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繚乱のドラグレギス
第四節<白銀竜の鎧> 俺は正義の味方じゃねぇ
「……なんですか、これ……!」

 モアはむせかえりそうな生臭い中、むしろくんくんと周囲の匂いを嗅ぐようにした。
 席の影に身を隠していたリカオンも立ち上がり、血だまりの中に倒れていた警備員をつま先で小突いた。
 一切反応がなく、またそんな死体がこの車両にはいくつも転がっていた。

「…………」

 険しい顔をしたリカオンは歩き出しながら警備員の死体からマシンガンを取り上げ辺りに気を配る。

「ヴァイパーの仕業か……?」

「いや、違う。血が乾き始めてる。数十分は前にやられたみたいだ。
 どてっぱらぶち抜かれてるな」

「……ひどい」

「っは、笑わせんなよ。これが戦場ってもんだ。お得意の経でも上げたらどうだ、坊主」

「今は悠長にしていられないかと」

 リカオンの嫌味にまともに答えたモア。
 確かにな、とリカオンも鼻で笑ってた。
 次の車両も同じように警備員の死体が転がっており、血の乾き具合からしてついさっき何者かがここを通りぬけた後のようだった。

「……聞いていた話と違うな。メッセンジャーとここで落ち合うはずだったんだが……」

「メッセンジャー……」

 思わずモアが復唱した。
 そうだ、メッセンジャーなる人物がこの惨状の犯人だろう。

「まるで化け物でも通ったような有様だな。
 どいつもこいつも、一突きにされてる……プロの警備員が揃いも揃ってこの有様ってのは……どういうことだ」

「あの、リカオンさん……何度もすみません、メッセンジャーという方は信頼に足る人物なのですか?」

「敵の敵は味方だ。結果的に俺達は危険な橋を渡ってないだろう。少なくとも敵じゃない事だけは確かだ」

「……結果的に……ですか」

 何か納得いかないのかモアは血だまりから目をそらすように歩き、しかし堪えられなくなったのかアギの袖口をぐっと掴んだ。
 ごめんなさい、と小さく言ったモアは脅えているよいうよりも怒っているようでアギは拒否も慰めもできなかった。
 二両目を抜け、とうとう三両目に至ったとき、中から何か物音が響く。

「ッ! 銃声だ!」

 マシンガンの音が聞こえて、重なるように男の悲鳴が上がった。
 今まさに、通り過ぎた虐殺がこの箱の中で行われているのだ。
 さすがにリカオンも躊躇ってドアノブに手をかけかねる。

「ダメ!」

 モアがそう叫ぶと同時に、リカオンの指先が触れただけの扉が派手に開いた。

「ぎいぃやああああああッ!!」

 断末魔が車両の奥から響いたと思うと急に周囲が明るくなった。
 トンネルを抜けたのだ。
 空は青く、まだ地平の遠い辺境の荒野が広がっている。
 広大な風景より、アギ達は目の前の光景に言葉を失っていた。

「が、があぁ……ッ」

 警備服の男の体はかかとが浮いており、喉もとから真っ赤なものを垂れ流している。
 そしてその腹からは指先のようなものが突き出ていた。
 大の男の腹を指先だけで貫き持ち上げるなんて、なんて化け物なんだ!
 指先は男の腹の中に走る管をもてあそぶようにぬらぬらと蠢く。
 リカオンが震えを取り払うように吠えた。

「メッセンジャー!!」

 すると、それに答えるように警備服の男の体はどさりと落ちた。
 だが、赤い軌道を描いて倒れた男の後ろには、車両の先のドアが口を閉ざしたまま微動だにした様子もなかった。

「……うそだろ」

 警備員の後ろに何者かがいたはずだ。
 それが煙のように、いや、煙も残さず消えていた。
 ごとごとと車両が揺れる音だけが連続する中でモアが押し殺せずに両手をぐっと組みながら絞り出すように言う。

「許せない……!」

 そして倒れた警備員に駆け寄りその体を抱き起こす。
 がぼがぼと口から血の泡を吐く男の手を握り、モアは内臓がはみ出て垂れ下がったその腹に手を当てる。

「おい、そんな傷半分でも体に移すのか?! この列車はあと30分は止まらない、お前の治療なんて出来ないんだぞ!」

「でも、私にはこれしか出来ないんで――んっ!」

 ぐっとモアの髪を握り警備員が悶え苦しみ体をよじる。
 ぶちぶちとモアの髪が引きちぎられ彼女の顔に警備員の指がめり込みぎしぎしと爪を立てていた。

「モア!」

 アギが駆け寄ったときには警備員は声なき断末魔を上げて息絶え、モアの顔と髪からもその手は落ちていた。
 男の指にモアの緑に光沢した髪が握られ、彼女の頬にも爪痕が刻まれている。
 壮絶な様を見てアギはまたしてもモアにそれ以上声をかけるのをためらった。
 さぞ恐ろしい目にあっただろうと彼女は冷静に警備員の体を床に静かに下ろして立ち上がる。
 やはり彼女は恐れよりも怒りを感じていたのだろう。
 呆然とするリカオンの肩を揺すって悔しそうに顔を歪めた。

「こんな事をする人の仲間になるつもりですか!
 こんな人の命を弄ぶような人の仲間になるつもりですか!」

 はっとしながらリカオンはモアの手を払いのける。
 そして液晶端末を操作してアギを見やると低く唸った。

「お宝は次の車両だ。行くぞ」

「リカオン……」

「俺は正義の味方じゃねぇ。いちいち死体に同情している暇なんてねぇんだよ」

 がつん、と足音を鳴らして次の車両に向かってしまったリカオン。
 モアも黙ってそれについていった。


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