繚乱のドラグレギス
第五節<偽る者> 悪循環、悪循環!
乱反射。
鏡のような窓、鏡のような壁、とにかく光があっちこっちに飛び回ってまさかまさかこのまま出られないのではないだろうか。
そう疑ってしまう程にぎらついた街だった。朝日が痛い。
テラの都会ではソーラーパネルによる太陽光発電が主流となり、原子力発電は辺境の小さな町で行われていた。
リスクが伴われる原子力発電で生み出された電気は大都市に買われ、とどもアシカもつまるところはすべてが大都市にベクトルを向けている。
表面上はクリーンとメカニカルを歌ったこの街の風景がリカオンは気に入らなかった。
「兄貴、前金振り込まれたんでしょ! 買い物くらいさせてよ〜」
不平を言うアリサをリカオンは無視してビル群の広間中央にある巨大な機械にフォンパッドを接続した。
そして一分ほど操作すると用は済んだのか並ぶ面々の下に戻ってきた。
「そんな金ねぇ」
「え!? そんなわけないじゃん! 結構儲かったって聞いたよ!?」
「今なくなった」
「えええ!?」
「ははは、また慈善活動か」
いつもの様だと言わんばかりにアリサは大きな溜息をついて落胆を苦笑に変える。
病院に運んだ仲間達に贈ったものだとアギにも想像がついてリカオンという男の不器用さと懐の深さに感心を覚えた。
同時に、身分を隠している自分の小ささと言ったら。
どこか科学という技法に頼りきりで冷たい印象を抱いていたテラニーズだが、ここ数日接してモルガニーズとさほど変わりの無いことを知り、
アギは安心と、そしてテラ軍の暗躍への不安を抱く。
しかし移動を始める一団に後れを取るわけにもいかず、器用に考え事をしながら歩ける彼でもなくアギは大きな銀色の建築物に向かうリカオン達についていった。
「アギ、きょろきょろしちゃって。何が気になるの?」
アリサに言われて自分の態度に気がつく。
道は中空まで入り組んでいるし、建物はどこを見ても同じ壁で覆われている。
無個性で冷たい印象のテラの象徴でもあるビル群だ。
「こんな高い建物、よく倒れないな。それに、どこもかしこも同じガラスみたいな壁してる。
街の作りは複雑だし、テラニーズは道に迷わないのか?」
その問いに答えたのはニックスだった。
「街の構造の複雑化は土地の小売化が原因ってところかな。
科学をもってすればこれだけの高い建物を建てるのは難しい事じゃないんだ。
ゆえに、ある程度の土地さえあれば後は積み重ねることによって場所を確保できる。
大きな土地を買わなくてもいいってことだよ。となると、この一つ一つのビルの持ち主は違うってわけ。
その後に道路なんて建築すると中空に作ったり、少し不自然な形状をしてるってわけ」
ひょい、とニックスが動く階段に乗ったのを見てアギはたたらを踏んだ。
「足元気をつけてね」
「あ、ああ」
一団踏み出すとだんだんと景色が変わっていく。
ビルの隙間を縫うようなエスカレーターをいくつか通ってさらに人の行き来が激しい大通りに出た。
「それから、同じ色の壁を遣っているのは――あれはソーラーパネルっていって、太陽光発電をしているんだ。
太陽のエネルギーを別の形に変換することによって備蓄する。無駄なく利用できるってわけだね。
まぁ、これは僕の憶測だけどこの技術はモルガナのコロニーの外側にも応用されていて
コロニー内部の天候なんかを安定させる役割にも使われているんじゃないかな。
テラじゃ自家発電が義務付けられているからね」
「義務?」
「50年前くらいからかな。テラでは科学技術の発達に自然保護技術が追いつかなかったわけ。
テラの街と辺境が分離しているのはこのためで、テラニーズは住む場所を限定し、ゆっくり種の存在枠を絞ったことによって現在の形を保っているんだ。
だから住民税が物凄く高いし、今は治安が悪いから”住む”って概念があるのはお金持ちの特権ってわけ」
「住民税って、どういう意味なんだ?」
「住民でいる為の税金」
「……はぁ?」
顔を大きく歪めたアギにニックスとアリサは笑う。
「その上、国民税、娯楽税、教育税、消費税、所属税、公的機関利用税〜。
とにかく何でもかんでも税金ってシステムが食いついてていちいち政府にお金払ってるってわけ。
そのお金でテラ軍が動いてんのよ。嫌にならない?」
おどけた調子のアリサにアギは茫然としながら同意した。
シュラマナは少し過激なグループなのかとも思っていたがそう言った環境だったらこういったグループが現れても仕方ないのではないのだろうか。
テラの行政は何をしているのか、テラの国民は何故その上で暮らしているのか。
もう少しテラについて勉強しておけばよかった。
アギの後悔とは裏腹に、後ろからモアの声が飛んできた。
「都会って難しく出来ているんですね」
「モアちゃん、君はもうちょっと世間に興味持った方がいいよ」
「それは……あれですか、私何かまたおかしなことを口走りましたか? 変ですか?」
そのあたりは彼女のプライドというものを尊重してスルーし、ニックスは話を元に戻す。
「ま、そのなんとか税ってヤツでブラフマーも作られたのかもしれない。
だとしたら危険極まりない一大作戦になりそうだねぇ、たまらないねぇ」
「どうして兵器に税金が使われているのに誰も何も言わないんだ」
「まぁまぁ。テラ軍については不穏な動きがあるのは知ってるけど、みんな大きな声で話が出来ないってわけさ!
