してアンジェラは自分の荷物となる生活用品を再度確かめる。
 アリエスで救難信号を出し忘れたこともあってかいつになく慎重になるアンジェラの背中に呑気な声が飛んできた。

「なー、エロ本何冊なら許容範囲?」

「…………」

 滞在していた13日間で4回は実力で黙らせたがギオは反省していないらしい。
 というか何がいけないのかさえもわかっていないようだ。
 もう怒ることに疲れたアンジェラは流すことにしている。
 相手にされないギオはしばし反応を待って無視されたことに気がついて何事もなかったかのようにバッグに身の回りの物を詰めていた。

「無視すんなよな……寂しいじゃねぇか」

 あてつけがましい愚痴も無視、だ。

「先に出てるから。忘れ物がないか確かめなさいね」

 さっさと外に出る。
 アンジェラとて名残惜しい。
 ギオはどう思っているかは知らないが、一人にしたほうがいいだろう。
 その気遣い虚しくギオはすぐに飛び出てきた。

「…………」

 二年間すんだ家には未練はないらしい。

「…………」

 ギオの顔を白々睨んでアンジェラは溜め息をついた。

「溜め息つくほどいい男だった?」

「そうね」

 適当にあしらって流す。
 最初はいちいち返していたがそれでは身がいくつあっても足りない。
 アンジェラも人を扱うのがうまくなった。
 ギオが玄関前に止めてあったバイクにまたがる。
 毎日邪魔だなとは思いながらまさかギオのものだとは思わず、キョトンとするアンジェラ。
 ゴーグルを装着してギオはヘルメットをアンジェラに投げた。
 反射的にそれを受け取ってアンジェラはハッとなる。これで空港まで一っ飛びなら洒落た門出だ。
 ヘルメットをかぶって後部席につくと、ギオの計画が見えた。

「…………」

「ようし、では、しゅっぱーつ!」

 仕方なく硬い胴体に腕を回してこれでもかと言うほどに締め付けるがびくともしない。

「…………」

 そっと走り出し、どんどんと速度を上げていた。
 轟音、風、雑踏が次から次へと流れては消えていく。冷たい潮風を切るように走る中、少年の背中が暖かかった。
 海沿いの坂道を上っていたとき、ギオが急にスピードを緩めた。

「マルコだ……!!」

「マルコ?」

「アンジェラ、海!! 海見ろ!」

「?」

 煌めく海に小さな漁船が一つ。
 ギオはバイクを止め、道の脇に走る。
 アンジェラも追いかけてガードレールに両手を置いた。
 目を凝らすとなんだか見たくないものが目に入った。

『丸こぽーろ』。

「…………」

 漁船と言う奴は、船首から名前を読むものだ。
 コンテナやトラックなどにもそういったものがある。
 恥ずかしいので口には出さなかったがアンジェラは負けた気がした。センスねぇ!! それが第一の心の訴えだった。
 内心呟くギオの日ごろの愚痴”可愛くないジジイ”という単語が口から飛び出しそうになる。

「ジジイ、見送りのつもりかな」

 ギオが少し、寂しそうに言った。
 きっと、本当はそうに決まっている。

「そうだよ」

 直前のことを忘れてあえて明るく答え、アンジェラはさらに目を凝らした。しかし、人影は確認できなかった。

「オーイッ!!」

 ガードレールにてをかけ、落ちそうなほど身を乗り出して咆えるギオ。
 引きちぎれそうなほど振る手、届け、と強く願う声にアンジェラも合わせた。

「オーゥイッ!!」

「おーいっ!!」

 何度か二人で喚いていると見かねたように汽笛が上がる。

「あ、あ、あ!!」

 ギオにも聞こえただろうがアンジェラは思わずその袖を引っ張り声を上げた。
 隣を見ると、ギオがはにかみながらぼろぼろと涙をこぼしている。
 少し赤い頬がキラキラと煌めいていた。

「ギオ…………」

 きっと、ギオも老人も、こうなりそうだったからそそくさと出てきたのだろう。
 アンジェラには船上で不機嫌そうに涙をこらえている老人の姿が見えたような気がした。

「似たもの同士なんだから」

「誰があんな可愛くないジジイに!」

「それ、おじいさんも言いそう」

 アンジェラが二回目の台詞を言う。

「……あぁ、言いそう」

 ギオも二回目の返事をした。
 いつまでも向かい合っている間ももたず、二人そろってなんと無しに海に目が向く。
 遠く潮騒が聞こえる。
 太陽の光が踊る海面が豪華な輝きを放っていた。

「地球って、こんなに綺麗なんだね」



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あきゅろす。
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