side:連夜-4
◇
「――聞いたぜ克海、お前最近Aクラスの転入生に絡んでるんだってな」
「……………別に、絡んでる訳じゃ…」
北条楓に負けたあの日から1週間くらいが過ぎた時、担任である有間清治にそう言われた。
こいつは理事長と同様、不良だろうがアホだろうが関係なく平等に接してくる物好きだ。
見た目はだらしなく、とても教師には見えないが、オレは嫌いではない。
「んじゃあ何だ?懐いてんのかあ?」
「んな訳ねえだろおが!ほっとけ!」
にやにやしながら顔を覗き込んでくるのが非常に腹立たしい。
…誰があんな無愛想な奴に懐くかっつーの。
「あっ、転入生」
「!?」
「うっそ〜〜」
「…………っ!この野郎…!」
口元を引き攣らせながら睨みつけると、したり顔を浮かべ、そそくさと逃げていった。
この行き場の怒りは誰にぶつければ良いのだろうか。
「――おい」
「ああ?何だ―…」
後ろから声をかけられ、不機嫌そうに振り返ると今度は本当に北条がいた。
「ほ、…北条…」
「…?どうした。機嫌が悪いのか」
「いや、違っ…別に悪くない!何でもねえ!」
下から覗き込まれ、わたわたと慌てる。
自分でも誰だこいつ、と言いたいくらいにオレらしくない。
これじゃあ妙な噂がたつのも無理はねえよな。
「…今日は大人しいな」
「な、何だよそれ。いつもはうるせえってか?」
「…いや…何となく。いつもの克海らしくない気がした」
北条からしてみれば本当に何となく言ってみた言葉なんだろうが、オレからしてみれば心臓に悪い。
こいつはちゃんと、オレを見ているんだ。
この1週間、北条に喧嘩を売ったりする以外にもオレは北条と一緒にいた。
と、言っても昼飯を食べる程度だが…
こいつは人に無関心そうに見えるが、実は見ていないようで、人をよく見ている。
別の喧嘩でやられた痣や傷も、隠していたつもりだったが北条には見抜かれていた。
怪我をしている場所には絶対に触れず、不自然じゃないように攻撃していたのだ。
悔しさや情けなさがある分、オレはこいつには敵わないと思った。
媚びも、蔑みも、羨望も、妬みも、北条には無い。
今までオレの周りにはいなかった部類の人間。
心のどこかで、北条の事をもっと知りたい、近付きたい。
そう思い始めていた。
「………」
「…北条?」
ふと、北条が足を止め、後ろを見た。
眼鏡の奥にある目が細められ、まるで誰かを睨みつけているように見える。
初めて見る雰囲気に少し驚くが、戸惑いがちに尋ねると、小さく首を振った。
「………いや、何でもない」
この時に気づいていれば良かったんだ。
オレを取り巻く環境の事を…
「………休み?」
「うん」
翌日。
昼に誘おうかとAクラスに顔を出すが、北条の姿がなかった。
同じクラスの奴に聞いてみると、今日は休みらしい。
風邪?
でもあいつ、風邪なんて引くのか?……そんなん言ったら不機嫌になりそうだな。
「あのう…」
「は?」
不機嫌そうな北条を想像していると、横から話しかけられた。
しかも、いつの間にかオレの両側はやけに可愛い顔をしたちっこい奴らが陣取っている。
何だこの状況…
「克海さんお一人なんですかあ〜?」
「良かったらご一緒しません〜?僕、前々から克海さんって素敵だなあって思ってたんですう」
「…………」
苦手だ。
この学園には"こういう奴"が多いのは分かっていたが…何でオレに…
「克海さあん」
「……馴れ馴れしいんだけど、アンタら誰だよ」
「えっ…」
嫌そうに顔を歪め、ひっついてくる腕を振り払う。
途端に、そいつらの顔が青ざめ、怯え出した。
心底、イライラする人種だ。
「そんなあ…、ひどいよお…」
「北条とかいうキモオタとは仲良くしてるのにい…」
「……………あ?」
「ヒッ…」
それを聞き、思い切り睨みつけると、小さく悲鳴を上げた。
「……オレが誰と仲良くしようがてめえらには関係ねえだろうがよ…」
そう吐き捨て、そいつらの横を通り過ぎていく。
…意味わかんねえ。
「……………――北条楓…やっぱり"邪魔"だよね…」
小さく呟かれた言葉。
これが全ての始まりになる事を、オレはまだ知らない。
◇
「おーいレン!」
「……ちっ」
「そんなに急いでどこに……つーか今舌打ちした?舌打ちしたよな?」
北条が休んだ次の日。
今度こそ昼へ誘おうとしたが、工藤嶺につかまった。
何てタイミングが悪い。
後ろでごちゃごちゃとうるさい工藤嶺を横目にAクラスを覗くと、窓際の1番後ろの席に北条が居た。
良かった、元気そうだ。
「……………………ん?」
「?レン?どした?」
教室に入ろうとした足を止める。
「ほ、北条くん…勉強教えてくれないかな…僕、午後の数学で当たるんだよね」
「どれ?」
「ここです」
一人のクラスメートが教科書を手に北条へ駆け寄り、前の席へ座った。
北条が教科書を覗き込むと、二人の距離がぐっと縮まっていく。
しかも、そいつは北条の顔をチラチラ見ては頬を赤くしている。
「おーおー妬けるじゃねえの。北条の奴、案外モテるみてえだなあ」
「………」
「あ、っおいレン!」
工藤嶺の制止も聞かずにずかずかとAクラスへ入り、真っすぐに北条の元へ向かった。
「………克海?」
目の前で佇むオレを、北条は不思議に見つめ、首を傾げる。
ちら、と横を見ればオレを睨みつけてくるさっきの奴。
めちゃくちゃ気に入らない。
そいつを見ながら嘲笑ったように鼻で笑うと、そいつの眉間にシワが寄った。
「北条、昼飯一緒に食わねえか?二人で」
「?別に良いけど…」
「よし。行くぞ」
「あ、ちょっ…!北条くーん!!!
