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誤解は早めに解こう。



side:有間

【書庫室】



「…っ…まだ痛てえ…」


北条のやつ、ちったあ加減しろよな。

なんて事をぶつぶつと文句を垂れながら俺はまた書庫室を漁っていた。






「有間…」




「――っ」


ふと、あの時の北条が浮かんできたが、すぐに頭を振って打ち消した。

な、何を考えてんだ俺は!

確かに"あの"北条があんな声と顔で煽ってきたからついつい理性がアレしたが…相手は北条だぞ!?

無表情だし、ドSで全っ然可愛いげのねえ上、面倒くさがりなくせに自分から危ねえ事に首を突っ込むアホだ!

そのくせ妙な奴らにばっかり好かれちまうし、勘が良い割には人の好意にゃ鈍い奴!


「……くそ、…」


いい歳こいて何顔真っ赤にしてんだよ俺は。
まだ北条にキスした感触が残っている気がする。

腕も、首も、肩も、思ったよりずっと細かった。
少し苦しげに眉を寄せて、潤んだ黒い瞳が俺を捉えて…


(俺は――…)



「………は!?何言ってんだ俺!?キモッ!乙女かっちゅーの!――い゛っでえええ!!」

あまりの気恥ずかしさに、俺は本棚に頭突きをかました。
人は混乱すると何をしでかすか分からないとはよく言ったものだ。
本棚の上へ無造作に置いてあった古い荷物が俺へ落ちてくると、一面に埃が舞い上がった。


「ごほっ、ごほ…ったく…今日は厄日だな…」


落ちてきた本や荷物に押し潰され、一人ぼやいても、虚しく響くだけだ。


(……ん?)


床に伏せる俺のちょうど目の前に、色あせた一枚の紙が落ちてきた。
腕だけを伸ばし、紙の反対側を覗き込むと、写真のようだ。


「……っは!?」


写真に写る人物を見た瞬間、ガハッと上体を起こし、それを凝視する。

どういう事だ、こいつは。






「――ほ、北条…?」


そこには、北条と同じ顔で穏やかな笑みを浮かべる男が居た。



















side:楓


「………もう一度言ってみろ」

「え?」


壁に寄り掛かっている俺は、目の前で正座しながらヘラヘラと笑う2人組をジッと見つめた。

目が合った一人が頬を染めた瞬間、そいつの頭を踏み付ける。


「ごふっ…!ほ、北条たん…ひどい…」

「さっさと答えねえからだろうが」

「そんな〜…っぶべらっ!!」


鼻血を垂らし、涙目で俺の脚に縋るそいつを再び床へ沈めた。


「で?」

「は、はい!えと、実は…僕たち北条たんのファンで、峰岸くんや克海くんたちに北条たんの写真を頼んだんです…」

「……こいつの、ファンねえ…」

「何だ日比野」


怪訝そうな表情で俺の顔を凝視する日比野を睨みつける。


「おめえら、許容範囲もっと狭くした方が良いんじゃねえか」

「喧嘩売ってんのかこの味覚崩壊野郎」

「…だーれが味覚崩壊してるってえ?このドMホイホイが」


額に青筋を浮かばせながら俺に歩み寄り、鼻先が当たりそうなほどに顔を近付けてきた。

ドMホイホイって何だよ。


「そ、そんな事ないです!!!」

「「あ?」」


互いに、ゴリゴリと額を擦り合っていると、正座していた奴が急に立ち上がった。


「滑らかで色白な肌が映える艶やかな黒髪に漆黒の瞳!ゴリラ級の腕力にそぐわない華奢で艶めかしい体!そして何事にも冷静でいられる度胸!ドSっ気!」

「「…………」」

「何をおいても北条たんは素晴らしいです!!むしろ芸術!」


拳をふるふると震わせながら力説するそいつに、俺と日比野は若干引き気味で後退る。

今まで会った事のないタイプだ。
どう反応すれば良いのか分からない。


「そのとおおりっ!!!」

「うわっ」

「いっ、一枚だけでいいからさ、撮らせて下さい北条たん…!」


床に沈めたもう一人が鼻血を垂らしながらゾンビのように立ち上がった。

カメラを握りしめ、ずいっと俺に近付いてくる。

ぶっ飛ばしていいよなコレ?




「――オイ」


どすの利いた声と同時に、俺の目の前を大きな背中が覆った。


「……日比野」

「こいつに触んじゃねえってさっき言っただろうがよ…この変態ストーカーが」

「くっ…」


2人は俺と日比野を交互に見遣り、悔しそうに唇を噛んだ。


「やっぱり…噂は本当だったんだ…」

「「噂?」」


何かの呪いのようにしぼり出された声に、俺たちは口を揃える。




「北条たんと会長が――…付き合ってるなんてっ…!」


ピシッ、と周りの温度が一気に下がった気がした。

おかしい。
俺の耳がおかしくなったのかな?
この俺様プリン野郎と、付き合ってる?