なんてったって国家予算の注ぎ込まれている武力集団だからねぇ、ははははは! 悪循環、悪循環! あはははは!」
わざとだろうが身振り手振りと声を大きくするニックスに一瞬だけ街の視線は集まって、しかしすぐに冷めた様な日常に戻る。
そのテラニーズの反応の薄さといったらどこまでも科学でどこまでが人間なのかアギにはよくわからなかった。
無言のままさくさくとリカオンが進んでいったのはサティヤ駅で見たような大きな広間で相変わらず人の行き来が滝のようだ。
いくつも交差するエスカレータ、吹き抜けの天井、どこからともなく聞こえる轟音。
「運よく商業船が着いてる。これでローナヴァラへひとっ飛びだ」
調子よく言って親指で商業船への通路を指したリカオンだったが、浮かない顔のモアがぼそりと呟いた。
「やっぱりブラフマーを売ってしまうんですか……?」
「っるせえなぁ。文句があるならぶんどってみろよ」
相手にしていないのかリカオンはその奥の通路に入って黒い柱の前に立つフォンパッドを取り出して操作した。
後ろで柱の液晶画面に映し出された図を見て全員が眉を捻じ曲げる。
ベッドが4つの狭苦しい三等室しか開いていなかった。
そして迷わず予約のボタンを押したリカオンに非難の声が上がった。
*
幸いにも何とか商業船に入りブラフマーを積み込み終わったシュラマナ面々はセピア色にくすんだ大きな甲板に集まっていた。
そこにはシュラマナのトラックの他、コンテナや車、船なんかも置いてあり巨大な倉庫のようだった。
「あのね、今のってるのは大きな飛空挺なんだよ。これで空を飛ぶの」
空を飛ぶ?
意味が分からずアギがぎょっとした顔つきをアリサに向けたので彼女は亜麻色の髪を揺らしてくすくすと笑った。
ローナヴァラまで約三日間、空を飛び続けての移動となるらしい。
乗り込んだのは商業船という巨大な飛空挺で、中には商業区と居住区が設けられており規模の小さな一つの街のようなものだった。
おおむね、商人が乗り込み、辺境に閉じられている都市間を結ぶ重要な流通生命線となっている。
二段ベッドが二つ向かい合わせて設置されているだけの個室に大の大人が5人となるといささか無理があり、
ゆっくりと休憩しながらの空の旅なんてわけにもいかず、コンテナを積み込んだ倉庫にいるというわけだ。
「俺はブラフマーの見張りの為にトラックで寝てる。
とりあえず、アギ、モア。その服どうにかしろ」
同時に自分を見下ろしたアギとモア。
どこぞの民族衣装にじゃらじゃらと黄金の装飾を纏ったアギに、ホームレスと称するのも憚られる散々な状態のモア。
自分、そして互いを確認し、二人は近寄らないでと言わんばかりに距離をとった。
呆れたように手をひらひらさせてトラックの運転席に乗り込みもはや我関せずで腕を組みながら眠り始めたリカオンに溜息をついて
ニックスとアリサは顔を見合わせる。
「じゃあ、私アギと一緒にお買い物してくるから、ニックスさんはモアの面倒見てあげてね」
「あれ、普通逆じゃない?」
「見てあげてね」
「……はい」
にっこりと万弁の笑みを浮かべたアリサはアギの腕を引っ張って商業区への廊下に歩き出す。
そのやや強引な姿も見慣れてきてニックスはほほえましく思った。
「よし、じゃあモアちゃん。僕たちもデートだ。
まずはそのカッコをどうにかしないとね。それから美容室に行って髪もきちんとして……」
女性の扱いを心得ていると自覚のあるニックスだったが、見下ろして視界に入ったモアの表情はどこか上の空で、
彼の言葉が耳に入っていなかったのか我が子の心配でもするようにコンテナ――ブラフマーを見つめていた。
どう考えても、彼女のブラフマーに対する感情は他の人間に対するそれより圧倒的に重きをしめており、
反面、目の前の世界を蔑にしているような、一切興味を抱いていないような、そんな気さえした。
口にさえせず、目的も定かではないが、その頑なさはリカオンの強引さにも似ている。
それを表にせず、じっと何かの機会を伺っているなんて、きっと物凄く根性のねじ曲がった娘に違いないぞ。
ニックスはそう考えながら一人でくすくすと笑っていた。
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