[携帯モード] [URL送信]
side:連夜-3





「……頭痛え…」


昨日は結局しこたま飲まされ、寮に帰ったのは朝方だった。
昼まで寝て学校に来てはいるが、二日酔いのせいで授業なんか受けられない。

どちらと言えば酒は飲める方だがあの黒髪には負ける。
底無しだった。

勝手にベラベラと話していたが、奴は人を捜しているらしい。
恐らくあのペンダントが深く関係しているのだろう。

恋人か?と聞くと妙に落ち着いた声色で違う、と答えた。


「………あいつは、俺の光だ」


人一倍警戒心が強くて、人一倍不器用で、人一倍真っ直ぐな瞳をした可愛い奴なんだよ。
羨ましいだろ。

なんて言いながらニヤニヤと笑っている様は正直変質者みたいだと思った。

同時に、どうしてそこまで他人に入れ込めるのかと感心すらしたくらいだ。








(……今日はこのまま帰るかなー…)


裏庭で寝そべっていた上体を起こし、大きく伸びをする。

最近、暇だ。









「ふざけてんじゃねえぞテメェ!あ゛あ゛!?」

「何とか言えやコラァ!!」


――とか思っていたのも束の間、オレのいる裏庭の少し離れた所から穏やかではない声が聞こえてきた。

どこにでもいるんだな、ああいうのは。

興味本意で絡まれている哀れな奴を見ようと、気付かれないように近付いてみる。


「てめえ…せっかくのカモを逃がしやがって……俺らが誰だか分かってんのか!?」

「あの最強チーム『HELL』のメンバーだぞ!!あんまナメてっとマジ死ぬぞ!!!」


HELL…元は『HEAVEN』という名前だったが、敵対していたチームとの大規模な抗争をきっかけに消滅して、今は構成中の穏健派になったと聞く。
そういやあ、オレもHELLに勧誘された事があるんだったな。
断ったけど。

…あの抗争、最悪にして最大規模だったらしいが確か死人が出てた。

さほど人数も集まっていないのにチーム名を語って狩りとは…考え無しもいいとこだな。
ま、恐らくHELLとは全く関係ない雑魚だろう。


「へっ!ビビって声も出ねえってか?あ?」


一人の生徒を囲んでいるのはガタイの良い男6人。
その中の一人がその生徒の顔を覗き込むが、そいつはピクリとも反応しない。

体は華奢な方だ。
前髪で顔がハッキリと見えない上に、黒ぶち眼鏡をかけている。

世間一般的に言えばオタク、と言われる部類だろう。


「最強のチームにいる俺らもまさしく最強!てめえなんざ俺一人で充分だぜ!」


……馬鹿な奴。
しょうがない、少ししたら助けてやるか。

と思った矢先、そこら一体の空気が凍りついたような感覚が、全身を駆け抜けた。
















「――くだらねえな…」




ぽそり、と"誰か"が呟いた、不気味なほど冷たい声は、離れていたオレにもハッキリと聞こえてきた。


「なっ…何だと!?てめえ今なんつった!?」
「状況が分かってねえのかあ!?」

「……テメェの耳は何の為についてんだ。お飾りか?ゴミが」


口調も雰囲気も見た目と違いすぎる。
ただの身の程知らずか、それとも…

ゴミ扱いをされた男たちは豹変した生徒に戸惑いつつも、怒りに手を震わせていた。


「死にてえのかこらあああ!!!」
「くそが!!」


ぶち切れた男たちが一斉に殴りかかっていく。

さすがにやばい、と思ったオレが足を踏み出した瞬間。




ガッ…




オタクの正面にいた男が大きく体を反らしながら、後ろへ吹っ飛んでいく。

ほんの一瞬だったが確かに見えた。
オタクが、男の顎目掛けて蹴りを入れていたのだ。

何が起こったのか分からない男たちはたじろぎ、反応が遅れた。


「――っ!!」


その隙を逃さないかのように、オタクは体を捻りながら次々と男たちを蹴り倒していく。

攻撃を仕掛けられれば腕でそれを崩し、膝蹴りを入れ、間を置かずに廻し蹴りで地面へ沈める。

無駄がなく、それでいて流れるような動きだった。

気付けば、男たちはオタクを取り囲むようにうずくまっている。


「……………馬鹿が…」


男たちを見下ろしながらそう吐き捨てたオタクが、すい、とオレの方を見た。

強めの風が吹き、オタクの顔を覆っていた長い前髪がさらりと流れ、そこから真っ黒い瞳が現れる。




「―――おい。いつまでそこに居るつもりだ」


抑揚のない素っ気ない物言いだがよく通る凛とした声。
そいつは、何十メートルも離れているオレを真っ直ぐに見ていた。







『―――黒髪に眼鏡をかけて…オタクっぽい……前髪が長い』

『……噂だと絡んできた上級生5人を1人で蹴散らした…』








つい最近耳にした会話が脳裏を掠めた。


(――…こいつだ)


