繚乱のドラグレギス
第五節<偽る者> 隻眼の男
翌朝、まだ空気が冷たい時間にニックスとアリサが到着した。
いつの間にか寝入っていたアギが起きたのは最後らしく、リカオンに蹴られたうえに寝起きにブラフマーを狭苦しいコンテナに入れるという作業をさせられる。
そこかしこにぶつけながらコンテナに入ったブラフマー、そしてそれにべったりくっついているモア。
綺麗に寝袋が畳まれて返却されていたところからすると彼女はかなり早い時間に起き、少し寝たりないのかブラフマーの横でうずくまっていた。
「アギ、大丈夫だった?」
爽やかな笑顔で迎えてくれたアリサはメッセンジャーの事を聞いていないのかもしれない。
リカオンはわざわざそんな報告もしそうにないのでアギも彼女には何もなかったようにふるまうことにした。
「ああ、この通り」
「へへ、すごいね〜! 傷一つない! 薬、用意して待ち構えてたけど必要なかったね」
「あ、ああ……」
メッセンジャーが警備員のほとんどを殺していた。
これからそんな奴の飼い主に会いに行くのだ。
第一、そんな危ない奴を操っている人間がブラフマーを手に入れたらどうなるだろう。
メッセンジャーと同じような使い道になるんじゃないだろうか。
いや、ちょっと待て。ブラフマーを操縦できるのは自分だけじゃないか。
そこまで考えてアギの脳内にはリカオンが冗談めかしていった”セット販売”という言葉がぐるぐる回り始めていた。
「アギ、早くコンテナに乗って。おいてっちゃうよ」
「すぐ行く……」
急に顔色を悪くしたアギに首を傾げながらもアリサはやはりその腕を強引に引っ張ってトラックのコンテナに乗せる。
リカオンは助手席に座ってニックスと何か難しい話をしながら移動するらしい。
コンテナに入るとブラフマーが幅を利かせており、狭苦しい中で場所を探して二人は足を曲げて座った。
「へ〜、これが兄貴の言ってた兵器か……特別なマキナなんだよね?」
「多分……」
アリサの話を聞きながら考えることも出来ず、上手く返事が出来なかった。
モアは、ブラフマーが売られたらどうするのだろう。
クライアントという人の下に行くのだろうか。
彼女はそれを望んでいるのか。彼女はブラフマーがメッセンジャーのように暴力の道具にされることを望んでいるのだろうか。
「そんなわけないよな……」
「ん?」
「あ、いや、なんでもない!」
そんなわけない。
じゃあもし自分もセット販売されるとして、相手がテラ軍ならどうだ。
「――ッ!」
バタン、と派手に音を立てるように思考に蓋をした。
考えちゃいけない。
父、ラエトリトの事を考えちゃいけないように、その先を考えてはいけない気がした。
何かどす黒いものが確実に息を潜めている。
そのものの正体を確かめることも、感じることすら憚られる。
「アギ、やっぱり疲れてるんじゃないの? 少し、休もうよ」
「……うん、そうする」
自分の中に暗雲のような何かが巣食っている。
薄ぼんやり、それがあまりに過度で他人事にすらなってしまった”憎しみ”であるということは分かっていた。
他人事にしなければどうしようも出来ない気持ちだった。
コンテナの壁に背を預け、ブラフマーの足元を見る。
横になったモアが静かに寝息を立てている。
この世に裏切られた気持ち。
否定をしたくて、しきれない気持ち。
その黒い本質と向き合えない気持ち。
彼女も同じ様にどす黒いものを抱えているのだろうか。
*
パソコンに向かってつまらない数字の精査をしていたマダム・ラクシュミのオフィスに痩せたテラ兵士が駆け込んできた。
ノックもなしになんて非常識な。
そう思いながらラクシュミは小さな小言を言っても仕方ないことを分かって穏やかに兵士を迎え入れた。
「マダム・ラクシュミ! 緊急のご連絡です!」
「はいはい、どうしましたの」
脂肪が垂れ下がってほぼ見えない首に厚化粧。
派手なオバサンと言ってしまえばそれまでだが黒いローブを被った彼女の魔術師という称号が若いテラ兵士に落ち着きを取り戻させた。
「はっ! ”白銀竜”が奪取されたと南北鉄道から連絡を受けました!」
「白銀竜……」
さて、何のことだったか。
そうそうドラグマキナ”ブラフマー”のコードネ――。
「なんですって!?」
「はっ! 復唱します! ”白銀竜”が――」
「聞いたわよ!」
ラクシュミは思わず手元にあったペン立てのカンを兵士に投げつけた。
頭にペン立てがヒットしてよろけるも兵士は敬礼を取り直し、続きを報告した。
「また、警備員の半数以上が胴をえぐられるようにして死亡していたようです。
犯人は依然、サーダナ研究所を襲撃した過激派グループのシュラマナと思われます」
「シュラマナ……あの時の連中ね。詳しく教えてちょうだい」
「はっ! リーダーのリカオン・カーマインはかつて、テラ軍、ヴァーミリオン隊に所属。
当時陸軍兵長として辺境での暴動鎮圧作戦に参加していましたが、その際に行方不明に。
1年前からシュラマナという過激派グループを率いて我が軍を攻撃活動を始めています」
「テラ軍の……ほう」
つけまつげの乗った目でぎろりと兵士を睨んでラクシュミは空気を重たくした。
ごくり、と覚悟を飲んだ兵士だったが、ラクシュミはそのまま溜息をついて座りなおす。
こんなまるきり新兵を責めても仕方ない。
「ご報告ありがとう。そうだわ、伝達を一つ頼まれてくれないかしら」
「は、はい!」
「今のお話を、庭園にいる男にも教えてあげてちょうだい。きっと喜ぶわ」
「了解しました!」
ペン立てを拾って戻し、それからあわただしく走っていく兵士。
光さす窓を見下ろすと、そこには杖をついた白いローブの青年が綺麗に整えられた庭園の緑を眺めていた。
灰褐色の髪を逆立て、顔に大きな傷を持った隻眼の男だった。
そこにどたばたと例の兵士がやってきて伝令をする。
声こそ聞こえなかったが、青年は少し困惑したような表情になり、そして眉間に皺を寄せた鋭い表情のまま視線を持ち上げラクシュミを射抜く。
「ふふ……」
顔に恐ろしい傷を作り、片目を失い、それでも己の中にある強い思いを貫こうとする。
これだから生真面目なモルガニーズは。
「ようやく、貴方の戦うべき”敵”が現れた様ね――ラエトリト」
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