唐紅に
4


 頭を撫でる手を外すべきか放置すべきか。悩む俺の眼前に、金髪がピョコと現れた。


「はいはーい! ハルシキ君にしっつもん! ねねね、きょんちゃんと仲いーの!?」

「うおっ」


 驚いて仰け反る。それを「あは、いい反応するねぇ」と笑った金髪さんは、外見にそぐわない実にゆるゆるな口調だった。
 長身を折り畳んで足下にしゃがみ、こちらを見上げてくる。


「……何でしょう」


 じっと見つめる金髪さんに目を合わせると、彼は若干下がり気味の目許を更に緩めた。

 整った顔立ちが一層甘くなって、それを左目尻の泣き黒子が強調する。この人も所謂美男子の部類だ。次から次へと……ちょっとムカつく。決してやっかみとかではなく。


「きょんちゃんが誰かとくっついてんのって、オレ初めて見たよお。ね、仲良しさん?」


 俺と、俺の腰に巻きついたセンセの腕を交互に指しながら、金髪さんは小首を傾げた。男でこういう仕草に違和感を感じさせないって、凄いなこの人。


「いや、別に、仲良しって訳じゃ…」

「うっそだぁ。ぺたぺたしてるじゃーん!」

「おいこら斗織(トオル)、お前は挨拶くらいしろ」


 子供みたいな口調で話す金髪を、センセが足蹴にした。金髪は痛がる素振りもなく「そっかあ」と言った。


「そだよね、オレのこと知らないよねぇ。オレ斗織。佐々木斗織っつーの。ヨロシクねん」


 金髪──佐々木さんは、にぱ、と笑顔を見せた。


「ん…? 佐々木?」

「そー。あ、でもオレの事はトールちゃんって呼んで」

「……佐々木?」

「ちがーう。それじゃきょんちゃんと混ざるから! オレはトールちゃん!」


 よくある苗字だし違うよなぁと思いつつセンセと金髪さんを交互に見る俺に、金髪の佐々木さん(背も高いしきっと上級生だと思う)は同じ台詞を繰り返す。


「いや、あの」

「コータ。トールと佐々木は従兄弟なんだよ。紛らわしいから、トールって呼んどけ」


 いまいち噛み合わない会話に梃子摺っていると、西尾先輩から注釈が入った。

 寮長と話していた先輩は、先程の飴をガリガリ噛み砕く。
 飴は噛んじゃう派みたいだけど、そんなに何本も噛んだら虫歯になるぞ、先輩。


「って、あぁ、従兄弟」


 全く似てないけれど兄弟かもしれないと想像していた俺は、西尾先輩の言葉に納得した。

 顔も雰囲気も全然共通点が見当たらないのだけど、態度から近しい間柄なのは判る。従兄弟という関係は、この二人にしっくりと納まった。


「そー。ビックリでしょー?」

「国語教諭の従兄弟がこんな馬鹿な喋り方をするガキというのは甚だ不本意だけどな」


 “トールちゃん”は満面の笑みで、センセは不愉快そうに肯定した。


「え!?  センセってば国語のセンセなの!?」

「驚くトコ違ぇよ!」


 俺の叫びに西尾先輩が素早く突っ込んだ。

 いやいやセンセが国語教諭って方がビックリでしょ…!


「俺てっきり歴史の担当だと思ってた! だって父さヲっ」


 父さんのファンだって言ってたじゃん! という言葉は途中で強制的に封じられた。
 センセが大きな掌を口に押し付けるようにして俺の下顎を鷲掴みにしたのだ。


「そういや紅太に言ってなかったな。俺は現国の担当だ。わ、か、っ、た、か?」


 一字ずつ区切ってセンセは口の端を吊り上げた。

 笑顔が黒い、笑顔が怖い!

「言うなよ、言ったらバラすぞあ゛ぁ?」と素晴らしい副音声が聴こえる悪魔の笑顔に逆らえる訳もなく、俺は物凄い勢いで首を縦に振った。
 押さえられた顎が地味に痛い。

 俺の反応に満足したらしいセンセは、口から手を離すとそのまま肩に回して俺を抱え込み寮長を振り返った。西尾先輩が「佐々木てめッ」と目を尖らせたがセンセは無視。


「小坪、手続きは中か?」


 顎でカウンタの奥にある扉を示す。

 いかん、佐々木一族のペースに惑わされてた。

 俺はどうして自分がロビーに居たのかを思い出し、慌てて寮長に謝った。


「いーよ面白いモン見れたし。春色君やるねえ。焦るサッサなんて中々見れない」


 にやりと笑った寮長に、センセは片眉を跳ね上げた。


 

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