繚乱のドラグレギス
第七節<鱗片の一族> 尼僧、野菜も食え
「まったく、二人ともこのか弱くて繊細な僕を一人にして、しかもブラフマーの見張りなんてさせて!
非道にも程があるよ! もしこの僕の美しい身体に傷でもついたらどうしてくれるんだい!」
やっぱり夜中置いて行かれたニックスは怒った。
はいはい、と受け流しながらリカオンはアリサが買ってきたジャンクフードを口にしていく。
ピリ辛ソースに付け込んで焼かれた鶏肉を頬張りながらアギもニックスの軸がブレた主張を聞き流していた。
「見張りっつうかお前、寝てただろ」
「だから危ないじゃないか! 僕がお婿に行けない身体になったらどうするんだ、リカオン、責任とってくれるのか!?」
「来世でな」
「リカオンのばか! アギ!」
「じゃあ、俺は再来世」
適当な事を言って誤魔化すのは得意ではなかったが、ニックスのおかげでアギも減らず口を覚えていた。
事前にどう謝ってもニックスは小姑の如く当たり散らすと聞いていたアギはフライドチキンに手を伸ばした。
モア、それにリカオンが噂の人となってしまい身動きがとりづらくなっている中、アリサとアギで買い集めた食糧は次々に消えていく。
アギもこの状況で神獣がどうのとは言えず後ろめたい気持ちもありながらハンバーガーが15個も入った袋を抱えてコンテナに帰ってきた。
「……おいしくないです」
コンテナの隅で正直な感想を洩らし、挟まっている牛肉だけをつまみあげて食べるモアにアギの無言の威圧が突き刺さる。
どうしてよりにもよってそれだけ食うんだ。
うにゃりうにゃりと出ていた念を察知したのか、モアはアギに視線を返すもやはりもぐもぐと口を動かし、
穀物を馬鹿にしているのかパンをプレスしてさらに丸めて飲み込むように口に放り込んだ。
口当たりの悪い肉の塊よりもさらにまずいといわんばかりに顔をしかめた彼女に
何か上手い事を言えないものだろうかとアギが考えているとモアの方から近づいてきて目の前にしゃがみ込む。
「なんか下さい」
「なんかって……」
「僧侶が物を乞うてるのです。食べ物に決まっているでしょう」
「そんなギラついた目で乞われても。他にもあるだろ、ビスケットとか――」
「パサパサしていておいしくないです。味も無いし……」
「……モア、俺のイメージだと僧侶ってもうちょっと謙虚だと思うんだけど」
「それはアレですか。私がずうずうしいとでも仰いたいんですか。喧嘩売ってるんですか。え?」
出た。
口先は丁寧だが、結構荒々しい性格のモアにアギはたじろぎ、ゆっくりとその言葉も性格同様荒々しく変換させてみた。
お前、アレか。ずうずうしいとでも言いたいのか。喧嘩売ってんのか。ああ?
――しっくりきた。
「やるから……喧嘩腰になるなよ」
言っている間にモアがアギの右手にあったチキンに噛みつきそのままぶんだくる。
途端にコミュニケーションを遮断しモグモグとチキンを頬張るモアに食べ物をとられて溜息をつくアギ。
その横から半分になったハンバーガーが出てきた。
元をたどればアリサがもう半分を持ちながら微笑んでいる。
「半分コしよ。私、あんまり食べないから」
「あ、ああ。ありがとう」
「ううん、どういたしまして」
アリサの差し出した半分の中身が魚のフライだということを確かめてアギはそれを口にする。
刺激的な味に最初は驚いたが、やはりだんだんとテラの味にも慣れてきてジャンクフードもうまいと感じるようになっていた。
ましてや、腹が減っているものだから口に入るものの全てがおいしく感じる。
あっというまにチキンを平らげ口から骨を取り出したモアはそれを片手にじっと見つめて首を傾げていた。
不服そうにとんがっていた唇が呟くように動く。
”ブラフマー”
彼女がいつもブラフマーの事を考えているのは承知だが、何故今更になってしげしげと骨を見つめながら呟くのか。
アギにはどうしても気にかかって仕方がなかった。
彼女は曖昧にしたがるが、どうしてブラフマーをあれだけ大事に思っているのか。
何か事情があるに違いない。
「でもアギ、牛肉しかない場合の為に拘りとか少しは緩めた方がいいと思うんだ」
いつの間にか牛についての話をしていたアリサにはっとなってアギは口の中に入っていたバーガーを嚥下しながら答えた。
「そう思ってはいるんだけど……何でもかんでも簡単に受け入れたら、俺じゃなくなる気がして。
それもありだと、そういう混沌になるのもいいのかもしれないけど……俺には多分、堪えられないと思うんだ。
何者でもない誰かじゃなくて、俺はアギ・ヴァイシュラヴァーナ・テルティウでいなければならないんだ。
ちょっとずつ頑張るよ……」
「……そ、か。アギ……大変だね」
「え?」
「だって、捨てられないってことだよね。逃げられないってことだよね。
捨てて逃げちゃえばすぐに楽にもなれのに。アギは、勇気があるよ」
違うんだ。
胸が痛んで否定した。
自分にはその肩書しかないんだ。
父のように国の為に何をしたでもない。
ラエトリトのように頭脳明晰でもなければ武力もない。
自分にあるのは誰もが優しくしてきてくれた王子という肩書と復讐心という重苦しい感情だけだ。
肩書を失ってしまったら、どうなってしまうのか。
想像するのも怖かった。
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