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お前になら。





「あー、めっちゃ頭いてえ!」


4限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、教壇に立っていた数学教師が姿を消す。
それと同時に和緋が机に突っ伏すように崩れた。

よほど頭を酷使したのか、同様に項垂れる生徒たちが視界の端に映る。


「うるさいぞ峰岸!今覚えた公式が飛んでいくだろうが馬鹿者!」

「なに抜け駆けしてんだよ吉原ー!忘れろ〜忘れちまえ〜」

「ぐわあああ」


和緋は頭を抱えながら唸る悠の周りをグルグル回り出した。
二人とも大嫌いな数学の後でテンションがおかしいことになっているらしい。

いや、おかしいのは割りといつもだが。

ふと連夜を見ると難しい表情を浮かべて教科書を睨みつけていた。
和緋たちほどではないと思うが、分からない所があったのだろうか。


「…今日は購買で買ってくるか」


俺がそう言って立ち上がると、和緋が不思議そうに首を傾げた。


「めっずらしーな楓、どした?」

「ここなら食いながら勉強できるだろ、俺が買ってくるから欲しいもん言えよ」

「げーまじかよ」

「まだ勉強させるつもりか楓…」


和緋たちからの不満は無視しつつ、二人の欲しいものを頭に入れる。
ちなみに悠の大食いは多少自重してもらった。


「行くぞ、連夜」

「へっ?」

「荷物持ち」


黙ったままの連夜に声を掛けると、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような間抜け面を浮かべてようやく顔を上げた。
そんな表情しても美形だな、と思いながらも腕を取って連夜を連れ出す。
















「どうしたの、楓」

「何がだ?」

「珍しく強引だね」


教室から出てすぐに苦笑いを浮かべて俺を見た。


「そうか?」

「そうだよ」


よく言う。
それこそ、珍しく俺の顔をマトモに見ないくせに。

やはりパーティーの時に的場と消えた辺りから様子がおかしい。
何か思い詰めているのか、いつもの穏やかな顔が強張っている。

戻ってくる時は的場ではなく日比野と一緒だったし…


「連夜。お前、的場と何かあったのか」


単刀直入に聞いてみるが、その時の顔を見て失敗だと悟った。


「え?的場と?何もないけど…何で?」

「……」


有無を言わせない笑顔。
不自然なくらいにニッコリと笑われては逆に聞きにくい。
人の事を言えないが、こいつも相当の頑固だったな。


「いや…何でもない」


別の視点から探りを入れる方が良さそうだ。



















【購買】




「――っ楓ちゃん!克海くん!!」


人の捌けてきた購買で頼まれたものを選んでいると、背後から聞き覚えのある声が俺たちを呼んだ。

普段はあまり聞いたことのない切羽詰まった叫び声だ。


「ど、どうしたの雅…そんなに息を切らして」

「はあっ…それ、どころじゃ…っないですよ!」


朝から生徒会の仕事でいなかった颯斗が肩で息をしながら一枚の紙を俺たちの前に拡げて見せた。

上部に大きな写真が複数載っている、いわゆる校内新聞のようなものだ。


「「…は?」」




『密着!隠れて愛を深め合う男たち!』



一番目立つ見出しの横には5枚の写真が貼られている。
その内の2枚に、俺は覚えがあった。


「ねえ、まさかこれ…有間と、楓だよね…?もう一枚は…理事長と楓?」

「……」


声を震わせる連夜が何も答えない俺にゆっくりと視線を向ける。

一体自分はどんな顔をしているのか。

横から連夜の圧力を感じるが、俺はその写真から目が離せなかった。



妙な連中から逃げた時に偶然、有間と居合わせた資料室での写真。

昨日の歓迎パーティーで藤と会っていた時の写真。

そのどちらもが、まるで恋人と逢い引きでもしているかのようなタイミングとアングルで撮られている。


「どう見ても有間に押し倒されてるよね?…こっちは理事長とキスしてるように見える…けど?」


(…やられた)

