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side:連夜-5





「……また休み?」


またしばらく経った頃、北条は再び学校を休んだ。
この前まで元気そうだったのに。


(…………よし)


「おい克海?そろそろHR…」

「アリ先、転入生の部屋番知ってるか?知ってるよな?」


タイミング良く話しかけてきた有間に詰め寄ると、怪訝そうにオレを見てきた。


「…そんなん知ってどうするつもりだよ」

「なんだっていいだろ」

「よくねえよ。お前、自分に親衛隊ができ始めてるの知らねえのか?」

「親衛隊…!?」


生徒会の連中や人気のある生徒に"近付けさせない"ように作られる、団体。

言わばファンクラブだ。

そのほとんどが非公認のもので、作られた連中からしてみれば迷惑極まりない。


「元々、オメーのツラだったらもっと早くにできてたはずだがな、何せ素行が悪いからなあ…」

「アンタに言われたくねえよ」

「それが突然現れた編入生によってあの暴れん坊は今や鎖のついた犬だ」


ニッと笑う有間を睨みつける。

だが言い返せなかった。


「そんなお前に、厄介な奴らが目をつけてんだ。このままあの編入生と一緒にいたら…あの編入生――ヤバイぞ」

「……分かってんだよ…そんなの」

「なら離れてやれ。そいつが大切ならな」


確かに、あいつの全部を知っている訳でもないし、無理に知ろうとも思わない。

ただ、オレはあいつの傍に居たいだけ。
あいつが大切だから――





「――だから、一緒にいたいんだよ」


有間の目が大きく見開かれ、次の瞬間には腹を抱え込み吹き出していた。


「〜〜っ何笑ってんだてめー!!!」

「ぶくくくく…!わ、悪い悪い、あんまり真剣なのが意外でよ…」

「殴んぞ」

「待て待て待て」


胸倉を掴み上げ、拳を見せつけると、冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる。

ほんっとムカつくなこいつ。


「まさか、"お前が"一人の人間にそこまで入れ込んでいたなんて思わなかったよ」

「…………北条に手ぇ出したら許さねえぞ」

「ふーん…あの編入生、北条っていうのか」


有間がニヤニヤと笑う。
オレは墓穴を掘った自分を殴りたかった。


「くっそアンタに聞いたオレが馬鹿だったよ!!」

「ははは〜廊下は走んな克海ー」


名前すら知らない有間が北条の部屋番を知っている訳ないだろうが。

早く気付けよオレの阿呆。

呑気に手を振っている有間を振り返らず、一目散に走った。



(……"あいつ"に聞くのは癪に障るがこの際仕方がないな…)


そう思い、何気なく窓の外を見た時、丁度オレが会いに行こうとしていた人物が目に入った。


「工藤嶺!!」


咄嗟に窓から乗り出して呼びかけたが、全く気付いていない。

どう見ても様子がおかしい…あんな切羽詰まった工藤嶺は初めて見る。

オレは小さく舌打ちをすると、2階の窓から飛び降り、工藤嶺の後を追った。




















「やべ、見失った…」


工藤嶺の向かった場所は寮だったが、途中で工藤嶺の姿が見えなくなった。

なんで寮に…?今はまだ授業中だ。
具合が悪そうにも見えないし、寮に何の用があるんだろうか。


(ここまで来たんだ…引き返す訳にもいかねえな)


オレは小さく息をつき、寮の裏庭へ足を進めた。






「「うわぁあああああ!!!!」」

「っ!?」

「ひいっ…!!ぎゃあああああ!!!!」


叫び声と共に角から飛び出してきた生徒とぶつかり、そいつはオレを見るなり顔を青く染め、再び叫びながら逃げるように去っていった。


「な、なんだ…あいつら…?」


普通じゃないその様子に戸惑いながらも、そいつらが出て来た角を覗き込む。






「――っ北条!?」


目に入ったのは空を見上げて佇む北条で、オレは思わず大声を上げた。

その声に反応したのか、ゆっくりとオレの方へ顔を向けた瞬間、北条の体が傾く。


「お、おい!!!」


自分でも驚くほどの早さで北条へ駆け寄り、その体を受け止めた。


(…!こいつ…)


身長はオレと変わらないが、明らかに軽い。

ぐったりとしている北条の額に手を当てると、ものすごい熱を持っていた。


「!!熱ッ…!お前、めちゃくちゃ熱あるじゃねえか!何で出歩いてんだよ!」

「………、…」


頬を赤く染め、薄く開いた目がオレを一瞬だけ映し、北条はそのまま気を失った。

糸の切れた人形のように力が無くなった北条を、オレはただ眺める事しか出来ない。


(……北条、…)


