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繚乱のドラグレギス
第二節<シュラマナ旅団> ちっちゃい牛
 アリサが案内したのは都市の外れ、すぐ目の前に辺境地帯の荒野が見えるビルの地下室だった。
 暗い階段を抜けた先、彼女が開いた鋼鉄の扉の先には七色にぎらついたバーカウンターにアギは思わず目をくらませ反らした。
 重低音の音楽、魔呪詛のような光の信号、そんな中にアリサが当然のように突っ込んでいって手招いている。
 眉をしかめながらアギも彼女を追い、改めて部屋の中を見回した。
 若者たちが単調な踊りを踊ったり、テーブルで恐らくは酒を飲み交わしたり、部屋の隅では喧嘩も起きていた。
 カウンター席の一番端に大柄な男が座っており、アリサは彼に何かを話すと、男は驚いた表情でアギに顔を向けた。

「アギ、こっちにきて! お礼がしたいの!」

 重低音のリズムの中、彼女の高い声が通りアギは荷物を抱えながらアリサの前に立つ。
 ようやくアリサが荷物を受け取ってテーブルに置くと、改めて男にアギを紹介した。

「この人が助けてくれた恩人さん。アギくん。ほんと、あっという間だったんだから! すーっごく強いの!」

「またお前は大げさなんだから」

 男はそう言いながらぼりぼりと頭をかいて、その手をアギに刺しだした。
 無骨で傷の多い手、そして伸びる腕はがっしりとしておりそこいらのチンピラとは違いそれなりの訓練を積んでいるとうかがい知れる体型だった。
 胸元には意味ありげな有翼の狼の刺青が入っており腰にも銃やナイフが入った皮のサックをつけている。

「リカオンだ。妹を助けてくれたそうだな。礼を言うぜ」

 一応にアギはその手を取ったが何と言っていいかわからず黙っているとアリサが口を挟んだ。

「”似てな〜い”って思ってるんだよ、きっと」

 リカオンはアリサが妹だと言ったが、確かに顔つきは似ていなかった。
 ただ、亜麻色の髪と少し垂れた人なつっこい眼差しは共通しており、否定するには申し訳ない。
 まるで兄と似ていないという評価が喜ばしいようにアリサは笑ったがリカオンは肩をすくめる。

「おい、荷物仕舞って来い」

「は〜い。また後でね、アギ」

 小さく手を振ると紙袋を持ってさらに奥の扉に引っ込んでしまったアリサ。
 それにアギは面喰って、しかしすぐにリカオンがカウンターの中にいるバーテンを呼んだ。

「座れよ。酒の一杯くらいご馳走してやろう」

「……いらない」

「…………。ま、子供にゃ牛乳が一番だあな。おい、ボクちゃんに」

 笑いながら了解してバーテンはすぐに白い液体の入ったコップをアギの前にさしだした。
 それをアギは近眼の老人の様に睨む。

「何だ、これ」

「何だこれ、と言いますと。牛さんのお乳。子供の味方、牛乳で御座いますよ」

「うし……?」

「……キミ、大丈夫?」

 白い液体とにらめっこするアギの横を通ってバーテンはリカオンにウイスキーのロックを差し出した。
 それを半分ほどぐいっとやるとリカオンはまたしても頭をボリボリかいて胸元から液晶端末を取り出した。

「お前の田舎にはいなかったのか? ほら、これ」

 モ〜ン。
 液晶の中で白と黒の乳牛が搾乳されている姿が映し出された。
 テラの地上波を飛び回っているグルメ番組なのだが、それを見てアギは顔色を変えた。

「ほら、これが牛。お前、乳製品無しでどうやってデカくなったって――」

「ナンディ!!」

 リカオンの話を無視してアギが液晶端末に飛びつく。
 そして画面をがりがりと爪でひかっくと今度はリカオンに掴みかかった。

「何だ、この小さいナンディは! とにかく早く解放してやれ! 神の使いだぞ!」

「ちょ、お、前!」

「御使いを捕えるとは、邪教の使徒かッ!?」

「こらぁ!」

 ンモ〜ン。
 液晶の中では画面がかわり広大な草原が写されていた。
 とうとう液晶端末を奪ったアギはそれをぶんぶん掌の上で振るがナンディが落ちてくるはずもない。
 よれた襟元を直しながらリカオンはすっとそこから端末を奪い、胸ポケットにしまった。

「何するんだ、邪教徒!」

「何もしてねぇって。落ちつけよ」

 やや興奮気味のアギに他の客達の視線も集まったがたしなめて何でもない風に扱うリカオンの態度に場の空気はすんなりと盛り返した。
 まだ吠えたりないアギだったが浮いていた腰を席に着けると、また牛乳と睨みあう。

