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NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
PROLOGUE 魔女

  *PROLOGUE 魔女 1*









西暦2199年。宇宙開拓時代。

宇宙の所有権を巡って地球連合軍と宇宙解放軍の二つの勢力がせめぎあっていた。
 巨大勢力を誇る地球連合軍に対し、宇宙解放軍の力は微弱で、一瞬にして叩き潰されるかと思われていた。
 
 しかし、歴史上にあらわれた英雄たちによって、戦局は大きく揺らぐことになる……。

 
 宇宙解放軍、宇宙基地・母艦マグダリア。
 戦闘態勢を叫ぶアラートの中、女が一人、廊下に鉄鎚のような足音を響かせた。
 赤茶の長い巻き毛を揺らす若い女は、解放軍の黒い制服に身を包んでいる。
 突き当たりのドアを開くと、12台の戦闘機が配備された艦内デッキが広がっていた。
 女は戦闘機のひとつ、アリエスにひらりと乗り込むと両手をハンドルの上に置き、目を閉じて深く息を吐く。
 調度、司令室との回線がつながり眼前のモニターに司令官長が映し出された。三十路そこそこの銀髪を逆立てた男だ。 

「いきなさい。いってお前の作用を知らしめなさい」

 歌うような穏やかな口調で命令を下すと極上の、しかしとてつもなく冷たい笑みを浮かべた。
 女はそれにうなづき返してハッチを閉め、エンジンを入れる。
 大きなエメラルドグリーンの瞳を見開いて、彼女は高らかに名乗りを上げた。

「アンジェラ・バロッチェ、出撃します!」

 戦闘機アリエスの四つのエンジンが咆哮をあげる。
 同時に、アリエスを乗せた鉄板のスタンドがせりあがり中間層デッキに移動する。
 中間層デッキ内が真空になると今度はさらに上層となる艦外デッキへのシェルターが開いた。
 煌めきと深遠の世界、宇宙が広がる。
 アンジェラは推進レバーを全開にし、あらゆる光子ミサイルを装填する。
 母艦マグダリアより少し高い軌道に飛び出したアリエス、その周りにはすでに戦闘機の残骸が敵味方、新旧入り混じりになって散乱していた。
 この軌道は数キロも離れれば美しい銀の河に見えるが近づけば凄惨な死者の行列となる戦闘前線だ。
 パイロットたちはこの軌道を<天使の顎(あぎと)>と呼んだ。
 パイロットにとって地獄絵図のような光景にアンジェラは目を凝らす。彼女の肉眼はすでに標的をとらえていた。
 スピードを一瞬たりとも緩めず戦闘機の残骸を蹴散らしながら突き進み標的に襲い掛かる。
 不意な奇襲を残骸に隠れてやり過ごそうとしている二機の地球軍戦闘機を見逃したりはしない。
 アリエスはすれ違いざまに全ての光子ミサイルを吐き出し、残骸もろとも地球軍戦闘機を粉砕、そのまま帰路に着いた。






                    *PROLOGUE 魔女 2*




 帰還したアンジェラを待ち受けていたのは整備士の卓郎だった。彼の擦り切れた一張羅のつなぎの肩口には可愛らしいライオンのアップリケがついている。
 頭はぼさぼさで、顔の半分まで前髪がかかっていた。
 背がすらりと高く、ちゃんとすれば見栄えもするんじゃないかと言われているが卓郎自身はその気はないようだ。
 アリエスから降り立ったアンジェラを捕まえて卓郎が喋りかける。

「調子、いいみたいだね。君はパイロットの資質が高いみたいだ。ただ、今のご時世、ミサイルひとつの値段があれば人ひとりが一ヶ月食っていけるんだけどね」

 切りつめを要請するのは当然のことだった。何せ、宇宙解放軍はレジスタンス同然、金がない。
 しかし、卓郎の手には食べかけのソフトクリームがとけて汗をかいている。

「…………」

 アンジェラはしかめっ面で卓郎を見つめた。卓郎は照れながらソフトクリームを差し出す。

「あ、あげる」

「いらないわよ」

 力いっぱい即答したアンジェラは逃げるように後退る。寄せ集めの思想家の集まりだけあっておかしな人物は多い。
 だが、その中でも卓郎は常軌を逸した存在でいつも艦内デッキに生息している。なんとなく、デッキに行くのを陰鬱な気分にさせてくれる整備士だ。

(いやだなぁ、なんかモジモジしてる……)

 アンジェラは思わず引きつり笑いを浮かべた。
 あんまり仲良くなりたくない、そんな気持ちにウソがつけずアンジェラは「仕事がある」と誤魔化してその場から逃げることにした。

