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繚乱のドラグレギス
第一節<始まりの前夜> マキナ論争
 何もかもが少年時代の最後だと思うと少しこそばゆい感触がした。
 いつも香油を髪に磨りこんでくれていた召使いの老婆は去り際に一言、おめでとうございます、と言って微笑んだ。
 朝日の中、青い緻密な細工の刻まれた鞘の帯剣を腰に刺して裏庭に出ようと廊下を走る。
 階段を下りた曲がり角で軽装のラエトリトが待ち構えていた。

「おはよう、ラエトリト」

「元気がある事は良い事では御座いますが、落ち着きが無い男というものはいささかガキっぽく見えますよ、王子」

 朝っぱらから下手な敬語での嫌味とウインクをくれてラエトリトは腰に刺した剣の柄を二度叩いた。
 手合わせしようという合図だ。
 ラエトリトの剣の稽古は大抵他の勉強も一緒になっていた。
 どういうわけか、ラエトリトというこの男、出来る事を一度に全部同時進行させたがる。
 彼でなければタスクオーバーになってしまいそうな事もそつなくこなし、要領の良さには目を見張るものがある。
 どこか堅物で無駄を嫌う性格でもあるが、アギは性格よりも
 風呂に入りながら食事をしながら廊下を歩きながら書物や書類を読んでいるラエトリトの行動の方が疑わしかった。
 アギは同時進行、並行作業というものが出来ない性分なのである。
 よく言って一生懸命、悪く言って不器用だった。
 だから問いかけをしながらのラエトリトの剣の稽古が正直苦手だった。
 だが、それも今日で最後かもしれない。少なくとも少年時代では最後だ。
 名残惜しい気持ちがあったアギは快諾して二人は裏庭に出た。
 毛の短い草の絨毯に果実の木。
 資材搬入の為の道が横を通っているがこの時間にはまだ牛車も竜も行き来していない。
 静かでさわやかな朝の空気の中、距離を取って向かい合う。
 アギは剣を抜いて正面に構えた。その刃は真剣で、両刃に青い水晶の加工が施されている。
 魔道の紋が描かれたそれは軽量で錆びにくく、宮殿の魔術師たちがアギが誕生するときに作ってくれたものだった。
 テルティウでは子供が生まれた時、男児ならば剣、女児ならば首飾りを作る習慣がある。
 大抵は実家に眠る代物なのだが、アギのそれはハイレベルな特注品で値段のつけられない事もあり、気に入っていて肌身はなさず腰に刺していた。
 また、身分の高さ相まって身につけている装飾品も黄金や竜の鱗やらと貴重なものが多く、歩くたびにしゃらん、しゃらんと軽やかな音がした。

「さて、ではひとつ設問をしながらといこうか」

 やっぱりな。
 アギはそう思いながらも嫌な顔はしなかった。
 ラエトリトは突進しながら問う。

「我が国の特筆ベき文化は何だ」

「竜! 竜を飼う事が出来る!」

「60点だ!」

 そのまま剣戟の攻防に入り、アギは防戦に回ってしまった。
 確かに機械文明が進んだテラでは当然、他のコロニーでも滅多にお目にかかれない生き物だった。
 彼らは熱帯を好み、そして人間が住まう環境を嫌う。
 テルティウでは豊かなジャングルに竜が住み、人間はそこを譲って砂漠に謙虚に暮らしている形となっている。
 故に竜の恩恵を受ける事も出来、時折第一コロニープリーム、第二コロニーセカンドゥの国政のお偉方が視察に来る。
 急に躍起になって竜を欲しがり始めたのにも込み入った事情があったのをラエトリトは知っていたがあえてアギには伏せていた。

「お前の言うとおり、竜は貴重だ。だが我らは竜を飼っているわけではない。共存しているんだ。
 どちらが上でも下でも無い。テルティウの王子たるもの、竜の恩恵を忘れるなよ!」

 やはり単純一途なアギに剣を交わしながら答えるということは難しいようだった。
 ラエトリトは攻撃の手をあえて弱めながらさらに言った。
 それは問いというよりも世間話の様なニュアンスだった。

