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繚乱のドラグレギス
第二節<シュラマナ旅団> ”未熟”の匂い
 夜中とは違った騒音でアギは目を覚ました。
 床をどたどた踏みしめる音、そして物をどかんと無遠慮に置く音だった。
 ゆっくりと目を覚ますとアリサが右から左に大きな箱を担いでは置いてを繰り返している。
 もう少し足音をたてないように出来ないのかと文句をつけようと起き上ったがアギは目の前の光景に唖然として第一声が出なかった。
 アリサだけではない、昨日あれだけ騒いでいた面々が右に左に、まるで働きアリのように木の箱を担いでは運びを繰り返している。

「あ、おはようアギ!」

 さわやかな笑顔でバタバタと歩いてきて目の前にちょこんとかがんだアリサはアギの言葉を待たずにやっぱり一方的に話し始めた。

「別に夜逃げの準備しているわけじゃないんだよ。うーんとね、私たちシュラマナは一か所に留まらないの。
 だって、ほら。テラ軍に目をつけられてるわけだからさ」

 なるほど、と納得いったところでアギの腹が情けない音を上げた。
 二人でその音の発信源に目を落とす。
 くすくすと笑いながらアリサは立ち上がった。

「サンドイッチ作ってあげる。下のバーカウンターで待っててね」

「お、アリサ、なんか食い物作るのか?」

 メンバーの一人が彼女に声をかけたが、アリサはべーっと舌を出す。

「アギは特別なの」

「おおっと、積極的だな、アリサ。うざったがられないようにしろよ」

「ほっといてよっ!」

 刹那、敵意むき出しの表情をしたアリサだったが、体よくアギにはかわいらしい微笑みで手を振って階段を下りてしまった。
 シュラマナは一か所に留まらない。
 確かにテラ軍に狙われている身では一か所に留まってはいられないのかもしれない。
 自分も流れ流れに生きていかなくてはこの先テラ軍に見つかってしまうのだろう。
 流れる?
 どこに?
 テラのことなんて知らない自分がテラを流れて生きるのは難しいようにアギは感じた。
 アリサに言われたように下の階のバーカウンター、昨日と同じ席に座ると見慣れない食べ物を手際良く調理するアリサの姿があった。

「兄貴から”牛”は食べさせちゃダメって言われたんだけど、何で?
 モルガナには牛、いないの?」

 刃物を持ちながらしゃべっているアリサは器用さには自信があるのだろう。
 女の子にも拘わらず兄の事を兄貴、と言った彼女の荒っぽさが少し明るみになった。
 牛、というのは例のナンディの事なのだが、アギは子供に説明するように丁寧に言葉を選んだ。

「牛っていうのは、俺の生まれた土地で”ナンディ”っていう大事な生き物なんだ。
 神様の乗り物で、神様の化身だから食べるとか、殺すとか、そういうのは絶対にやっちゃいけないんだ。罰が当たる」

「私、ステーキ大好きだけど罰なんて当たったことないんだけどな……」

 そう言いながらアリサが出したサンドイッチにはツナやゆで卵が挟まっていた。
 卵は見覚え合ったアギはそれから手をつけて思いのほかガツガツと口に運ぶ。
 昨日は栄養を摂取するのに必死になって味わう暇もなかった。
 小さな子供のように両手にサンドイッチを持つアギにアリサは微笑みかける。

「おいしい?」

「うん、すごくうまい」

「そうでしょ。シュラマナ料理担当のアリサがいつでも作ってあげる。
 私、こう見えて結構良妻賢母スキルが高いんだよねえ」

 パチン、とウィンクが飛んできた理由が分からずアギが咀嚼しながらきょとんとしているとその隣にドスンと大きなものが腰かけた。
 リカオンだ。
 難しい顔をしてぎょろっとアリサに視線を向ける。
 アリサはそれを受け取って腰に手を当てた。

「ダメ! ダメダメ! 絶対に飲ませない!」

 するとどかんとテーブルを叩いてリカオンも反論する。

「いいじゃねぇか! 一杯くらい!」

「兄貴って緊張するとすぐに酒に頼るのよ。アギ、こんな大人になっちゃダメだからね」

「酒に頼って何が悪い! 俺はそうやって生きてきたんだよ!」

「偉そうに! お酒がないと生きていけないなんて最低〜」

「ガキにわかるか!」

 飛び交う言葉に終止符を打ったのは別の声だった。

「こら、喧嘩しない。僕が美しくてだれしもが羨むのはわかるけど」

 そしてその声の主は当然のようにアギの横に座り目の前に置いてあった卵サンドをするりと持ち上げそのままぱくりと口にした。
 プリーム風の、レースやらフリルやらがついた白いシャツにベロアのベストを着て少々場違いな風体の青年だったが、
 金髪に青い目をした女性と見間違う程のとびきりの美貌だった。
 ナルキッソス的な雰囲気の青年は銀縁眼鏡のブリッジを上げてアギをみると、
 やっぱりそのまま皿にのっていたサンドイッチをさらに盗んで口にする。