「ごめん」

 卓郎は苦笑して手を振る。

「…………」

 案外、可愛いのかもしれない。
 アンジェラが不意に考え直すのはそれから一週間も後だった。すぐさま自分の異常性にきづいてその頬に平手を叩き込む。

「ぐはっ!!」

 予想外に力がこもっていたらしく、アンジェラは左手の壁に側面激突する。
 冷ややかな視線が注がれる中、彼女はその場に崩れ落ちた。




                        *PROLOGUE 魔女 3*




 万条目 トリコ。32才、軍医。
 婚期を逃した負け犬女である。年の割には若々しく結構な美人なのだが、口うるさい性格から男がよりつかなかった。

「トビコー」

「トリコよ!!」

 いかがわしい間違いをされてトリコは声を荒げた。ちなみに、トビコというのは……お母さんに聞いてはいけない言葉だ。
 振り向けば医療ルームの入り口にアンジェラが情けない顔をして立っている。時計は深夜の二時をさしている。
 宇宙に時間は関係ないというが実際、宇宙空間にも時間はある。その時計で深夜二時、やはり夜中だ。
 そんな時間に腕っ節の強いアンジェラがいったいどうしたというのだろう。
 悩みくらいならきいてあげよう、そんな親切心をきかせてトリコはアンジェラに声をかけようとちかづいた。
 …………む。
 酒臭い。
 トリコはそのままアンジェラをつきとばしドアを閉める。

(いつ出撃命令がくだるかわからないのに飲酒だなんて!あの女は女としても認められないけど軍人としても認められないわね)

 僻みである。
 堅物なトリコ二対し開けっぴろげなアンジェラは回りに人が多いタイプだ。そのため、トリコはどこかライバル心を燃やしていた。
 正確にはそれだけが理由ではない。トリコの想い人がアンジェラに付きっ切りだからだ。
 それを考えるとアンジェラに非がなかろうとイライラしてしまう。人を呪わば穴二つ、あまり憎んでいたくはないが。
 トリコは頭をかきむしった。調度そのときだ。
 ドアが開く。

「あの、万条目さん」

 トリコは訪問者の顔を見てほほを赤らめた。
 いつ風呂に入ったのかわからないぼさぼさの頭をかきながら卓郎が見つめ返している。

「卓郎さん……」

 太い黒ぶち眼鏡の奥に光る銀色の瞳にうっとりしながらトリコは満足げにうなづく。

「アンジェラがそこで倒れていたんだ。かなり酔っているみたいだし、看病してあげてよ」

「…………」

 またアンジェラか……。というか、そんなオチなのか……。

 トリコはやっぱりアンジェラを呪った。





                        *PROLOGUE 魔女 4*



 20世紀に流行った歌を口ずさみ、アンジェラは自慢の赤毛を揺らしながら階段を駆け下りた。その先は母艦マグダリアの心臓部、司令室。
 いつもなら堅物な連中がモニターとにらめっこしているが昼時はがらりとし、今日は特別、他にだれもいなかった。
 中央にある椅子に司令官長がゆったりと腰をかけてる。銀髪を逆立てた細身の男は部屋に入ってきたアンジェラを見て気だるそうに腰をあげた。

「おやおや、ご機嫌なようですね。あやかりたいものです」

 立ち上がるとずいぶんと背が高く上品な物腰で、宇宙解放軍の黒い制服が似合わない優男だ。
 ラッセル・レヴヴィロワ。元地球連合軍の軍人だが、数ヶ月前にふらりとあらわれ、当然のように司令官長の座に着いた。
 腕は確かだがどこか信用ならないのはやり方が地球のやり方であることと、いざとなれば部下をも見捨てる冷酷な戦略をとるからだ。
 だが、その部下で実際切り捨てられかけたことも幾度とあるアンジェラは彼を高く評価していた。

「私に御用とは珍しいわね、司令長。まさか食事のお誘いってことはないでしょうね」

「昼食でよければお誘いしましょう。実は意見を聞こうと思いましてね。これからの戦局にはどう対処しましょうか?」

「艦長でもなく、機関の責任者でもなく、私に聞くの?」

「命を懸けているのはあなたたちパイロットです。
 死んで英雄になりたいなら名誉の死を与えます、悪党と呼ばれても己の意思を貫くなら共に踊って差し上げますいかがしますか?
 われらの最終防衛兵器、アンジェラ・バロッチェ……、いや天使の顎」

「まぁ、狂った司令官長だこと。そんな名前を私につけておきながら」

 凶悪な誘いにアンジェラは少しはにかんだ。

 ほんの一月前、遭難船から発見された記憶のないその女はアンジェラ・バロッチェとなづけられた。
 奇しくもそれは<天使の顎>をさす名前で、戦神のような強さを誇った彼女もまた、<天使の顎>と呼ばれるようになった。

