繚乱のドラグレギス
第六節<空飛ぶ街> 黄金色の曼荼羅の
シャン、シャン、シャン、とマシンガンの銃弾からブラフマーを守るように曼荼羅が浮き上がっては消えていく。
これは一体なんなのか、これもブラフマーの力なのか。
高ぶる感情の中、アギはそれ以上考えられなかった。
テラ軍がそこにいる。あの時と同じようにマキナで攻撃してくる。
今の自分には力がある。
だったらやれることは一つじゃないか。
着弾しながら突っ込んでいき、アギは最後のジェネラルマキナの後ろを取る。
「どうしてテルティウを襲った……どうして滅ぼした……どうして……」
ジェネラルマキナがたじろぎながらも振り返ると、ブラフマーの腕がその頭を掴んでいた。
みちみちと唸りを上げるジェネラルマキナの頭部だが、降参どころかマシンガンを向けてきていた。
しかしアギは引くことが出来なかった。
「どうして殺した!!」
ガガガガガッ!
マシンガンの音が重なると同時に曼荼羅の光が灯る。
だが、それは別の場所でも灯っていることにアギは気がついた。
そして同時に、ニックスのらしくもない悲鳴も聞こえた。
「アギ! 早く決着をつけるんだ! モアがもたない!!」
「――な」
木目の甲板の上に広がる極採色の曼荼羅の中央、手のひらを合わせて歌うように何かを唱え続けるモア。
風圧とは別のエネルギーに彼女の髪と指の間に絡んだ青い数珠が逆巻き、彼女の足元には幾重にも紋様が浮かんでは消えた。
ガガガガッ!
マシンガンの発射音と同時に彼女の体がぐらつき前のめって倒れる。
――まさか、彼女が。
ガツッ!
ブラフマーに銃弾が着弾し、びりびりと衝撃が走る。
だがその機体は大げさにひるむことはなく、アギは反撃に頭部を握りつぶすと肩口から引き裂くようにジェネラルマキナを二つに割った。
ぼろり、と皮をむかれた果実のように大きなパーツ――パイロットがむき出しになり
高度何メートルかもわからない中に放りだされてそのままだんだんと小さくなっていった。
アギはそのパイロットを目が合ったような気がした。
「…………!」
この手が殺した。
その事実に指先がちりちりと震え、波のように何度も背筋が凍る。
テラ軍への報復の達成感など微塵もなく、あるのは責められているような罪悪感だけだった。
「モア! 今誰か呼んでくるからね!」
ニックスの声ではっとしてアギはブラフマーを屋上の甲板によせ、着地が完了していないうちに操縦席から飛び出しアギはモアに駆け寄った。
うめき声を上げながら体を丸め、生きていることはわかったがどうしたらいいのかわからずアギは彼女の上体をゆっくりと抱き起こす。
何故か彼女の体にはカマイタチにでも揉まれたかのような血の流れない切り傷がついていた。
傷は服の下についており、まるで外傷ではなく内側から張り裂けたようだった。
「……どうしてこんな!?」
そう言ったがアギには分かっていた。
あの曼荼羅はブラフマーの力などではない。
彼女の傷を共有する力が違う形で働いたものだ。
モアは何かを喋ろうとして、しかし溢れ出たのは血液で、むせかえり呼吸を荒くする。
ようやく落ち着いたところで彼女が口にしたのは相変わらずブラフマーの事だった。
「ブラフマーは、無事……?」
「あ、ああ……」
「傷ついてない……?」
「少しはついてるかもしれないけど、大きな傷は無い。大丈夫」
「……よかった」
彼女のブラフマーへの固執は異常だとは思っていた。
だが、己の体よりも重きを置いているなんて。
彼女は、そう、ブラフマーを愛しているようだった。
モアにとってそれだけ大事な存在であるという事実だけがアギにはわかった。
「モア! 生きてるか!」
どかどかと足音を鳴らしてリカオンとアリサがやってくる。
騒がしくなる一方で、モアは震える声でアギに懇願した。
「ブラフマーを、これ以上傷つけないで……」
「……でも――」
あれは兵器だとは言い切れなかった。
彼女にそんな事は言えなかった。
何より、ブラフマーを個人として認めてやりたかった。
「私は大丈夫だから、ブラフマーに優しくしてあげてください。きっと、怖がってる」
「……わ、わかったよ」
彼女の言っている意味がわからないままアギは答えていた。
茫然としたアギを見かねてリカオンがモアを抱きかかえるとアリサに難しい指示を出しながら走っていく。
そうして事の中心から外れたアギは風に当たりながらしばらく何も考えられないでいた。
甲板に残されたブラフマーの前に立って一つ一つを思い出す。
初めてこの手で、殺意を持って人を殺した。
ブラフマーはそれを嫌がっていたようだった。
モアが守ってくれていた、それを知らずに何も考えないで突っ込んでしまった。
いや、モアが守りたかったのは自分じゃない。ブラフマーだ。
人を殺したという罪悪感、自分は守られなかったという惨めさ。
どれもこれも混ざりあって重油のように心にこびりつく。
「ブラフマー……お前、どうして俺を選んだんだ……?」
湿り気を含んだ風が強くアギとブラフマーを叩きつける。
向かい合ったまま強風が通り過ぎるのを待つように微動だにもせず、アギはブラフマーを見つめ続けたが返事はなかった。
自分がもう少し冷静であれば人殺しもしないで済んだかもしれない。
モアだって傷つかなかったかもしれない。
