近付くモノ。
side:和緋
「――…単刀直入に聞くけどさ、峰岸って楓のこと好きなの?」
唐突に、克海が聞いてきた。
ついさっきまで睨み合っていたのに、いきなりすぎる。
「なっ、…は!?俺はべべ、別に楓が好きな訳じゃ…」
「へえ〜…」
「………何だよその疑わしい目は。じゃあオメーはどうなんだよ!楓が好きなのかよ!」
つい苛立って強めの口調で尋ねるが、そんな俺とは裏腹に、克海はにっこりと笑った。
「当たり前でしょ?」
本気で当然のように言い放った克海に、思わず口を開けたまま固まった。
「何だかんだ言って他人を放っておけない不器用な所も、強がりでも淋しがり屋な所も…意地っ張りで頑固で短気な所も――全部、好き」
「…よ、くもまあ、そんな…こっ恥ずかしいこと言えるなおめえ…!」
聞いているこっちが恥ずかしい。
そう呟くと、克海は照れ笑いを浮かべた。
そんな表情で分かるくらいに、こいつが楓の事を大切に想っているのが伝わってくる。
そして俺はそれが気に入らない。
「つまり、さっき食堂で喧嘩売ったのは俺に嫉妬した訳か」
「………前から不思議だったんだよね。峰岸と楓は初対面のはずなのに、転校初日から名前呼びしてた。…お互いに」
初対面…確かにそうだ。
あいつが光輝の兄貴だとしても、俺は会ったことがなかったはず。
俺が普通に"光輝"と呼ぶように、あいつの事も自然と"楓"と呼んでいた。
何でだ?
「悠も雅もオレも、お互いに名前呼びになるのは出会って少し経ってからだった」
「……たまたまじゃねえの?」
「たまたまねえ…」
「男の嫉妬は格好良くねえぞ克海」
ニッと挑戦的に笑ってみせると、克海の目が僅かに細められた。
「はっきり言っちまえよ。俺が邪魔だってな」
「はは、そこまでじゃないよ」
「へえ?」
「一発ブン殴ってやりてえだけだ」
今まで穏やかだった口調と空気が一変し、刺々しい威圧感を俺にぶつけてくる。
こっちが素かよ、こいつ。
「……うまく猫かぶってたな、おめー…」
「"赤姫"ほどじゃねえよ」
「まさかお前、HELLのメンバーだったり?」
「HELLには勧誘されただけだ。蹴散らしてやったけどな」
ん?
勧誘してきたHELLを蹴散らした?
そういえば結構前にそんな話があったような…
下っ端が20人くらいで"銀髪の男"を勧誘したが、あっという間に全滅させられたんだっけか。
銀髪の…
「あー!!!もしかしてお前っ…シルバ!?」
「………やっぱ分かんのか…」
大声で指を差すと、克海はため息をついた。
何で気付かなかったんだ俺!
「うっわーこんな間近にシルバが居たとはなーおっもしれえー」
「楓は最初っから気付いてたけどな」
「まじかよ」
日比野たちが"ああ"言った意味がやっと分かった。
成る程ね、あの"銀狼のシルバ"は克海の事だった訳だ。
つー事は、楓がこいつを変えたんだな。
何だよ、ベタ惚れじゃねえか。
「よーし、んじゃ…いっちょ手合わせといこうじゃねーの、シルバさんよ」
「…喧嘩バカだな、峰岸」
そんな事を言っている割には克海も構えている。
空手の事はあんま知らねえけど、シルバはかなり強い。
噂を聞いた時、俺のチーム入れたいと思ったくらいだ。
「お前だって俺と似たようなもんだろうが」
「何のことだか」
俺たちの間にピリピリとした空気が漂う。
これだから喧嘩は好きだ。
この緊迫感がたまらない。
「あ、タイム。俺は得物を使わせてもらうわ」
「あ?オレ素手だぞ」
「お前は空手だろ?なら俺も得意なのやらせろよ」
「得意なの?」
不思議そうな表情をする克海から離れ、扉の向こうの物入れを開けると、一本のほうきを手に取った。
俺が使いたいのは棒だけだ。
ほうきの先を外し、再び克海と向き合う。
「――…剣道だ」
「…ほうきだろ」
「空気読めよ!ほうきしか無えんだよ!」
気を落ち着ける為に大きく息を吸い込んでから両手で棒を握りしめ、先の方を克海の目に向けるように中段の構えをとった。
木刀と違って扱いづらいが、仕方ねえな。
「剣道対空手、か」
「賭けはどうするよ?」
「何を賭けるんだよ」
間合いをとってお互いに出方をはかっている。
「――楓」
克海の目が見開かれ、次の瞬間には真剣な眼差しが俺を射抜く。
ふいに、止むことのなかった微かな風が一瞬止み、俺たちは同時に足を踏み出した。
「――止めろ!」
突如、俺らの間を横切る二つの影と鋭い声。
次の瞬間には、ガキンッ、という金属音が聞こえた。
俺が振り下ろしたほうきを受け止めていたのは見覚えのある黒髪と…トンファー。
「……楓…、」
「か、会長…?」
楓と背中合わせで克海の拳を止めていたのは日比野だった。
状況が飲み込めない俺と克海は身動きがとれず、怪訝そうに向かい合う人物を見遣る。
「何してんだオメーらは」
「楓…何で止めんだよ。今いい所なんだぜ?邪魔すんならお前から――…」
「………」
ほうきを持つ両手に力を込めた。
片手で俺の力に勝てる訳もなく、そのまま後ろへ押されていく。
楓の背中が日比野の背中にぶつかった瞬間、楓の目つきが恐ろしく冷たくなった。
「……調子に…乗るんじゃねえぞ和緋…」
ぞわっと背筋に冷たいものが走り、頭より先に体が楓から離れた。
(………っ…)
ついさっきまで、俺が圧していたはずなのに…一瞬で気圧された。
たった一睨みで。
「どうした。さっさと来いよ、かず―」
「アホっ!」
「い゛っ…!何すんだ日比野てめえ!」
「おめえがキレてどうすんだよ!」
ボカッと、日比野が楓の頭をぶん殴った。
楓から殺気が消え失せ、俺は静かに息を吐く。
…正直、助かった。
「えーと、とりあえず何で楓がここにいるの?…ていうか、何で二人は一緒なのかな?」
あ、口調が戻ってる。
ていうかめっちゃ笑ってるけど目が笑ってねえし!