あの時、人の気配は無かったはずだ…恐らくは隠しカメラ。
覗き見られていたのか。

実際はどうか分からないが、他の写真も別の生徒たちが逢い引きしているように撮られている。


「…颯斗。この新聞はどうしたんだ」

「実は、生徒会宛に送られてきたんです…」

「周りの奴らが騒がないってことはまだ生徒会にしか送ってねえみたいだな」


ピントが合っていないとはいえ、当人たちや親しい奴には感付かれるほどには鮮明に写っていやがる。

暇な奴等め。
思わず舌打ちをすると、連夜の目付きが鋭くなった。

まずい。


「楓」

「…連夜、一応言っておくがこれは間違いだ」

「間違い?これが?…雅これお願い」

「えっ?か、克海くん!?あのこれ、ちょっ…」


購買で買ったものを颯斗に押し付け、俺が何か言うよりも早く手首を掴まれた。
そのまま後ろで叫ぶ颯斗を置き去りにして足早に歩き出す。

やべえ、かなりキレてるなこれ。
こういうのに注意しろと言われておきながらこの様だ、怒るのも無理はないが。














「で?何が間違いだって?オレが納得できるとは思えないけど弁明なら聞くよ楓」


人気のない空き部屋に連れ込まれ、出口を塞ぐように連夜が立つ。
その顔は笑っているが、目が笑っていない。

一先ずここは起こった時のことを正直に言った方が良さそうだ。


「…有間は追われてた俺を演技で助けてくれたんだよ。会ったのも偶然だしな」

「追われてた?」


爪が食い込む勢いで掴まれていた肩が解放され、ようやく力が抜ける。


「科学室の前にいた妙な連中を覗いていたらもう一人の仲間にバレて逃げたんだ」

「またそんな危ないことして!…ったく、大体想像できたよ。それで有間に助けてもらった訳ね……本当に演技かどうか知らないけど」


額に手をあてて呆れたように息を吐く。
最後の方は何て言ったのか聞き取れなかったが、納得はしてくれたらしい。


「それで?」


全然納得してないようだ。
むしろ有間の時よりも不満そうな顔をしている。


「理事長とキスしてるのも演技?だとしたら二人とも最優秀賞モノだね、恋人みたいだよ?こんな隠し撮りでも分かるくらいに熱烈だもんね?これ舌入ってるでしょ?どれくらいの間キスしてたの?気持ち良かった?楓」

「お、落ち着け連夜」


ノンブレスで捲し立てる連夜の口をやんわりと止めるが、逆効果かもしれない。

今度は両手首を力強く掴まれ、同時に壁へ押し付けられた。
ゴツッと音を立てて後頭部をぶつけたが、抗議できる空気じゃない。


「オレは落ち着いてるさ、楓。ねえ早くどういう経緯で理事長とあんなことしていたのか教えてよ」

「それは…」

「…何?」


初めて会った時と似た鋭い目つき。

目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
まさにそれを体現しているのかと思うくらいに誤魔化しや嘘を許さないと訴えている。


「藤が珍しく酔っ払っただけだ。きっと女と間違えたんだろ」

「…間違えられて、楓はこの後どうしたの」

「腹に一発。そして次は無い、と言っておいた」


嘘では無い。
真っ直ぐに連夜の目を見返すと、眉間のシワが更に寄ったように見えた。

あれ、何でもっと怒るんだ?


「本当のこと、みたいだね。だけど…まだ何か理事長とはあるんだろ」

「何かって…それ以上には何もされてねえぞ」

「ふうん?よく一発だけで許したね。無理矢理だったんでしょ」


確かに無理矢理、というか不意討ちだったが…

言葉を詰まらすと連夜の顔が近づいてきた。
鼻先が触れるほど近くに。


「連夜?」


髪の色と同じ灰色の瞳をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。
目を逸らすのが勿体ないと思えるくらいに綺麗だ。




「オレが今、理事長と同じ事をしたら楓は一発で済ます?それとも…される前に殴る?」




連夜が藤と同じ事を…?

家族である藤とは何度もしているが、連夜は友達だ。
友達同士でキスはするものなのか?

以前、体育祭の時に二ノ宮にされた時は気持ちが悪かった。
一発では済まさない。

だが連夜は?
今もこうして至近距離まで迫られても嫌悪感は無い。

何故?






「いや…お前になら――嫌じゃない」


分からないまま素直にそう告げると、大きく見開いた灰色の瞳が微かに揺れていた。

あ、成る程…そういうことか。




「楓…」


顔を寄せ、唇が触れる――かと思ったが、寸前で連夜が顔をずらして俺の肩口に噛み付いた。

犬か。


「…連夜」

「楓はずるい」

「…」

はむはむと甘噛みしてくる連夜の頭を、解放された腕で包み込む。

驚いたのか、ビクッと肩が揺れたが気にしない。


「えっちょっ…楓!?」

「しっ。連夜、もっと俺にくっつけ」

「…っ」


腕から抜け出そうとする連夜の耳元で囁くと、すぐに大人しくなった。
…何かこちらに伝わるくらい体温が上がってきてるし、耳まで赤くなってるがどうしたんだこいつ。

しばらく密着したままでいると、その時はやってきた。





カシャッ



(よし、かかった)


微かに聞こえた音。
やっぱりここにも仕掛けてあったようだ。


「?今…」

「キョロキョロするなよ連夜。自然にしてろ。出るぞ」

「え?……、うん」


音に気付いた連夜が顔をそちらに向ける前に両手で挟んで止めた。
俺の言葉の意味する事を数秒だけ考えて、頷く。
流石に頭の回転が速い。

出来るだけ自然に見えるよう、頬に添えていた手を滑らせてから手を握る。


「っ…そういうの、どこで覚えてくるのさ」

「は?」

「随分、手慣れてるなって思っただけだよ」


挑戦的に笑って、何の話か分からずに首を傾げる俺の腕を引く。

まあ今はこっちに集中しよう。


「どこで待ち伏せる?」

「他の空き教室はまずい。向こう側の柱の影に隠れるぞ」

「了解」


昼休みが終わるまであと二十分。
あの隠しカメラを仕掛けた奴は俺達を撮ったカメラを必ず回収しに来る。




「流石だな、連夜」

「何が?」

「こうしてあぶり出す為に俺に迫ったんだろう?」

「……」


大した演技力だな、と褒めるが連夜から返事がない。


「連夜?」


不思議に思って空き教室に向けていた視線を背後にやると、



ガンッ


「……何してんだ」


壁に頭突きをしている連夜がいた。


「…痛い」

「当たり前だ」

「楓が悪い」

「何でだよ」


俺は時々こいつの行動が分からない。





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