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繚乱のドラグレギス
第二節<シュラマナ旅団> 癒しの力を持つ少女
 その晩、用意されたベットで横になったアギはついこの間まで自分が使っていたベッドの柔らかさを知った。
 七色の鳥たちの羽毛、香草のアロマ、虫たちの鳴く声が懐かしく胸が痛む。
 今では消えきらない眩しい明りの中で、しかも下の階からは男たちがドカドカと騒ぐ音が響いていた。
 破れたソファに布をかぶせただけのベッドに横になると体は一気にだるくなったがどうしても眠れず、アギはついにいろいろなことを思い出した。

「……父上」

 視界に入る赤く染まった竜鱗のネックレス。
 急に断髪の儀式を行うというのはきっと、足を患っており、またテラの動向があやしいことに気がついてのことだろう。
 決して自分を大人として認めたわけではなく、焦りから儀式を執り行おうとしていたのか。
 嫌な匂いのする水でようやく洗った長い髪を慣れない手つきでようやく三つ編みにした。
 何もかも一人だった。
 嫌な夢なのかもしれない、そう思って幾晩か過ごしたが、凍えて目が覚めて現実だと念を押される。
 
「みんな……いなくなってしまった……」

 自分はいったい何をどうしたらいいのだろう。
 答えが出る前に睡魔は穏やかにやってきた。

 *

 暗闇の中でも少女には見えた。
 人々が呻いていた。
 辺境寺院から出て数週間、少女モアは謂れのない、聞いたこともない罪状でテラ軍の兵士に捕えられ鉄の牢獄に入れられた。
 そこにはやせ細った人や重症を負った、おそらくはテラ軍兵士と思われる人たちも詰め込まれていた。
 活動が難しい人たちばかりを、隙間風の冷たい部屋に押し込んで、モアは直感した。
 人として扱われていないのだと。
 血や汚物の匂いが立ち込め、人間が影のように床をはいずる中でモアはすっと立ち上がり一際、血の匂いが濃い部屋の隅に移動した。
 そこには青年が一人、肩口から血を流しながらその痛みに堪えている。
 脂汗の浮いた額、顔には右目を割った大きな傷がかさぶたになりかけている。

「……大丈夫ですか?」

 そんなはずないのに。
 モアは自分があまり上手に言葉をかけられないことを歯がゆく思った。
 青年はその他にも傷を負っているらしく横たわったまま少しだけ身を縮めるだけだった。
 特に左の肩は骨が砕けているのか彼の服の肩口がおかしな形に歪んでいた。
 このままでは出血で死んでしまう。
 いや、だからこそここに入れられているのだ。
 どうしてこんなところに人間を詰め込んで、まるで備蓄しているのだろう。
 モアはそれ以上考えず、青年の肩に両手をあてた。
 すると、彼女の手はまるで真珠の表面のような穏やかな光に満たされていく。
 暗い牢の中でそれを見て叫ぶ者が出たが邪魔は入らず、モアは許す限り”力”を使った。
 やがて、光が小さくなると同時にモアの肩口からじっとりと血が浮かび、一方青年の方は少しだけ呼吸が穏やかになりようやく言葉を口にした。

「何を……したんだ」

「痛み分け。あなたの痛みを半分、私の体に移しました」

 そう言って彼女が青年の顔に手を当てる。
 だが、青年はその手を健在な右手でつかみ、首を振った。

「もう十分だ、ありがとう」

「でも、傷が……」

「大丈夫。大丈夫だから」

 少し無理のある動きで上体を起こして青年はモアの表情を伺った。
 灰褐色の髪を逆立てた、目鼻立ちの整った青年だった。
 肉体は傷ついていても生気のある顔にモアは驚き、そして青年も彼女の七色の瞳にぎょっとした様子だった。
 青年はごまかすように微笑む。

「女の子の顔に傷を残しては、騎士の恥。ありがとう」

「……はい」

 モアはこんな時に冗談を言う青年に驚きながら赤面した。
 なんて困った人なんだろう、それに騎士だなんて。
 笑顔にそれ以上言えず、モアは両手を大人しく膝の上に置くと、青年は右手を差し出す。
 まだ脂汗と死相の浮いた顔で平然を装っていることくらい、モアにはわかった。

「私はラエトリト・ヴィルパクシャ。貴女の名前を聞かせてくれないか」

「……モアージュ。モア、だったり……リデーヴァ、だったり……わからない、です」

 ラエトリトがきょとんとしたのにモアは恥ずかしくなった。
 彼女なりに正直に言ったのだ。
 考えてもみれば小さなころから寺院にいたので自己紹介なんてものをしたことがなく、モアはなんて居心地の悪くなるものだろうと嫌な思いをした。

「そうか。モア、ありがとう。私は恐らくはあなたのおかげで命拾いした。
 しかし、ずいぶんと珍しい魔法を使うのだね。君はモルガニーズなのかな?」

 ぶんぶんと首を振ってからモアは肩に走る痛みに小さく呻いて、また首を振りなおした。
 するとラエトリトは今度表情を険しくして視線を外し何かを考えているようだった。
 声をかけずにそれを見守っていると、今度彼は声を潜めて質問してくる。

「男の子に合わなかったか? 紺色の長い髪を三つ編みにした男の子だ」

 先と同じように首を振ってこたえるとラエトリトは自然なしかし悲しい笑みを浮かべて、そうか、と溜息と一緒にはきだした。
 その途端だった。
 どかん、と大きな音と一緒に唯一の鉄の扉が開かれ兵士たちが手にしたプレートを見ながら部屋の中の人々を値踏みした目で見ていく。

「男5人……出来るだけ活きの悪そうなのから使え。どうせ生きて堪えられないんだ、あんな実験」 

「うわ、こいつ死んでやがる」

「ほっとけ! 今は生きてるやつを運べばいい。あの魔術師たちは死体でも満足するんだ」

 魔術師……?
 その単語に同じように眉寄せたモアとラエトリトだったが、そこに兵士の視線が突き刺さる。
 銃を持った兵士は狙い定めるようにラエトリトに向かって歩き、銃を掲げたかと思うと彼の頭目がけて振りおろした。

「ッがはっ」

「実験材料のくせに女と楽しくお喋りか!」

 さらに彼の胸倉を掴もうとした兵士の前にモアは立ち塞がると他の兵士たちがやってきて彼女を取り囲んだ。

「ずいぶんと活きがいいな」

「何のために人を連れていくんですか」

 モアが言い返すことにも面喰った様子で、さらに顔を赤くする兵士はまた銃を振り上げおろしたが、彼女は無駄のない動きでそれをかわした。
 さらに驚き兵士たちがそろって銃を構える。

「大人しくしないとここで処分させてもらう」

「ここの施設はいったい何をしているんですか」

 銃を向けられても食い下がるモアに兵士はふん、と鼻で笑うと、ほとんど無抵抗なラエトリトの左肩を掴んで立ち上がらせた。
 傷を掴まれてラエトリトは悲鳴を上げ、さらには足を引きずり連れて行かれる。
 名前を呼んでいいものかわからずモアは囲まれたままそのラエトリトの背中を見るしか出来なかった。

「用は済んだ。実験材料の活きがいいのはいいことだ。引き上げるぞ」

 入口の兵士がそういうと銃を向けながら全員が撤退していく。
 そしてまた乱暴に扉が閉ざされた。
 薄暗闇が戻ってきて、モアはその中で一人腰をついた。


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あきゅろす。
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