「ニックスさん、それはアギの――」

「彼のものは僕のもの。僕のものは僕のもの。かくして世界は僕のもの。この世は僕のためにある。以上でございます」

 もりもり。
 口いっぱいにサンドイッチを含むと今度はカウンターを回ってパンの切れ端を盗み食いし始めた美青年ニックスにリカオンが早口で命じた。

「ニックス、三段目のウイスキーだ!」

「イエス、わかった」

「あ、こら!」

 宙を舞ったウイスキーボトルをキャッチしてリカオンはにりとし、アリサはそこで溜息をついてあきらめる。
 その流れがまるでいつものことのように他のシュラマナメンバーは荷の運び出しを続けていた。

「しかしふ〜ん。君がアギ。モルガニーズ。僕が思っていたより、なんだか平凡だねぇ」

 モルガニーズと言われてアギはぎょっとし、ついリカオンに視線を向けると、
 リカオンはウイスキーのボトルに口をつけて喉を鳴らし、ようやく落ち着いた様子で足を組み話した。

「ニックスは俺の信頼する右腕。モルガナ贔屓でお前の言う”ナンディ”についても教えてくれたんだ」

「ええ、それはもう久しぶりに役に立ちましたとも。僕の仕事は鏡を見る事以外にあったんだね」

 手にした食べ物を一通りやっつけるとニックスはまだキッチンを物色しながら、ところで、とアギに聞いた。

「アギ君。君、行く宛てあるのかな。
 いや実はね、僕もね、別に全然戦争とかレジスタンス活動とかに興味ないんだけど、
 シュラマナってそういう活動しているわけだからやっぱり隠れ蓑にはちょうどいいのよ。
 安全とは言い難いけど一人でふらふらしているよりは多少生存率が上がると僕は思っているんだ。
 君もよかったらご一緒しないかい? 旅は道連れ、余は天下を支配する。かの有名なアレクサンドロス三世もそう仰っていたとかいないとか」

 前半数文字しか理解できず、アギは首を傾げながら口先で、いや、と否定から入った。

「まだ……何をしたらいいのかわからないんだ……」

 言っているうちにそれが自分の本音だとわかるとアギは頭で考えられなくなり、とりあえずは口の中のものを飲み下した。
 考えながらしゃべるなんて事は出来なかった。

「まどろっこし」

 思ったことがすぐ口に出たリカオンはそのままボトルを空にして立ち上がる。
 小型の液晶を取り出すとその画面を見てアギに突き付けた。
 デジタルの時計の、アギはその読み方がなんとなく察しがついた。
 九時を少し過ぎたところで、中途な時間である。

「三〇分には俺たちはここを出る。それまでに考えな。もちろん、シュラマナの一員になればお前にも働いてもらう。
 戦争だとか異常気象だとか見て見ぬふりをして静かに暮らしたいのなら俺たちの事を口外しないと約束した上でここに残ればいい」

 リカオンが言う時間までは二〇分もあった。
 小型の液晶をテーブルに乗せるとリカオンは荷の運び出しに戻る。
 視線をあちこちにやってニックスもそれについていった。
 カウンターの向こう側からはアリサが頬杖をついて覗き込んでくるのにアギは少し気まずくなった。
 彼女が最初にシュラマナに入らないかと声を掛けてくれたのだが、目の前でそれを否定してしまったようで少し申し訳なかった。

「ごめん、俺……自分がどうしたいのか、よくわからないんだ」

「うん、わかるよ、その気持ち。あま〜いお菓子か、おなかいっぱいになるステーキかって言われたら私だってすぐに決められないよ」

「……そういうどうでもいい問題じゃなくて」

「そうそう! どうでもいいの。迷うってことはどっちも似たようなモンだってことでしょ。
 私だったらお菓子でもステーキでもいいんだけど、でも、人に決められるのはイヤ。
 誰かが食えって差し出したお菓子もステーキも、きっとおいしくないもん。
 アギが自分で決めたら、きっとおいしいと思うよ」

 そう言って歯を見せて笑うアリサの明るさに少し話が噛み合っていない気がしながらもアギは頷いて微笑み返した。
 何かしなくてはいけない気持ちはある。
 だが、それがいったい何なのかが見えずにいる。
 見えずにいるのだが、このまま考え込むばかりでは健康にも悪い気がした。
 なんせ、見ず知らずの食べ物をみて、胃の底からほしがるなんて事は今までになかったし、
 確かにリカオンの言った通り、一人でテラを生き抜くには心細かった。

「……わかった。リカオンに話してくる」

 液晶端末を手にしてアギは通路を右左行くリカオンを捕まえて、端末を彼に突き付けた。
 残り時間がだいぶあったがすんなりそれを受け取り、リカオンは持っていた荷物をアギに渡し、リーダーとして命じる。

「外のコンテナトラックに積み込め」

「うん」

 なかなか重い荷だったが、アギがひょいっと持ち上げるのを見てリカオンは眉間にしわを寄せる。
 テラの1.05倍の重力圧がかかるモルガナで育ったアギにとって、テラの重力上ではむしろ軽く感じるのかもしれない。
 とんでもない拾い物をしたものだ。
 顎に手をやっているリカオンの後ろからニックスが手帳を広げそれに目をやりながらささやいた。

「彼を作戦に使うのかな?」

「悪くはないが”未熟”の匂いがする」

「”未熟”……だけだといいんだけどね」

「どういう意味だ」

 意味ありげな言葉を残してニックスは鼻歌を歌いながら、荷も持たずに出口に向かう。
 ニックスの思わせぶりな態度はいつものことで、お預けを食らった子供のようにむっとした顔をしつつもリカオンは荷の積み込みに戻った。


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