「ちょっと忠告に。こいつは勝手にくっついて…うをっ」
「俺様がこいつと一緒だと何か悪いのかあ?」
克海の態度に気付いたのか、日比野は楓の肩を抱き寄せた。
俺たちに見せつけるように密着すると、克海の目がゆっくりと据わっていく。
「…うっとうしい」
「いて、……ほんと、可愛くねーな」
「はいはい」
楓が肩に回っている日比野の腕を抓ると、口を尖らせながら離れた。
…その自然なやり取りに、思わず眉を寄せる。
こいつら…いつも喧嘩腰の割には妙に仲が良くないか?
(…ってあれ、何でいらついてんだ俺)
「――で、話に戻るけど。お前ら、しばらく目立った動きはするな」
「目立った動き?」
俺が聞き返すと、小さく頷いた。
目立った動きって何だ?
「ああ。例えば…喧嘩とか喧嘩とか。あとは………喧嘩だ」
「喧嘩しかないよねそれ」
「はっ。つまりは大人しくしとけって事だ」
すかさず克海が口を出すと、日比野が嘲笑ってきた。
いちいちムカつく野郎だなこいつは。
俺には克海と日比野の間に火花が散っているように見える。
「楓、ちゃんと説明してくれない?」
「………………まあ詳しいことはまたいつかな」
「…今めんどくせえって思っただろ楓」
「…………」
図星か。
「…とにかく、俺たちは"見られている"んだよ」
「「……!」」
楓にそう言われてから初めて気付いた。
ジッと俺らの事を見ている複数の気配。
「こいつら…」
「分かったな?"これ"が片付くまでなるべく大人しくしていろ」
「えっ!?ちょっ…楓、まさか…」
「ちゃんと午後の授業も出ろよ。…じゃっ」
楓は克海の言葉を遮り、そそくさと屋上から退場していった。
「「………」」
残された俺と克海は同時に日比野へ視線を送ると、無言の圧力をかけた。
説明しろこの野郎。
「……知らねえよ」
「嘘つけ」
「吐かないと会長のプリン、全部トイレに流すよ?」
「おいやめろ。プリンに罪はねえだろうが」
じゃあお前を流す。
side:有間
【書庫室】
「おいおい…こりゃあ…まんま北条じゃねえかよ」
どうなってんだ、と写真を凝視しながら一人呟く。
乱雑した辺りを見渡すが、写真はこれ一枚らしい。
(随分古いな)
写真は少し色が褪せ、端が欠けている。
少なくとも10年以上は経っているだろう。
優しく微笑んでいる人物は、確かに北条に瓜二つだが、雰囲気がまるで正反対だ。
「……兄弟?」
いや…つーか北条に兄弟とかいんのか?
担任なのに家族構成すら知らねえぞ、俺。
何か事情がありそうなんだよな、あいつ…
「おー珍しいモン見つけたなー」
「うわああああ!?ちょっ…!いつから居たんだアンタ!!」
前触れもなくいきなり後ろから話しかけられ、俺は大袈裟にのけ反った。
心臓飛び出るかと思ったわ。
「ついさっき」
「………本当に、よく化けましたよね」
紫暮基久。
理事長や北条と知り合いみたいだが詳しくはよく分からない。
この学園にいた影宮健、という生徒はこの人が作った架空の人物だ。
俺はそれを理事長から聞いて、この人たちは"そういう世界"に深く関わっているんだと感じた。
そして北条も…
「仕事だからな」
「この人、知っているんですか?」
「…………」
「…紫暮さん?」
てっきり笑ってはぐらかすかと思ったが、紫暮さんは真剣な表情で写真を見ていた。
「…あんたはこの写真の人物、どう思う?」
「あー…雰囲気は違いますけど、北条にかなり似てますよね」
俺が素直な感想を言うと、彼はにやり、と得意げに笑った。
「そりゃあ――親子だしな」
「…………………え?」
今、さらっと凄いこと言わなかったか?
side:無し
「……殺り損ねたか」
「すまない」
三人掛けの大きなソファーに一人座る大男が、目の前で跪く男に向かって尋ねると、申し訳無さそうに小さく頭を下げた。
「まあいい…機会はまだある」
「…………吉原とは関係ないが、面白いモノを見つけた」
「面白いもの?」
テーブルの上に置かれたグラスを傾け、聞き返すと、男は顔を上げた。
「『北条風人』の息子だ」
大男の手から滑り落ちた透明なグラスが床で弾けて飛び散り、黄金色の酒が音もなく広がっていく。
信じられない、とでも言いたげな表情で男を凝視し、やがて笑い出した。
「……そうかそうか…あの男の…くくくく…はは、…そりゃあ面白い!」
「だが一筋縄でいかない。かなり強いぞ」
「お前にそこまで言わせるとはな…期待できそうだ」
テーブルの上で組んでいた足を降ろし、ソファーの肘掛けに寄り掛かった。
口元は不気味に弧を描いている。
「――で?そいつの名前は?」
決して穏やかとは言えない不穏な闇が近付いてきている事を、この時はまだ知らなかった。
――ただ一人を除いて。
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