繚乱のドラグレギス
第五節<偽る者> アートマンの導き
まるで針山の上で正座しているような心地だった。
ニックスたちが迎えに来るまで目の前の大都市にも入れず、荒野の真ん中で野宿となった。
幸い、ブラフマーが積まれていた貨物列車にはテラ軍用か非常食と武器が置いてありそれを失敬して線路から離れる。
こんなに離れて大丈夫なのかというアギの質問にリカオンはやれやれ、と肩をすくめて答えた。
「お前、本当にテラの事何も知らないんだな。そんなんでどうやってテラで暮らそうと思ったんだ。少しは勉強してから来いよ。
こいつはフォンパッド。遠くの相手と文字や音で会話出来るし、他にも便利な機能が満載。
いまどきテラで持ってない奴はいないぜ?」
自分の帯剣のようなものだろうか。
視線を動かすとふと、炎に照らされるモアの横顔が移った。
あれ以来彼女は一言も発さず、ちびちびとビスケットを口に運ぶ。
自分が何をしたのか、何故あんな辛辣な事を言われたのか分からなかったが、アギは彼女の今の心境が数日前、国を失った時の自分のそれに近いような気がしていた。
だからこそ突っかかる気になれず、何か優しい言葉をかけられそうな気もしたが明確には思い浮かばなかった。
「ってな具合に俺のは超ハイグレード神改造されてるってワケだ」
「あ、ごめん、続いてたんだ」
「アギ、てめぇ……!」
拳を握ったがそれを放つわけではない。
リカオンという男が見た目以上に冴えていて、見た目通りに激情家であることはよくわかった。
以前の自分だったら素直に友達にもなれたかもしれない。
ただ、気持ちは絶望寸前でそれ以上考えないようにするのが精いっぱいだった。
表面上の苦笑が精いっぱいだったが毒気を抜かれたようにリカオンはキョトンとする。
「ほんとおめぇはすっとぼけてるよなぁ……」
そう言いながらリカオンはジャーキーを口に入れながらフォンパッドをいじっていた。
焚き木を囲んで星の下で食事。
宮殿にいたころもこんなことをやって大目玉をくらった。
ジャングルの木々の隙間から見える空は、この見開けたテラの夜よりもずっと多かった。
思い出したい。悲しんで思い切り泣いてしまいたい。
だが、その時溢れだす絶望に堪えうる自信が無い。
しまってしまおう。今こんな時に痛まなくてもいい。
アギはそっとテルティウの事を気持ちにしまった。
「……お。ウサワのメッセンジャー様から連絡だ」
「なんて……?」
「ちょっとまて」
フォンパッドの液晶上の文字を一度黙読してリカオンは分かりやすいように説明した。
「合流が必要ないと判断、途中撤退をしたそうだ。
ブラフマーをローナヴァラっつう都市にまで運ばなきゃなんね。
この先に見えるあれ、ハウアーっつう商業都市だがあそこから飛空挺に乗れば三日ってところだな。
しかし、メッセンジャーの野郎には上手くはぐらかされている……確定的ではないがやっぱりあれは奴の仕業だろう。
あれだけのバケモノを飼ってるクライアントってのはきっと相当な権力の持ち主だぞ」
「だけど、リカオン……ブラフマーって最新の兵器なんだろ?
それを誰かの手に渡すなんて、危ないんじゃないのか?」
「そんなもの、俺達が持ってたって同じだろ」
「そうなんだが、なんていうか……」
「じゃあぶっ壊しちまうか?」
その言葉に過剰反応したのはモアだった。
立ち上がり、ビスケットの入った袋を握り締めリカオンに怒鳴る。
「可哀想!」
「怒鳴るなって。お前もさっきから何なんだよ。俺の周りには常識人がいねぇのかよ。
俺か? 俺がそうさせてるのか? ああ、答えてみろお! 俺が悪いのかあ!?」
「……わ、悪くないです」
確実に二の句を言わせんが為にまくし立てたリカオン。モアはあっさりばっきり折れて謝った。
確かにモアは、ブラフマーに出会ってから様子がおかしかった。
サーダナ研究所で死にかけたというのにあれほど冷静でいた彼女がブラフマーを目にしてから暗い顔ばかりしている。
深い溜息の末、リカオンが囲んだ焚火に木材を突っ込みながら静かに言った。
「話せよ。俺達もお前みたいなわけありの人間、かくまう程お人よしじゃないんだ」
嘘をつけ。ニックスに自分、もう二人もいるじゃないか、お人よし。
心の中で思ってもアギは口にせず妙な味のするスポーツドリンクで流し込んだ。
リカオンと同じようにモアは分からない事だらけだ。
同じように口をうるおして考えながらモアが開口した。
「……はっきりとは覚えていませんが、小さい頃から私にはモルガナの魔法のような力がありました。
その力のせいなのか、母は私をニライカナイ寺院に預け、そのまま戻ってきませんでした……。
捨て子だったんです、だから……自分が何者なのか、知らないんです……」
「ま、そんなとこだろうな。それで、お前のアートマンってのは何を訴えてたんだ?」
「……言葉では説明できないのですが、何か物凄く大きな”流れ”が焦って方向を間違ってしまうような、そんな印象を受けました。
分かりづらいかもしれないですけど、この感覚は五感と同じくらい私にとって確実なものなんです。
超常感覚とでもいいましょうか、当たり前のように感じるんです。
焦っていて、怖がっていて、だから守ってあげないとって……」
「そんな事、世界のどこでも起きてるようにおもえるけどな」
「アートマンが教えてくれるのは、兆しだけなんです。
でも、ブラフマーはアギくんを選んだ。私は……何の為にここまで来たんでしょう……」
しゅんとするモア、考え込むように顎に手を当てたリカオン。
アギは話の合間を縫った。
「”くん”ってのやめてくれ。
それに俺は別に乗りたくて乗ってるわけじゃない。モアが操縦したかったらすればいいだろ?」
モアに言ったつもりがリカオンが答える。
「アギ、あれはインプリンティングタイプだ。最初に搭乗したライダーの情報を登録して――まぁ、簡単に言っちまうと最初に登場した人間をマスターだと思い込む。
テラのマキナには大抵人工知能が搭載されていて、中にいるライダーを極力守ろうとマキナ自身が判断する事も出来るんだ。
つまり、マキナに意志が伝わっていれば身体能力が追いつかなくても機械の方が自動操縦してくれるってことだな。
マスターの死をマキナが認めるか、マキナがぶっ壊れるまで半永久的にブラブマーはお前をマスターだと認識するだろうよ」
「で、それを解除する方法は?」
「ない。強いて言えばテラ軍に行ってアンインストール……ああ〜、記憶の削除してもらうとかだな」
「現実的な方法はないのか」
「だからないって言ってんだろ」
何でそれを早く言ってくれないんだ、とアギの口だけが動いたがリカオンは悪びれた風もなくモアに話を戻した。
「で結局、そのアートマンのなんたらの正体は分からず仕舞い、か。
お前はこれからどうしたいんだ、モア」
「……もう少し、一緒にいさせていください。どうしたらいいのか、わかりません……」
「……そうか。いや、少し安心した」
ぽっと無表情のままモアの頬が赤くなるがリカオンが難しい表情のまま返す。
「お前のその意味不明な力、探して見つかるようなものでもないだろうからな」
「……そうですか。お役にたてるなら幸いです」
「似たような連中の集まりだ。仲良く出来るなら、な」
「はい……」
途端ふてくされたモアはぽりぽりと手にしていたビズケットをまずそうにやっつけると
それを座っていた場所に置いてビニールシートが被せられたブラフマーを見上げた。
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