北条の拳が少し赤くなっている。
多分、今さっき逃げていった奴らに呼び出されたんだろう。
こんな状態で、逃げずにあいつらを相手していたのか…


どくん、どくん、と鼓動が早まり、北条の体を支える手が震えてきた。







「………レン」

「っ!!工藤、嶺…!」


突然声を掛けられ、大袈裟なほど肩がびくついた。

弾かれたように顔を上げると小さく顔を歪ませた工藤嶺が立っている。

オレは人がこんなに近くにいたのに全然気付いていなかったのか…


「…何をしているんだ、お前」

「…工藤嶺、北条がすごい熱を……」


工藤嶺は何も言わずに北条の額に手をやり、眉を潜めた。


「ったく…だから安静にしてろって言ったんだ」

「工藤嶺…北条は大丈夫、なのか?……死なないよな…?」

「……お前は何しに来たんだ」


オレを一瞥し、ゆっくりと北条を抱き寄せる。
膝の裏と背中に手を入れ、軽々と北条の体を持ち上げた。


「…北条が休みって聞いたから有間に部屋番を聞き出そうとしたんだ」

「………教えてくれなかっただろ」

「…………」


北条を抱えながらオレを見下ろす工藤嶺は、いつもの工藤嶺じゃない。
オレよりも大きい体が、北条を優しく抱えているのが悔しかった。




「――レン。…もう、こいつに近付いてやるな」


一瞬でも、工藤嶺と北条が恋人同士のように見えてしまったのが、堪らなく――辛かった。






















「――克海か」

「い゛っ!?よ、よく分かったな…」


次の日、療養室で寝ている北条の元へ訪れた。

北条が居る窓際のベッドの周りは真っ白なカーテンで覆われ、北条は顔も見ずにオレを言い当てた。

本当に…何者なんだろうな、こいつは。


「壁に目玉でも付けれるんじゃねえか?」

「……どこの能力者だよ、俺は」

「はは、どこだろうな」


くすくすと笑い、ベッドの横に置いてある椅子へ座った。

カーテンは開けずに目の前の白い布を見つめると、部屋に沈黙が下りる。


「………5日間の謹慎、…みたいだぜ、北条」

「…そうか」


ぽそりと、呟くように洩らすと、北条はさらりと答えた。

工藤嶺が言うには、一昨日の帰り際、北条は大量の水を被ったらしく、熱を出したのはそれが原因らしい。

そんな状態でよくもまあ4・5人相手に喧嘩できるもんだな、とぼやいていた。


「あいつらはカツアゲしていたお前を止めようとして殴られたって風紀委員に訴えたんだ」

「………」

「………なんで、何も言わないんだよ北条…」


北条はきっと、嫌がらせを受けている原因がオレだという事に気付いている。

気付いているのに、何も言わないし聞いてこない。


「………ごめんな」

「…何が」

「オレが付き纏ったせいで北条が危ない目に――」


言い終わる前に、言葉が途切れた…というより、白いカーテンの隙間から伸びてきた手によってオレの口が塞がれた。

そのまま強く引き寄せられ、眼前に北条の顔が広がる。
反応しきれなかったオレはベッドの上に座る北条を挟むように両腕をつき、中腰の姿勢のまま目を丸くした。


「勘違いするなよ…!これは誰のせいでもねえ、俺の不注意だ!てめえのせいだなんて、俺は微塵も思ってねえんだよ!」

「………っ」

「嫌われることなんてもう慣れてる!いちいちてめえが気にするようなことじゃねえ!」


初めて感情を露にした北条に、オレは胸が痛くなった。

ずるい。
そんな顔している奴を一人にできる訳ないじゃないか。
それができるほど、オレにとってこいつはどうでも良い奴じゃないんだよ。

オレの口を塞いでいる北条の腕にそっと触れると、腕の力が緩んでいった。


「……なに笑ってんだ」

「ごめん。……嬉しくて」

「はあ?何だそれ」


訝しげに、じとり、とオレを見遣る北条の手を自分の両手で握り込んだ。

自惚れてもいいかな。
北条も、オレと離れたくないって少しは思ってくれているような気がする。


「おい克海?」

「……何でもない」


オレは生まれて初めて、離れたくないと思える人間に出会えたかもしれない。


「なあ北条、下の名前で呼んでいいか?」

「…唐突だな」

「だめか?」


下から縋るように見つめると、不満そうに眉を潜め、顔を背けた。

普通の奴が見たら不機嫌だな、と捉えるだろうが、多分これは照れている。


「………今更だろ」


あ、今ちょっとムラッときたかも。

北条の名前…確か"楓"だったよな。
かえで、…楓……良い名前だ。


「か、…かえっ……楓…」

「………何」


うわ――――――――抱きしめたい。
何で目を逸らすんだよ絶対に照れてるだろ北条。

可愛い。


「おい…顔真っ赤だぞ」

「へあ!?いや!何でもない!」

「…そうか…?」

「そ、そうだよ!」


恋愛の経験が無いオレにとって、こういう時に何を話せばいいのか分からない。

オレといてつまらないとか思われたくないのに、全く会話が浮かんでこねえ。

ちら、と北条を盗み見ると、ちょうどそこに開けた窓から風が入り込んできた。


(―――あ…)


真っ白なカーテンがゆらゆらと揺れ動き、同時に、北条の目を隠していた黒髪がサラサラと流れていく。

初めて眼鏡のない素顔が現れ、オレはしばらくその横顔に見入っていた。


(……すげえ、…きらきらしてる。……綺麗だ)





「――なあ、そういえば」

「うん?」


ふと、北条がオレを見た。
















「お前の下の名前、何ていうんだっけ?」


「……………オイ」



…とりあえずは、北条にオレの名前を覚えさせることから始めるか。





(…言っとくけど、もう離れてやらないからな、――楓)






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