「何故竜が貴重か、お前は知っているか?」

「他のコロニーではほとんど絶滅しちまってるからだろ」

 その返答にラエトリトは安心し、そしてアギにはこれからまだまだたくさん教えなくてはならない事があり先が思いやられた。
 彼には残酷な現実というものがまだ薄らぼんやりとしか見えていないのだ。
 大人には一定の悪さが必要である。
 法を司る一端となれば見ず知らずの罪人に同情の余地なく裁きを下す事が正義となり、アギの優しさというものは過ぎれば枷にしかならない。

「一応正解にしておいてやろう。まだまだ複雑な事情という奴があるのだが――な!」

 気合いと共にラエトリトがアギの剣に己のそれを叩きつけた。
 だが、ラエトリトの予想と反してアギはその力をうまく受け流し身体を翻す。
 すらん、と剣同士がこすれ合う音の末、アギは距離をとった。

「複雑な事情?」

 その言葉にアギは引っ掛かり稽古をひきあげたいようだった。
 応じてラエトリトも剣を足元に預ける。
 あまり大きな声でしたい話ではないらしく、彼はアギの横に立ち宮殿の頂上、そのさらに遠く空の彼方に白い影を残す第一コロニープリームを指した。

「つい先日、プリームがテラに宣戦布告した」

「宣戦布告!?」

「しっ、声が大きい。刑罰を食らうのは俺なんだから考えろ」

「すまない……しかし、宣戦布告とは穏やかじゃないな」

「人ごとで済みそうにないんで一応、お前の耳にも入れておいた方がいいと思ってな。
 マキナ論争が激化し始めたらしい」

 マキナとは、テラがその科学技術で開発した鎧だ。
 地上走行は当然、飛行や水中活動、ものによってはコロニーの膜であるオゾンフィルターの外も活動が出来るらしい。
 そんなものを作ることのできるテラニーズの科学という力は確かに強大だったが、代償として大地を疲弊させ天変地異のトリガーを弾いた。
 さらにマキナは本当に有能で危険な兵器だった。
 モルガニーズはマキナを恐れ、兵器としての使用を禁止するように強く求めたがそれを簡単に飲み込むテラではない。
 そしてモルガニーズがとった手段というのが、独自のマキナの開発だった。
 からくりと魔術を用いて作られたモルガニーズのマキナは魔道の機械――マギカマキナとなったが、今度マギカマキナはマキナの性能を凌駕した。

「テラは今度、マギカマキナの兵器としての性能を指摘する事になった。
 ここから先は水掛け論だ。公にはなっていないが、第一コロニープリームのマギカマキナとテラのジェネラルマキナ隊が小競り合いを起こしたって話もある」

 マギカマキナ一体と、ジェネラルマキナ数十体の戦闘、結果はマギカマキナの圧勝だった。
 それだけマギカマキナの性能というものは常軌を逸したものだった。

「ともかく、今テラとモルガナの関係は緊張状態にある。
 マギカマキナを軍人の数だけ作るとなると現実的ではないが、竜なら空も飛べる。
 プリームやセカンドゥは騎竜隊の導入を考えているのかもしれない。
 アギ、時代はこのまま緩やかには流れん。激動の時代という奴が目の前に横たわっている。
 お前はその中で王として生きるべき男だ。心してくれ」

 大真面目な話で纏めてラエトリトは剣を収めた。

「どうした、そんな顔して」

 アギが眉間にしわを寄せながら非難でもしたいような顔つきで見ているのに気がついてラエトリトは軽く腕を回す運動をしながら笑顔を作った。
 ふてくされた子供の表情をするアギは弟の様な存在であり、主君だ。
 どこかでそんな顔をされるのと申し訳ない気がしてラエトリトは頭をかく。

「すまんすまん。格好つけていい話をするつもりで、別に脅かすつもりじゃなかったんだ。
 なに、難しい事は俺に任せろ。お前は竜に乗って真っ直ぐ進めばいい」

 何より、それ以外の事がアギに出来るのかと思うと、ラエトリトの頭には浮かばなかった。
 ぱっと明るい表情になってアギは深く頷く。
 本当に、アギという男は一本筋で不器用で、王の器には少し危うげで、しかし期待させる不思議な魅力を持った少年だった。



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あきゅろす。
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