「「…ンな訳ねえだろうがっ!!」」

「ほ、ほら!息ぴったり!」

「あああああっ!北条たんがっ…北条たんが会長の毒牙に…!」


話聞いてねえよこいつら。

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる2人の頭をわしづかみ、そのまま壁へ突っ込んだ。


「よし。静かになったな」

「……おめえよ、手加減って言葉知ってる?」

「加減しただろ」

「これで?」


どこか遠い目をしている日比野を横目に、2人の持っているカメラを手に取った。

こいつらが元写真部だったなら過去にどんな写真を撮ってきたのかがこれで分かる。

カメラを操作している俺の手元を日比野がひょこっと覗いてきた。
…うっとうしいぞ。


中に並ぶ写真には色んな奴が写っていた。
だが、ほとんどが隠し撮りだ。
しばらくすると、被写体がある1人に集中していく。


「………おい」

「…、これは…」
















「――そこで何をしている」


「「っ!」」


俺たちが弾かれたように後ろを向くと、そこには黒いシャツに白衣を着た長身の男が鋭い目つきで立っていた。


「……高坂」

「知ってんのか、北条」

「ああ…2年の科学担当だよ」


切れ長で長身な所が生徒に人気の教師だが、本人は無愛想な上に寡黙で、浮ついた話は聞いた事がない。

有間とはまた違った意味で妙な教師だ。


「……"先生"を付けなさい。北条」

「あーそうデシタ。高坂"先生"」


わざと強調して言ってやるが、高坂はフン、と鼻を鳴らすだけだった。

本当にこいつはムカつく。


「……最近、素行が目立つぞ北条。お前には首席の自覚がないのか」

「いやあー最近じゃなくて、こいつの素行が悪いのは元から…ごふっ…!」


横から日比野の脇腹を思い切り小突くと、悶えながらうずくまった。


「オメーに言われたくねえんだよ」

「このっ…大体なあ!テメーが首席だってこと自体有り得ねえっつーの!」

「有り得ねえのはお前の頭」

「どういう意味だそりゃあ!?」


高坂は、言い争う俺たちを不快そうな目で見ていた。


「――…少し、話がある。ついて来なさい、北条」

「……あ?」

「すぐ終わらせよう」


冷めた瞳だ。
けどそれは俺ではなく、日比野に向けられている。

俺は小さくため息をつき、高坂の後をついて行く。














ぱたん。


近くあった空き教室に入っていった高坂に続いて、俺も中に入り、後ろ手でドアを閉めた。

しん、とした空気の中、高坂と2人きりというのがかなり気まずい。


「――北条。先程の話は本当か」

「?さっきの話?」

「日比野棗と交際しているという事だ」

「………は?」


何を言うのかと思えば…あの生徒が言った事かよ。
まさかこいつ、ずっと聞いていたのか?


「盗み聞きとは良い趣味だな」

「答えなさい」

「…何故だ?アンタに何の関係がある?」


こいつの真意がよく分からない。
日比野と付き合っている訳じゃないが、それが何と関係しているんだ?

俺が怪訝そうに聞き返すと、高坂は静かに息を吐いた。
その落ち着き様が妙に寒気立つ。


「北条…お前は優秀な逸材だ。成績は常にトップ。身体能力も申し分ない」

「………」

「それが今は何だ。喧嘩に器物破損、と問題を次々引き起こしているだろう」


まあ…本当の事だな。

喧嘩は親衛隊とかに売られたやつだし、その度に窓ガラスとか机とかドアとかブッ壊してたし。


「否定はしない。…で?何が言いたいんだ?」

「分かるだろう?あいつらと付き合いだしてからだ」

「…………」


眉を寄せて高坂を見遣るが、奴は表情を変える事なく淡々と話を続ける。


「克海連夜、吉原悠、雅颯斗、峰岸康人、日比野棗、そして…編入生の峰岸和緋。いずれもこの学園では知らぬ者は少ない有名人」

「…それがどうした」

「野蛮で低俗な集まりだ。お前の素行が乱れたのはこいつらのせいだろう?ましてや、交際など…」


ぎり…、と拳を握りしめた。


「付き合う人間を選べ北条。お前のように優秀な人間があんな奴と共にいる理由がない」

「……………言いたい事はそれだけか」

「何だと?」


じわじわと中から沸き上がる怒りを押し殺しながら高坂を睨みつけると、僅かに肩を揺らし、高坂の体に緊張が走ったのが分かった。


「あいつらと一緒にいる理由がない?俺があいつらと居たいから居るに決まってんだろ。他に理由がいるのか?」

「…分からないのか北条、このままではお前の未来が埋もれて…」

「分からないな。俺はそんな未来なんかより、あいつらの居る現在(いま)を選ぶ」


この先もずっと一緒にいる、なんてのはきっと無理だろう。
皆それぞれに進むべき道がある。
だから、こうして色んな奴と一緒に馬鹿やれる"今"を大事にして生きたい。


「北条…お前は騙されている。日比野は不良のトップだぞ?」

「だから?…俺だって似たようなものだ」


元、だけどな。


「そんな奴と交際など…」

「いや…それはただの噂…」

「悪い事は言わん、縁を切れ。北条」

「聞けよ人の話」


どうやら俺の話は聞く気がないらしい。

高坂の奴、本当に俺と日比野が付き合ってるって思ってやがる。
あの2人組まじで覚えてろ。

つーかいい加減、早くこいつから解放されたい。


「…確かに、あの野郎はアホだしムカつくし俺様だしプリン馬鹿だけど…」

「北…」


言いながら高坂に背を向け、ドアに手をかける。
後ろから俺を呼び止める声を遮り、顔だけで振り返った。









「――アンタなんかより何倍も良い男だよ」



ぱたん。

ドアを閉める瞬間、高坂の顔が歪んでいたように見えた。

まるで、玩具を取られた子供のように。


















「――よう」

「…何だ、居たのかよ」


元いた場所まで引き返してみると、壁にもたれ掛かる日比野が居た。


「ふん。別に待ってた訳じゃねえよ」

「あっそ」

「それより屋上、行くんだろ」

「…ああ」


それにしても随分と俺らしくない事を言った気がする。
高坂の挑発につい乗ってしまった。

まさかこのプリン野郎を褒めてしまうとは…なんて不覚。

(嘘…ではないが、なんか複雑…)


「で?あの変な奴に何言われたんだよ」


すぐには答えずに、日比野の顔を見る。


「?」

「…………………………別に、大した事じゃねえよ」

「何だよその間は…?」


なんとなく、悔しいから答えなかった。






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