唐紅に
意外性がウリなんです
絨毯敷きの無駄に広い廊下は、穏やかな春の日差しで満ちていた。
「あの、りっちゃん」
足音のしない静謐な空間に光の粒子が踊っている様は、とても幻想的で浸っていたかったのだけど、これだけは聞いておきたくて理一さんを呼んだ。
「どうかした?」
俺の手を引いて、半歩先を歩いていた彼はすぐに立ち止まる。
「あのさ、りっちゃんが寮まで連れてってくれんの?」
他の人たちは寮長が案内するとか言っていたのに。
俺だけ学園長に付き添われて寮まで行くのかと心配だった。手も離してくれないし、このまま歩くのは、ちょっとどころでなく恥ずかしい。
「ああ大丈夫」
俺の性格をよく知っている理一さんはクスクスと笑った。
「ロビーに案内が来てるから」
手は繋がれたままだけど、その返事にほっとした。
ただでさえ珍しいらしい外部生が、学園長をお供に入寮したら余計に目立ってしまう。俺はそれが嫌だった。
「紅太は、さ。まだ目立つの嫌いかな」
歩き出した理一さんが小さな声で訊いた。
「え? ……あぁ、うん。嫌いっつーか苦手」
自慢話のようになってしまうのだけど、俺には昔から凄い友人が多かった。
勉強という意味でなく頭が良かったり、めちゃくちゃ運動神経が良かったり、やたら喧嘩が強かったり。周りから一目も二目も置かれる彼らの影響か、然したる取り得のない俺まで、いつの間にか名前を知られている事があった。
「人前に出るのも好きじゃないし、地味に生きてるつもりなんだけどなぁ。俺、悪目立ちするみたいだから」
凄い友人達に囲まれていたから、極々普通な俺が逆に目立ってしまうのだと思う。
引き立て役でしかないのは良く解ってるんだけど、自分に自信が持てないから、人の目は苦手だ。
「この学校じゃ外部生は珍獣みたいだけど、それ以上の“特別”は要らないかな」
地味なりに仲の良い友達が数人いて、それなりに毎日を楽しく穏やかに過ごせたら。
それが本望だと告げると、理一さんは眉尻を下げた。
「そっか……。ねえ、俺は紅太の“特別”じゃない?」
「え、や、そういう意味じゃなくて」
理一さんは俺の大事な叔父だ。家族にも近しい存在は特別に決まっている。だけど悲しそうに見つめる理一さんは、俺の言葉を違うように解釈したらしい。慌てて首を振ると、あからさまに安心されてしまった。
「これは俺の部屋の鍵。俺がいなくても入って構わないから、いつでもおいで。慣れないうちは寮生活も大変だろうしね。寂しくて泣いちゃう前に来るんだよ」
背広の内ポケットから出した薄い──カード? を渡される。
「泣くって、俺もう子供じゃないんだけど。……でも、うん。ありがと」
僕も紅太の家族だから。理一さんがそう言ってくれるのが嬉しくて、目許が緩んだ。もしホームシックになったら会いに行こう。
くしゃりと俺の髪を掻き混ぜて、理一さんは目線を合わせた。
「明芳はクセの強い生徒が多いから最初は驚くと思うけど、悪い子たちじゃないから。紅太ならきっと、うまくやっていけるよ」
少し屈んだ姿勢から、理一さんの顔が近くなる。
ちゅ、と軽い音を立てて口付けが落とされた。唇に次いで額にも。
「なっ!」
りっちゃん何してんの!?
不埒な行いを突っ込みたいのに、パクパクと口を開閉させるだけで声が出せなかった。
あんまりだ。
「これは、入学祝いと、頑張れるように、おまじない」
本日やたらとスキンシップ過剰な叔父は、にっこりと、それはもう艶やかな笑顔を見せた。
「紅太は、俺の“特別”だからね」
特別って、どういう特別ですか…!
俺はもう真っ赤になって、口と額を押さえるのが精一杯だった。階段の踊り場で何てことするんだ。
誰にも見られていなかったか焦って周りを見渡した俺は──こちらを見上げた男とバッチリ目が合って、一気に血の気が引くのを感じた。
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