「いいわ。踊ろうよ。誰も彼もを巻き込んで」

 死に方をオーダーさせるなんてやはり尋常ではない。悪魔のような男だ。だからこそいい司令官長なのだ。一部の人間はラッセルという人格をそう理解している。

       −−−−−−−−−−−−

「そうか、やはりそうなんだね。戦争、長引きそうだな…………」

 誰も居ない艦内デッキで見えないはずの地球の方角をみあげながら卓郎が呟く。太縁眼鏡の奥に光る鋭い眼光が未来を射抜いていた。





                     *PROLOGUE 魔女 5*



 ビール、きなこ棒、ビール、きなこ棒、ビール、きなこ棒、ビール、きなこ棒、ビール、きなこ棒…………
 間違っても宇宙開拓時代、地球連合軍に脅威とされるパイロット、アンジェラはネットで調べたきなこ棒ダイエットに勤しんでいた。
 結果からいうと、りんごダイエットと同じく不健康になるだけである。少し考えればわかることだ。

「もうダメどぅあー!! このままじゃお年寄りのにおいを放つのも時間の問題だー!!」

 ひとり阿鼻叫喚で盛り上がるアンジェラ。その自室には手当たりしだい買い集めたきなこグッズが散乱している。間違えたのかきのこグッズもまぎれていた。
 そもそも野生動物同然の彼女がダイエットに踏み切ったのはラッセル司令長との食事の際の彼の一言、

「よく食べますね。太りますよ」

 だった。
 彼女自身は意識していないが、比較的、かなり食べる方で男性の前だろうとそれは変わらない。
 だが、かろうじて女の端くれだったらしくストレートにいわれるとショックを覚えた。
 ショックを覚えたが、のどもと過ぎれば熱さ忘れる、きなこ地獄の方がきつくなってアンジェラは開き直る。

「ははははは、外見気にする前に男作れっつーの! だれだ、きなこ棒ダイエットなんて考えたの!」

 自嘲と責任転嫁を繰り返しアンジェラはあまったきなこ棒をかき集めた。捨てるのもなんだから卓郎に押し付けよう。
 早速、大量のきなこ棒を持ってアンジェラは卓郎の生息地、艦内デッキに向かった。いつも通り卓郎がなにをするでもなくウロウロしている。

「こんにちは、ここには僕しかいないよ。誰か探してるなら食堂とか、司令室にいるんじゃない?」

「ううん、ここでいいの。あなたに用があるから」

「えっと、あなたって、僕のことだよね?」

「…………」

(なんかいい雰囲気出しちゃってるなぁ、そんでまたモジモジしてるよ、こいつ……もしかしてトイレが近いのかなー?)

 あえて卓郎の挙動は気にせず、アンジェラは余ったからと、きなこ棒を押し付ける。
 卓郎は素直に礼を言って懐かしそうに開口した。

「昔、冗談で”きなこ棒を食べ続けると痩せる”っていったらそれが広まっちゃてさ。今でもネットで流れてるらしいけど、なんだか馬鹿馬鹿しいよね。
 少し考えれば嘘だってわかるのに」

「…………。お前が元凶かーっ!!」

 屈託のない卓郎の笑顔にアンジェラのスクリューアッパーがめりこんだ。
 しつこいようだが宇宙開拓時代である。





                        *PROLOGUE 魔女 EX*




 そうそう、言い忘れていました。

 現実が現実である必要もなければ夢が夢であることもないのです。そうしかめっ面をなさらずに。
 少々、わたくしの思い出に耳を傾けください。わからなくとも、わたくしはそれで慰められるのです。

 ほど、もう十年以上も昔のことです。
 祖父の葬式に赴いた暑い夏の日、わたくしは故人の死を理解しながらも楽しく過ごしました。
 わたくしだけではございません、誰もがゆるゆると美しい夏を過ごしているように思えました。線香と太陽の匂いを今も記憶しています。
 どうしてか、わたくしの一族は、わたくしの血統は、変わり者が多くまた、誰もが同じことを考えるのです。
 その夏、五十幾ばくの方々は同じ夏を過ごし、わたくしもそのひとりであったのでしょう。
 故人の死すらやんわりと受け止めるその誇り高さは一部にに理解されづらく、死に対する見解において非道徳的な見え方もするでしょう。
 しかし、それもひとつの道徳、そして美徳とお受け取りください。故に戦火に踊るのです。

 さて、わたくしとしたことが、あなたのお名前を聞き忘れておりました。

 それでは、あなたは未だ宇宙にて争う世界に何をお望みになりますか?

 どのような結末を望みますか?

 ご遠慮なさらずに。
 世界は常にあなたのような不確定要素を待ち焦がれています。

 さあ、一滴の波紋が宇宙を揺るがし、響いていくさまを紡ぎましょう。
 あなたの変わり身と共に。

 わたくしはあなたの変わり身を守り、傷つけ、育む者。

 投稿してください。世界を紡ぐ一本の糸をわたくしに託してください。

 それではまたお会いしましょう。
 <天使の顎>が開く時刻に。



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