「お前、どっから来たんだ」

 静かに、そう、内緒話のニュアンスで聞いたリカオンにアギははっとする。
 リカオンから視線を外し、しかし腰の剣に手を伸ばしてアギは押し黙った。

「ふふ、見え見えなんだよ。お前がどんなに強かろうと、こいつで一発で仕留められる」

 そう言いながらリカオンが胴越しに拳銃を構えていた。
 テラの武器の威力を知っているアギにとっては向けられて気持ちのいいものではないが相手の言わんとしている事を悟ってそのまま硬直する。
 すると、リカオンはにやりと笑って話を続けた。

「ようし、いい子だ。暴力沙汰で解決するのは物事の20%だ。覚えておけよ。
 テラ人――テラニーズでないのは見ればわかる。そんな格好でイカれてなきゃよそのお星さまからきた人だろ」

 静かに話すリカオンは店内を一瞥し、耳を傾けているものがないと確認するとウイスキーのグラスを揺らしながら唱えるようにもう一度言った。

「モルガニーズだな。その装飾に自然信仰。お前、テルティウの難民か?」

「……ッ」

 テルティウ。
 その言葉が自分以外の言葉から出たのを聞いて、アギは胸を鷲掴みにされた。
 脳裏には滝の音、宮殿の瑠璃色、竜の翼が切る風、あの朝日、そしてラエトリトの言葉が蘇る。
 今、テルティウはどうなっただろうか。
 ポッドが落ちたのはこの近くの辺境森林だった。
 いや、そこはアギの知っている森林ではなかった。
 草木はしなびて濃い霧はガソリンの匂いを含み、土は乾燥しており生き物の姿が無い。
 ようやくこの都市にたどり着き廃ビルの中で何日か過ごしていたが体力の限界が近かった。
 空腹より、風呂に入れないのが辛かった。
 いまでもバンダナの中でいがいがと痒みがぶり返している。
 本当はアリサに出会ってここにたどり着いた時、アギは心のどこかでほっとしていた。
 助かったと思っていた。
 しかし、リカオンの口からテルティウの名が出てその安心が一気に取り払われた。

「だったらどうする」

 敵意をむき出しにして答えるとリカオンは拳銃を腰に刺しなおす。
 ぐいっと残り半分を飲み干すと、簡単な調子で答えた。

「どうもしねぇさ」

「……モルガニーズはテラニーズの敵、じゃないのか」

「極端だな。テラ軍は確かにモルガナに宣戦布告したらしいが、テラニーズとモルガニーズが敵ってのはちょいとばかし論点がずれてる。
 まぁ、もっと身近な話すりゃ、俺たちは確かにテラニーズだが、テラ軍のお仲間かってぇと全く逆なんだ」

「…………?」

「ところでよう、アギ。お前、これから行くところあるのか?」

「話をはぐらかすな。お前達、テラニーズなのにテラ軍の敵なのか?」

「はぐらかしてなんざねぇよ。言うだろ、敵の敵は味方ってな」

 それでも意味が頭に浸透せず、リカオンに向けてアギは首をかしげる仕草を見せると、彼は特大の溜息をついた。
 またしても頭をぼりぼりとかきながら言葉を選び、しかしうまくいかなかったのかストレートに言った。

「協力……してほしい。俺たちシュラマナに」

 シュラマナ。
 どこか懐かしい響きだった。
 兎角、リカオンの言い方はまるで拗ねた小娘の様な高飛車な言い方だった。
 恐らくは下手に出るべき言葉ではあったがリカオンは腕を組んだまま反りかえりアギと視線も合わせない。
 沈黙していると後ろからアリサが戻ってきて、今までの話を聞いていたかのように兄の言葉を後押しする。

「お願い、アギ。私たち、テラ軍のやってる事止めたいのよ。もちろん、モルガナとも戦争したくないの。
 それでね、テラ軍を止めようっていう同士を集めているってわけ。
 君みたいに腕の立つ人なんて滅多にいないのよ、ホント! 一緒にテラ軍の横暴を止めましょ」

 ようやくアギの頭の中で事情が繋がり、それでもすぐに返事が出来る様な状況ではなかった。
 まるで人事だった。
 アギの頭の中では波紋の様にテルティウの事が浮かび、胸に光る竜の鱗のネックレスにはまだ父王の血がついている。
 自分は卑怯にも一人だけ逃げてしまった王なのだ。
 どうしたらラエトリト達の犠牲に応える事ができるのか、皆目見当もつかない。
 ぐるぐると思考を逡巡するアギにリカオンが大げさにお手上げのポーズをして言った。

「ったく、さっきから忙しい奴だ。今日はアリサが世話になった礼に泊めてやるよ。
 その様子じゃしばらくまともなメシにありついてないんだろ?」

 小さく頷いたアギに、ようやく年相応の疲労が見えてリカオンはそれに笑いながらも気付かないふりで言葉を連ねた。

「まずはテラ入りの記念だ。その御使い様のお乳を全部飲め。テラニーズは牛乳で育ったんだ、自然の恵みを無駄にするなよ」

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あきゅろす。
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