人は見た目が9割らしい。
【約1時間前】
「悩むわね…」
「………おい…もう2時間だぞ…どんだけ悩んでんだよ」
ズラッと並んだスーツを前にして唸る皐月の横で、俺はソファーでぐったりとしていた。
(何で俺がこんな事をしなきゃなんねえんだよ…)
留学組が帰校する今日、食堂を使って歓迎パーティーが開かれることになった。
歓迎パーティーとは言ってもただの顔見せみたいなもので、この女はそういう事に全く関わりがない俺のコーディネートをする為に来たらしい。
場違いな格好は学園の恥とかなんとか。
面倒くせえが、そのせいで理事長の藤に迷惑がかかるのも癪だ。
「うん、やっぱ貴方にはこれかしらね!」
「…長時間悩んだ割にはシンプルだな」
「素材が良いから大丈夫よ、髪上げるわね」
白いスーツやグレーにストライプ入りのスーツを着せられたが、結局皐月はシンプルな黒いスーツを俺にあてた。
ため息をつきながらシャツに腕を通していると、後ろから皐月の手が伸び、俺の前髪を無造作に後ろへ流す。
目の前で揺れていた前髪が無くなり、視界が鮮明に広がっている。
「でーきた。ふふ…いい男ね」
「そりゃどーも」
「もーつれないわー…あら…?」
満足そうに顔を覗き込んできた皐月が不思議そうに首を傾げ、今度はまじまじと俺の瞳を凝視しだした。
「貴方…もしかしてそれ黒のカラコンかしら?」
「っ!」
今まで誰にも指摘されなかったことを言い当てられ、思わず顔を逸らした。
「ふうん…成る程ねえ」
「……ちっ」
くそ…迂闊だった…
まさか誰も初対面の女にバレるとは思わねえよ。
「ね、見せて」
「やだ」
「棗たちにバレると困るんじゃない?」
……この女狐…
恨めしげに皐月を睨みつけるが、全く応えずに微笑んでいるのを見て、俺は諦めたように息を吐いた。
多分、こいつには逆らっても無駄だ。
俯きながらぎこちない動作で黒のカラコンを外し、ゆっくりと顔を上げる。
「………すごいわ…こんな綺麗な金色、初めて見た…」
「…おめーも変わった奴だな」
「どうして隠すの?」
「………」
すぐに答えられず、顔を伏せる。
生まれつき金色だった俺の瞳。
命と引き換えに産み落としてくれた母さんと同じ瞳の色を、俺を育ててくれた義母さんは酷く嫌っていた。
「気持ちの悪い目」
「きっと人間じゃないのよ」
「悪魔みたい」
周りの人間もまるで化け物でも見るような目で俺を避け始め、極力関わろうとしなかった。
学校も必要なテストがある日だけ登校して、あとは独学だ。
(……だめだな、あまり思い出したくない)
「楓くん。"人と違う"っていうのはね、異端じゃないわ。個性なの」
「………」
「貴方のそれを冷めた目で見る人もいるかもしれない。でも、受け入れてくれる人もいる事を忘れないで」
小さい子供を諭すように肩を掴み、俺の目を真っ直ぐに見てきた。
「…別に、そこまで落ち込んじゃいねえよ。それに…」
「それに?」
瞳の事で周りから色々と言われてきたが、俺自身、嫌いじゃない。
この瞳は本当の両親から受け継いだ唯一の形見。
それを蔑まれるくらいならいっそのこと隠せばいいんだ。
「これは、俺だけが知っていれば良い」
「あら、そんな月みたいな瞳を独り占めなんて、ずるいわー」
口を尖らせる皐月に、俺は少し驚いた。
「……そんな風に言った奴はお前で4人目だ」
「ふふ…4人もいたのね」
本当に、揃いも揃って変な奴らばかりだ。
「せっかくのパーティーだし、隠さないでそのまま出てみましょうよ」
「は?……ンな事したら…」
「金色のカラコンってことにしましょ?うん、それが良いわね。はい決定!」
「あっ、おい!」
うきうきしながら手に持っていた黒のカラコンを俺から奪い取り、保存液につけた。
「さっ!仕上げましょー!」
「人の話を聞けこら!」
◇
『――みんな、よく集まったな』
マイクを持った藤が小さく微笑むと、会場中から耳を塞ぎたくなるような黄色い声が上がった。
…怖面のくせにモテるよなあ…あいつ。
『今夜は留学組の歓迎パーティーだ。彼らの到着までまだ時間がある。存分に楽しんでくれ』
それにしても視線が痛い。
グラスを傾けながら周りへ目をやると、頬を染めたチワワや体育会系の奴らと目が合った。
何だあいつら、酒でも呑んだのか?
「か、楓先輩…」
「ん?」
ふと声をかけられ、後ろを振り返ると、顔を茹で蛸のようにした柚が立っていた。
ふわふわの髪を綺麗に撫で付け、悠と少し似た茶系のスーツがよく似合っている。
「柚、似合うな。かっこいいよ」
「あっ、ありがとうございます!その…、楓先輩も…す、素敵…です…」
「そうか?まあ、ありがとな」
「………!」
ぽん、と柚の頭を撫で回すと、横から手が伸びてきた。
「……何してんだ椎名」
「柚ちゃんばっか可愛がらんと、おれもなでなでしてえな、楓さん」
「いやお前可愛くないし」
「ひどいっ」
握られた手で椎名にでこぴんをかますと、わあっと泣き真似をし始めた。
横にいる藍原は慣れているのか、そんな椎名をガン無視している。
「流石に…ガタイがでかいだけあって似合うな、藍原」
「えっ…あ、どもっす…」
一瞬、ぎょっとした顔を見せ、俺から目を逸らした。
「どした?パーティーだから緊張してんのか?」
「…ま、まあ…」
「ちゃうよ楓さん〜全ったら楓さんの豹変ぶりに戸惑っ…ぶべっ!」
「…っ黙ってろ岬いいいい!」
けらけらと笑う椎名を容赦なく殴り飛ばす藍原の顔は何故か真っ赤だ。
仲良いなこいつら。
「あのさ…本っ当に楓なの?」
「だからそうだって」
今だに渋い顔を見せる連夜が俺を覗き込んできた。
こうも疑われるなんて思わなかったな…前髪を上げただけでそんなに変わるものなのだろうか。
「かえちゃあああん!!見て見て!ウチのスーツ姿似合う!?ってうをっ!?え、かえちゃん!?かえちゃんだよね!?何そのカッコ良さ!!やばっ!勃ちそう!今のかえちゃんになら抱かれてもっ…へぶっ!!」
「耳元でうるせえんだよレタス!お前はスーツより血飛沫の方が似合ってるよ!」
「ぐふっ…か、かえちゃんがいつもより格好いいからいつもより気持ち、いい…!」
深緑色のスーツに身を包んだレタスの顔を踏み付けると、恍惚とした表情を浮かべた。
「うん。楓だね」
「あの容赦のない蹴り方は楓しかおるまい」
「流石楓ちゃんです!」
さっきまで怪訝そうな目を向けていた連夜がそう言うと、周りも納得したかのように頷いた。
分かってくれるのは嬉しいが、…
「……てめえらな…」
レタスをぐりぐりと踏みながら、俺は何だか複雑な気分になった。
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