北条の手を取り、周りも気にせずに教室を出た。
ああ、イライラする。
あいつ絶対、北条に惚れてんだろ。
どうせ北条は気付いていないんだろうけど、むかつく。
「克海、……おい克海って」
「っ!あ、悪い…」
勢いのまま屋上まで来てしまった。
北条に促され、掴んでいた手を離すと、ジッとこちらを見ている。
さすがに怪しかっただろうか…
「お前、…」
え、やばいバレた!?
嫉妬とか情けないよな…嫌われちまったのか…?
「そんなに腹減ってたんだな」
え――――――――…。
そうきたか。
お前、実はかなりの天然だろ。
「あ、ああ…腹減ったかな」
「じゃあちょうど良い。今日は弁当作ったからやる」
「弁当?って北条が…?毒とか」
「入ってねえよ。沈めるぞ」
そう言って紺色の布に包んだ弁当を差し出してきた。
意外だ…料理できるんだな、こいつ。
弁当を受け取ると、懐かしい感じがした。
小さい頃はよく母親が弁当を作っていてくれたが、いつの間にか無くなっていた覚えがある。
「……いただきます」
「……へえ。そういう挨拶もちゃんと出来るんだな、お前」
「何だよ…悪いかよ」
「いや?作った方にしちゃ嬉しいよ」
自分の弁当を広げ、口に運ぶ北条を見遣り、オレはふわふわに仕上がっている卵焼きを食べた。
「うま…」
「そうか、それは良かった」
正直言って、美味しい。
その後は夢中で食べ進め、弁当箱はあっという間に空になった。
「ごちそうさま。………すげえ、美味かった…サンキュ」
「…………………気が向いたらまた作ってやるよ」
さっきまでの苛立ちが嘘のように無くなり、オレはすっかり上機嫌になった。
自然と笑みが零れると、北条はふい、と顔を逸らし、ぽそりと呟く。
……これはどう見ても照れている。
(可愛い)
男を可愛いと思えるなんて、以前のオレでは考えられなかった。
これはマジでやばいかもしれない。
多分、…絶対…オレは北条が――好きだ。
◇
「あのっ…」
「?………お前は…」
放課後、北条を迎えに行く途中で見たくなかった奴が目の前に現れた。
北条にくっいていた奴だ。
「的場清一郎です」
「…大層な名前だな。………何の用だよ」
「――北条くんに、近付かないでくれませんか」
「…………は?」
オレが目を細めても的場は怯む事もせずに睨みつけてくる。
北条に近付くな?
それは、
「こっちの台詞だ…!」
「君は何も分かってない。"君みたいの"が北条くんに近付いたら北条くんが危ないんだ」
「…ちっ…てめえに指図される覚えはねえんだよ!てめえ北条の何なんだ!」
「………ぐ、っ…」
頭に血が昇ったオレは勢いに任せ、的場の胸倉を掴み上げると、腕で壁に押し付けた。
ごほ、と咳込み、オレを睨みつけてくる。
「ぼ、…僕はただ…、北条くんが……っ!」
「っ!!ふざけんな!てめえ…!それ以上言ったら潰すぞ!!」
もう片方の腕を振り上げた瞬間――
「――穏やかじゃないな」
振り上げたオレの腕を掴む北条がいた。
掴まれている腕から徐々に力が抜けていき、拳を下ろせば的場が壁にもたれ掛かりながら力無く廊下に座り込む。
「げほ、…!っほ、北条くん!やっぱこいつ危ないよ!離れた方が良いよ!」
「!!ってめえ…!」
「――克海」
咎めるように見つめられ、何も言えなくなった。
「こ、これで分かっただろ…君みたいな問題児は北条くんに近付いちゃいけないんだよ」
「……問題児?誰がだ?」
何の疑いもなくそう言った北条に、オレは肩を落とした。
頭良いのか悪いのか分からねえなコイツは…
「誰がって…克海くんに決まっているじゃないか!どこが良いのか知らないけど人気が出てきて、コイツと一緒にいると北条くんが危ないんだよ!」
「清々しいくらいむかつく奴だなてめえは」
「ふんっ。君にそう思われて嬉しいよ」
面と向かってここまで言われたのは初めてだ。
問題児なのは否定しないけどな。
「…………的場。俺が誰と一緒に居ようが俺の勝手だろ」
「でもっ…このままじゃ北条くんが危険な目に…」
「…危険な目、か……」
的場が大きく頷くと、北条は小さくため息をついた。
確かに、理由は分からないが本当にオレが注目されているとしたら、傍にいる北条が危ないのは明確だろう。
北条の事を考えると、オレは北条から離れた方が良いのかもしれない。
けど、
「――そんなもん、もう慣れてるよ」
こんな淋しい瞳をした奴を放っておけるほど、オレは器用な人間じゃない。
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