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繚乱のドラグレギス
第六節<空飛ぶ街> 意地
 それはもう見事に隙をついてすっとフェードアウトしたモアだったがさすがに目の前にいたアギには気付かれていた。
 刹那、何か思いつめたような表情をして逃げ出した彼女を思わず追ってしまったアギ。
 ほぼ荷物置き場と化している予約した三等室に彼女が入ったのを見てアギはその扉の前でようやく足を止め、何と声をかけたものか少し悩んだ。
 喧嘩売ってるんですか。
 そう言われたのは当然初めてだし、正直怖かった。
 そこまで機嫌を曲げることも無いだろう、だったらなんて言ったら機嫌が良くなるんだ。

「第一、カリカリしすぎだろ……」

 そう、モアは小さいことでいちいちつっかかってくる。ここはガツンといってやらないと。
 思わず不満を口にしたままスライドドアを押しあけた。
 いくつか説教臭い言葉が上手に浮かんだが、次の瞬間、それはぼろぼろと落ちていった。

「は……」

 まだ間に合う一瞬があったものの、アギは呼吸すら止めてそのまま硬直していた。
 エプロンドレスの裾を掴んで思い切り捲りあげ、裏返しになったそれからモアが頭を引っこ抜いているところで身につけているものはローライズのパンツ一枚。
 左肩には大きな傷跡があり、他にもいくつかでこぼことした不格好なラインが走っている。
 だが、それよりもアギが目を疑ったのは彼女の白い肌、わき腹に浮かんだ虹色のラインだった。
 それはみっちりと綺麗に腰からわきまで二本延びており、まるで虹色トカゲのようにぬらぬらと輝いていた。
 女性らしい丸みのある身体、冷たくメタリックに光沢するライン。
 煩悩と疑問で混乱する中、アギはとりあえず扉を閉めた。
 同時処理が出来ず、ドアにつっぷしたままでいると、段々と手に汗がじっとりと噴き出してくる。
 まず、謝るとしてあの黒い鱗のようなものは何なんだ。
 女の子というものはやわらかそうで、華奢で、丁寧に扱わないと壊れてしまいそうだった。
 とにかく、モアは自分とかけ離れた、別の存在だった。

「アギ……くん」

 ドアの向こうからくぐもった彼女の声が聞こえてアギは反射的に謝った。

「ごめん! 俺……そんなつもりじゃないんだ……心配で……」

「どうして私の事なんか心配するんですか。あなたには関係ないじゃないですか」

「だって……仲間じゃないか。それに、モアも俺もシュラマナに拾われて……」

 それだけなのか?
 アギは自分で疑問に思い、そして刺すようにモアの言葉が返ってきた。

「それだけですか?」

「…………」

 ドアから離れて下がったアギは何かに背中をぶつけて見上げる。
 白けた目でドアを見つめたリカオンだった。

「リカオン……ど、どっから見てたんだよ!」

「一言でいえば一部始終。
 お前は本当にちんたらしやがるな。取扱いに注意しろって言っただろ」

「そんな事言われても……」

「はぁ。威勢のいい時はもっとビシっとしてるくせに、壁にぶち当たるとお坊ちゃまが見えるんだよ。
 これだから育ちのいい人間は。どけ、俺が話しつけてやる」

「リ、リカオン!」

 アギを押しのけドアに手をかけたリカオン。
 一部始終見てたと言っていた割りには躊躇い無く開いてどかどかと派手に足音を鳴らしながら部屋に入って行った。
 モアはワインレッドのラヴァスーツに着替えており、髪を整えているところだった。
 アギが覗き込み胸をなでおろしたその時、乾いた音が金属製の壁を伝い廊下にまで響き渡った。
 モアの身体が吹っ飛んでベッドに転がる。

「な……っ! お前……!!」

 驚いたのは殴ったリカオンの方で、クリーンヒットした平手打ちですっとんだモアにリカオンから非難の目を向けた。
 そして、彼の困った時の癖なのか頭をボリボリかいて鼻息を一つ落とす。

「ふん。お前は変だ。変な力は使うし、変な電波察知して動くし、変な兵器に執着するし、避けられるビンタを避けねえ。
 確かに周りと違う。だがな、だけどなぁ、それよりも俺が気にくわねぇのがお前のその可愛げのねえ態度なんだよ!
 だからブラフマーもお前じゃなくてアギを選んだんじゃないのか!
 ともかく、おめぇに嫌いだか何だか言われる筋合い無いんだよ! なぁ、アギ!」

「あ!? いや、俺はそこまで思ってないけど……」

「あんだとぉ? 思ってるだろ」

「…………」

 首だけで振り返ったリカオンの目が冷たく、そして勢いを殺されたのにいらついたか荒縄を占めるような音を立てて拳を握った。

「……ちょっと」

 正直、確かに少しは思った。
 アギが応えてようやくリカオンがフン、と溜息をついて倒れたモアに視線を戻す。
 アギも心配になって彼女の倒れた下段のベッドを覗き込む。
 モアは肩を震わせて泣くどころか、その虹色の瞳をぎょろりとリカオンに向けて反抗的な態度だった。

「リカオン、やりすぎだって」

 間に入ったアギの背中にぶすりとモアの視線が刺さるが退くことも出来ず、アギは懸命に喋った。

「モアの気持ち、わからないでもないんだ。
 俺がモルガニーズだって知ってたら……俺が……俺が……」

 テルティウの王だと知っていたら。
 ぐっと胸が締め付けられるのを感じた。
 そう、どうして今まで痛まなかったのか。
 忘れようとして、考えようともしなかったからだ。
 自分が何者なのか、喉につかえて言えなかった。
 言ってしまえばモアが抱えているものと同じ不安で押しつぶされそうだったからだ。

「ち、わかった……てめぇらなんか傷舐めあってろ」

 荷物からたばこのケースをウイスキーのボトルを取り出すとリカオンは部屋を出て行ってしまう。
 がつん、がつん、といささか苛立ったような足音が遠くまで響いていき、
 アギはその場に座り込んで肺の中一杯にたまっていた空気を吐き出しベッドに上半身を預けた。
 リカオンはやっぱり言ってる事とやってる事が矛盾する男だ。
 モアを殴るつもりはないのに殴る。つもりはないのに言い訳しない。
 よくよく考えてみればアリサはもう呆れているようだし、ニックスに至っては次はどんな横暴が飛び出すか楽しみにしている節さえある。
 疲れる。
 今までまわりが自分に気を遣ってくれていたのか、口当たりのいい会話に態度だった。
 だが、今は何でもない。テルティウ第一王子なんていうフィルターなしに誰もかれもがアギそのものに当たってくる。
 特にこの、モアという女の子は――。


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