唐紅に
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 成績ばかりが偏重されると思っていた明芳だけど、実は家柄とか顔立ちとかも重要視される。と、トールちゃんは言った。
 金持ちならではの『お家の事情』や、華のない環境に少しでも潤いを求めた結果、美形と金持ちにはファンや取り巻きが存在するようになったらしい。

 乱暴な纏め方になるけど、生徒には明確に階級の差があって、所謂『上流階級』な奴に目を掛けて貰おうと躍起になっているのが、大半の『中流』以下の生徒たち。

 娯楽も乏しく、下界(学園外の事を明芳生はそう呼ぶそうな。嵌り過ぎて笑えない)とも隔離されている。その上、伝統的に成績や家柄で格付けされるとなれば、家の体面や自分のプライドの為、ストレスを溜め込んでしまう人も少なくないらしい。


「だいたいオトシゴロのセーショーネン、ならではの事情もあるからねぇ」


 苦笑気味に言うトールちゃんの気持ちは解った。まぁ、ね。あんまり困ったことないけど、そこはホラ、俺も男の子ですから。


「カポーな人もちゃんといるんだけど、ヤりたいだけって人もいるんだよー」

「ストレスと性欲を同時に発散しちまえって考える奴は結構いるよな」


 加瀬が言うと、そんな発言すら爽やかに聞こえるから恐ろしい。



 ふと、西尾先輩が連れていた白目君を思い出した。


「なあ。あの……さっき西尾先輩が引き摺ってた人って…」


 レイパー、と言われていた彼の正体は、ひょっとしてレイピスト…?

 恐る恐るの質問に返って来たのは、あっけらかんとした肯定だった。


「あり? あの人、ゴーカン魔だったのお?」

「うっわー。もう遭遇したのかよ。大丈夫だったか?」

「や、俺が見た時にはもう気絶してたんだけど…」



 レイパーという呼び方は、謂わば隠語のようなものらしい。一応、加害者の人権を慮っているのだと説明されたけど、効果があるのかどうかは謎だ。
 しかしこれで、西尾先輩があの人を手荒に扱っていた理由が解った気がした。無理矢理は駄目でしょ。無理矢理は。


「まーねぇ、女の人の代わりにしてる場合が多いからぁ、華奢なタイプとか、女顔のタイプが一番狙われ易いんだけどー…」

「あぁ。コタはちょっと不味いだろーな」


 暗に男らしくないと言われている気がするんだけど、相手が相手だから上手い反論も浮かばなかった。くそう男前どもめ。


「不細工じゃなくて後ろ盾がなくて、お手付きじゃない。そういう奴は良くも悪くも目を付けられ易いんだ」



「……それは俺も当て嵌って、た、り?」


 恐る恐る問うと、揃って首を縦に振られた。


「コタ、噂と違ってブサイクじゃなかったもん。だから、ちょおっと、かなり、とーっても、心配」


 危険って。

 危ないって。

 貞操の危機って事ですか。



 何てアダルティな。と目を剥いたのは仕方ないと思う。他人の性癖は静観すると決めたばかりだけど、自分に直接関係するとは思ってなかったのだ。けど唸る俺に構わずトールちゃんは続けた。


「切羽詰まったお猿さんに、掘られないよーに。ね?」

「万が一迫られたとして、お断りする権利は…?」

「力尽くで拒否ることになるかもなぁ」

「えええ……」


 脱力してテーブルに張り付く。天板に広がった髪をトールちゃんが指先で梳いた。


「独りにならなきゃだいじょーぶ!」

「そうそう。見境ないのは一握りだって」


 二人の励ましに顔を上げる。髪を遊んでいた指が輪郭をなぞり、頬をぐにぐにと揉まれる。
 加瀬も手を伸ばしてワシワシと髪を掻き混ぜた。……何だか小さい子供として扱われているような気がしたけど、振り払う気にはならなかった。


「あと、聞いたかもしんないけど。無駄に顔の良い奴には近寄るなよ」


 掻き混ぜる手を止めないまま、加瀬はちょっと皮肉げに笑った。


「周りのやっかみが、ちょいな。ウザいんだ」

「……はぁ」

「オレゆったでしょ? 明芳の大多数は、家柄と見た目で判断されんの」

「生徒同士だと、格付けの最優先は顔?」

「そー。お家も成績も大事だけどねん。何よりも見た目重視、かなぁ?」


 ロビーで西尾先輩やセンセが騒がれていた訳だ。



 上がる歓声

 向けられる好奇心と、謗り(ソシリ)

 割れる、人垣



 あの状況がまざまざと脳裏に蘇って、少し息苦しくなる。
 寮長が言ったみたいに、珍しい組み合わせだからというのもあったのだろうけど、格好良いあの人たちは、この学園でモテるのだ。

 同性にモテるっていうのもどうだろうと思ったけど、それはまた別の話で、ええと格好良い人の傍にいると、ああいう目に遭うって事か。


「それは厭だ。困る」


 俺の精神衛生上、大変に宜しくない。
 実感の湧かない『独りでいる危険』よりも、俺にとっては視線に晒される方が、何倍も恐ろしいと思った。


「コタが困るの? どーして?」


 言ってないんだから解るはずがない。
 なのにトールちゃんは心底「不思議です」と言わんばかりに、コトリと首を傾けた。

 前髪が、合わせて揺れる。


「あ、」


 目に入った煌々(キラキラ)しい金色に、思わず声が出ていた。


 

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