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月明かりの下で。





連夜が戻ってこない。

的場を連れて会場から出て行ってから既に二十分は経っているだろう。
日比野もいないみたいだし、連夜の様子もおかしかったから少し心配だな。


「…お前らは本当によく食べるな」


和緋や悠は俺の呟きも聞こえていないらしく、さっきから飯を食うのに夢中だ。
俺がため息をついてグラスを傾けていると、紫暮が手を上げながら近寄ってきた。


「よお、楓坊」

「…随分と上機嫌だな紫暮」

「まーなー」


どう見ても酒が入っている。
学生の大勢いる会場に何で酒があるんだ、と思うがそこはもう突っ込まないでおく。

壁に寄り掛かって周りを見渡す俺の横に、紫暮が同じように並ぶ。
仲睦まじく飯を取りあう和緋たちを眺めるその横顔を一瞥して視線を戻した。

留学組も当たり前のように馴染んでいるようだ。
何日か前の殺伐とした体育祭が嘘みたいな穏やかさだが、俺的にはこの先に控えているテストからの現実逃避のようにも思える。




「──拓馬なら東側のテラスに居るぜ」

「…っ!」


紫暮がボソッと洩らした呟きにギク、と肩が揺れる。
ジト目を横に向けると、俺の心情を見透かしたように、二ヤリと口角を上げた。

うわあ、ムカつく。


「…別に、藤を探してた訳じゃない」

「ふーん?相変わらず素直じゃねえなーお前」

「うるせえ、酔っ払いめ」


言いながら酒をひったくり、近くのテーブルにあったパンを素早く紫暮の口へ突っ込むと、うぐっと呻き声を上げた。
何するんだ、とでも言いたげな目が俺を見る。

そんな姿で睨まれてもな…


「…間抜け面」


族の副総長として周りからも慕われているのに、表情や言動は子供っぽい。
意外と手先が不器用だったり、藤に怒られた時も反抗期の中学生のような捨て台詞を吐いていたのを何度も目撃している。
時々頭を撫でてくる時はちょっとムカつくけど嫌じゃない。

藤も紫暮には随分手を焼いているだが、自分の右腕であり、悪友だ。
何だかんだ言っても放っておけないんだな。

…いつか俺も二人のような切っても切れない絆を作れる友が出来るだろうか。

微笑ましい気持ちで目を細めると、不満気にパンを咀嚼していた紫暮が俺を見て動きを止めた。


「お前…」

「?どうした紫暮」


突然目を丸くした紫暮に首を傾げるが、何も言わずに俺を凝視している。
珍しく顔を赤らめる程に飲んだのかこいつ。


「ちゃんと酔いを醒ませよ、顔赤いぞ」

「…あ、ああ…そう、だな」

「じゃあちょっと藤を見てくる。お前がそんなになるならあいつも酔ってそうだしな」


もっともらしい言葉を並べると紫暮は戸惑いがちに、おう、と答えた。





















____


がやがやと賑わう会場の隅を通りながら紫暮の言ったテラスまでやって来た。
深い紺色のカーテンをめくり、取っ手を押すと、心地の良い微風が頬を撫でる。

とっくに日は落ちていたが、十分に周りが見渡せるくらいに月明かりでいっぱいだった。


「……藤?」


呼びかけに返事が無いままテラスに入って扉を閉めると、会場からの声が途切れ、この空間だけ静寂に包まれている。

今日は満月だ。

テラスに置かれた何組かのテーブルとイス。
一番奥の椅子には黒い影が座っている。
俺は小さく息をつき、その影に近づいた。


「…ったく」


月に背を向けてその人物の前に立つと、舟をこいで居眠りしている藤の顔に俺の影が重なるが、起きる気配が無い。


「おい藤。起きろ、風邪ひくぞ」


ちらり、とテーブルに目を向けると空のボトル数本とグラス。
紫暮といい、こいつもかよ。

いつもだったらもっと飲んでいても顔色一つ変えないくせに、今日は酔いやすいようだ。
肩を揺らしても起きないほど酔っぱらって居眠りをするなんてな…


でも藤の寝顔は変わらない。
子供が怖がる顔つきも、寝ている時だけは穏やかで、優しい表情だ。

無意識にそっと頬に手を滑らせ、すぐに離した。


(おいおい何してんだ俺は…)


思わず触ってしまった…誰もいないと分かっていても、キョロキョロと見渡してホッと胸を撫で下ろした。
今のは紫暮とかに見られていたら絶対にからかわれる。

自分でやっておいて恥ずかしくなり、顔に少しだけ熱が集まってきたのが分かった。











どうしたものか、と考えながら藤の寝顔を観察していると、僅かに口が動いた気がする。


「……、…」

「?…何だ藤?」


寝言だろうか?
上手く聞き取れず、身を屈めて藤の口元へ耳を近づけた。











「…み、せん……風、人さ…」



小さく、呟かれた言葉。
眉根を寄せた表情は痛々しげで、俺には悲鳴にも聞こえた。








「──…何、で…」


藤の口から出るはずの無い人の名前。

あまりに唐突で、予想もしなかった俺はその場から動けない。
ガンガン、と頭が痛み、鼓動が速くなる。


背後の月に雲がかかり、辺りが徐々に暗くなっていく様はまるで俺の心を映したように思えた。












”風人”





──藤は…父さんを知っている。







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あきゅろす。
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