唐紅に
3
モーゼな彼らは一言二言発するだけで、不平を洩らす外野をいとも簡単に退散させた。
鬱陶しい視線から解放されて呼吸が楽になる。思っていた以上に、ギャラリーの目はきつかったんだと自覚して、苦笑が洩れた。
俺は場を仕切る彼らの影響力に感心して、後ろ姿を見るともなしに眺めていた。
「あれくらい俺にも出来る」
俺の腰を引き寄せたセンセがぼそりと言う。……何の言い訳ですか。
「あっれー? 何なにその子きょんちゃんのお気に入り?」
奥に捌けて行く生徒たちを見送っていた金髪が、俺たちの方に振り返りざま目を見開いた。
この体勢が金髪さんを驚かせているのだと解った俺は、ぐいっと力を入れてセンセを押し遣る。離れるどころか、それ以上の力で俺を抱きかかえたセンセに、今度は黒髪さんが溜息を洩らした。
「サッサ、あんた何やってんの」
「何って。お前が寮長だって紅太に教えてただけだ」
初耳だ。
でもこの黒髪さんが待ってた寮長だったと知った俺は、センセの手をどうにか外して黒髪さんに挨拶した。
「春色紅太です、お世話になります。あと、手間をお掛けしてすみません」
新入生が纏めて入寮手続きをしていたなら、彼の仕事は一度で済んだのだ。
理一さんは初めから、説明会のあとで俺を残す気だったらしいけど。
余計な仕事を増やしてごめんなさい。でも欲を言えば、もうちょっと早く登場して欲しかったです。
そんな気持ちを込めて頭を下げると、寮長さんはクシャクシャと俺の髪を掻き混ぜた。
「こっちこそ待たせて悪かった。遠くから来て疲れただろ。……ああそうだ、俺は寮長の小坪。寮内で何か困った事があったら俺に相談してくれな。あと俺も外部生だし、わかんない事あれば気軽に聞いてくれると嬉しい。少しは力になれっから」
「……! はいっ」
寮長いい人…!
「頼れる兄貴!」って感じの小坪先輩の言葉に、俺は嬉しくなって大きく頷いた。こんな先輩が寮長を務めているのなら、寮生活も大丈夫かもしれない。
学園の住人はすべて濃い性格なのかと一抹の不安を感じていたので、漸く出会った“まともな人”にひどく安心した。
「あー……紅太、騙されるなよ。愛想良く笑っているが、小坪はかなり性格悪いぞ」
へらりと頬を緩めた俺にセンセが身を屈めて耳打ちした。
横目で確認出来たセンセの表情は、苦虫を噛み潰したみたいなそれ。
「え? どこが?」
良いお兄さんじゃん。
固そうな黒髪を無造作に散らした髪型も、ややきついが笑うと糸目になる目許も、寮長さんの気取らない人柄を表しているように思う。しかも笑うと八重歯が覗いて可愛くなるのだ。
笑うと八重歯の見える人は俺の知り合いにも一人いる。
見た目や口調は違うんだけど、寮長はその人と雰囲気が似てて悪い人には見えなかった。
第一さっきの面倒見の良さそうな台詞といい、素敵な先輩なんじゃないだろうか。
「……追々わかる」
首を傾げた俺にセンセはそれだけを言って、柔らかく髪を撫でた。
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