「モアは俺よりお前の事をわかってくれてるじゃないか……今からでも遅くない、モアを認めて……」
言いながらアギはそれが本心ではないことがわかった。
居場所がなくなってしまう。自分は見捨てられてしまう。
それだけではなく、モアには嫉妬され続けたかった。
彼女の視線がこちらに向いていればよかった。
「……何考えてるんだ、俺は」
モアの言いつけを守るようにアギは銃弾を受けたはブラフマーの足の付け根にそっと触れる。
黒ずんだ傷がモアの痣と重なった。
「お前、戦うのが怖いんだな……兵器のくせに、臆病なんだな」
するとブラフマーの操縦席から反論するように、嘆くようにモーター音が鳴る。
淡い光が弱々しく灯って喋りかけているようだったがやはりアギにはわからず苦笑してしまった。
しかし表情を切り替えてブラフマーの操縦席の奥を見やる。
「ごめんな。俺が冷静でいられなかったばっかりにお前まで傷つけちまって。
……俺が代わってやれたら……!」
父、民、ラエトリト、ブラフマー、そしてモア。
自分の無力で守ってやれなかった。
せめて代わりに痛むことも出来ず、自分は一体何が出来るというのか。
ぐっと目の奥が痛くなり、とうとう涙があふれた。
ようやく国を失って、何もできないまま一人で逃げてきた事実を自身に叩きつけた。
竜鱗のネックレスを握りしめ、それが自分には相応しくないものだと思うと恥ずかしさがこみあげてくる。
テルティウにいた自分ならどうしただろう。
誰かに助けを求めただろうか。無責任に放棄しただろうか。
立ち向かうしかない一択を大人しく受け入れただろうか。
いや、少なくとも自分は一人で乗り越えたりしなかっただろう。
それが許されてきたし、それで当たり前だとも思っていた。
もはやそんな世界に自分はいない。
「――!」
突然、背後に気配を感じてアギは涙を拭って振り向く。
そこには大きなゴーグルをした小柄な影があった。
反射するゴーグルで顔はよく見えないし、首からすっぽり布を纏って体系もわからない。
艶のある綺麗に整えられたショートボブの髪だけが風にたなびいていた。
それは嘲笑するように間延びした拍手をしながらアギとある程度の距離をとり、口を開いた。
「すごいねぇ。君がその大きなマキナを操っていたのか」
中性的な声で少年だか少女だかわかりづらいが、男にしてはきれいすぎる。
ブラフマーを知っているのだろうか。
アギは腰に携えた剣に手をかける。
すると彼女はケタケタと笑いおどけた調子で身体をふらふらさせながらアギを挑発する。
「やめなよ。君がいくら腕が立ったって、ボクには勝てないよ」
「お前は何者だ!」
「君に害を加えるつもりはない。少なくとも今はね。
安心しなよ、生かしてやるって言ってるんだからさ」
「……ッ何のつも――」
次の瞬間、アギの全身からさっと血の気が引いて身体が震え始めていた。
相手の方からどうしようもなく抗えない重苦しい気配が流れてくる。
魔法だろうか、それとも生き物が放つという殺気だろうか。
それだけで力の優劣がはっきりした。
勝てない。
決して屈強そうではないし他に仲間がいるわけでもなさそうだ。
だが、相手の力量が圧倒的であることが本能的にわかっていた。
アギはガチガチと柄が震えながらも剣を抜いて彼女につきつけた。
すると彼女は肩を揺らして笑う。
「あーはっはっはっは! 本当に君は愉快だね!
怒り狂って殺しまわったと思いきや今度は脅えているのに剣を向ける。
それとも、君は感情的になって自制がきかない性格なのかな?」
「…………ッ」
「まぁ、どっちでもいいや。君に感謝するよ。
つまらない仕事が減ったし、彼女も自分が何者であるか自覚するだろう」
「意味がわかるように言え!」
「リデーヴァに力を使わせ、彼女の本来の能力を蘇らせる。それが君の役割だよ」
「……え?」
「その為に君たちを生かしてやっているってわけさ」
歪んだ唇から彼女は肉食獣のような歯を見せた。
人間じゃない。
その形を模した、もっと攻撃的で力のある生き物だ。
圧倒されていると彼女はアギの焦燥を鼻で笑い身をひるがえす。
「ボクはいつでも君たちを監視している。
モアージュ・リデーヴァを上手に使う事だな。お前の臓腑をバラまかれたくなかったら、ね」
「そんな脅し――!」
「脅しなんかなものか。ボクだって血で汚れたくはないさ。
でもね、それとこれとは別なんだよ、アギ。生き物は、生き物を殺して、食って、生きていくんだ。
仲間を守る為にテラ軍のマキナを落とした君ならよくわかっているだろう?
そうだねぇ、アリサって娘なら今すぐにでも殺れるよ? 柔らかくておいしそうなお嬢さんじゃないか」
「な……」
何を言っているんだ、こいつは。
しかし彼女の言っている意味が全く意味不明の言葉の羅列でないことだけはわかって
アギは段々とそれが自分にも当てはまることがわかった。
糧がなければ生きていけない。
当たり前の事だった。
「――おい!!」
顔を上げて後を追おうとしたが、既に甲板の上にはその姿はなく、
まるで非現実の世界から戻ってきたようにアギは思った。
ただ、戦乱に世界が淀んでいるだけではない。
何かが、何者かの意志が働いて導かれているのだ。
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