どくん、どくん、と高鳴る鼓動に呼応するかのように薄ら笑いを浮かべ、オタクの目の前まで歩み寄った。

怪訝そうに目を細めるそいつに、言葉にはし難い感情が沸き上がっていく。

勝てるかどうか分からない人間を前に、気分が高揚していくのは初めてだ。







「――喧嘩、しようぜ」


ニッ、と口元を上げるとオレたちの周りの空気がピンと張り詰めた。



















「……っ…!」


攻撃を仕掛けたのはオレからだった。

一気に男の懐まで入り込み、殴りつけるが、紙一重のところで避けられ、男が体を捻った次の瞬間には横腹にものすごい衝撃がきた。
辛うじて急所は逸れたがすげえ痛い。
鍛えてて良かった、と初めて思うくらいだ。

足に力を込め、男の鳩尾を狙う。
男は、僅かに驚いた表情を見せると、オレの視界から消えた。


「…っ!?」


瞬時に周りへ目をやるが、男の姿がない。


トン、


不意に、頭の上に何かが触れ、弾かれたように上を見ると、真っ黒な瞳と目が合った。

吸い込まれそうな瞳に魅入られ、反応ができない。
まるで空を飛んでいるかのようにオレの上を飛び越えていく。


後ろで男が地面に足をつけたのと同時に振り向こうとするが一瞬遅く、右頬を思い切り殴り倒された。


圧倒的に強い。


「…強えな…あんた…」

「…………タフだな。さすが空手をやっているだけの事はある」

「…っ!何で分かったんだ!?」


ガバッと上体を起こすと、思ったより近くにあった男の顔に、ぎく、と肩を揺らす。
至近距離で見つめられ、体が硬直して動けない。


(な、…何で緊張してんだよ、オレ…?男だぞ、こいつ…)


近くで見ると、眼鏡の奥にある瞳までもがよく見える。

白い肌はきめ細かく、スッと通る鼻筋や大きくも鋭い目がバランス良く置いてあった。

所謂、端正な顔立ち。
見る人によれば男前とも美人ともとれるだろう。


「隠してたようだが身に染みた"型"はそう簡単に抜けない。それに…」

「…………」

「普通の奴なら最初の蹴りでもう"ああ"なっている」


そう言ってさっきの男たちを指す。
確かに、何にも鍛えていない人間があの蹴りやパンチを喰らったら一たまりもないだろう。

ん?
じゃあオレは"普通"の枠から外れてんのか?
……喜んでいいのか怒るべきか分かんねえな…





「!!」


思わず呆然と男を眺めていると、男の手がオレの髪をするり、と撫でた。


「……綺麗な色だな。天然でここまで綺麗なのは初めて見る」

「――なっなななな…!」

「な…?」


自分でも分かるくらいにみるみる顔が赤くなっていく。

この距離で、この顔でそんな風に言われて何にも思わない奴がいる訳ない。

動揺したせいで口がうまく回らず、男が首を傾げた。


「――ッッ!!!」


おかしい。
これは何かの間違いだ。

前髪ボサボサでいかにもオタク風なこんな男が首を傾げたって何にも可愛くない――はずなのに可愛く見える。

無い無い無い無い無い。
目を覚ませオレ。
こいつにもオレと同じモンがついているんだ。


「…………ちっ…オレの…負けだよ」

「潔いな」

「……うっせえ」


ふい、と顔を背けると、男が立ち上がったのが分かった。
ちらりと盗み見ると、また目が合い、顔に熱が集まる。
すぐにまたそっぽを向くが、男の視線を感じて落ち着かない。


(何で意識してんだオレは…!)


しばらく経つと、男の立ち去る音が聞こえた。


「……あ、…」


咄嗟に、呼び止めようと口を開くが、すぐに止めた。

呼び止めてどうする?
せめて名前だけでも知りたい。
名前を知ってどうする?

オレはどうしたいんだ?

そんな葛藤が頭の中を飛び交っている。











「――…シルバ」


「…………………は?…って、え!?おま、…今…」


男の口から飛び出た意外な言葉に、少しの間を置いてから間抜けな声で反応した。

何でこいつがその言葉を知ってんだよ!


「…喧嘩したくなったら来いよ。いつでも受けて立つぞ」

「え…あ、…お、おう」

「………ふ…間抜け面だな」


ずっと変わることのなかった男の表情が、僅かに和らいだように見えた。

心臓が高鳴り、オレの中で何かが芽生え始めていく。

オレはそれに気付かないフリをしている。


「だ、誰が間抜けだ!」

「……今度は守る喧嘩も教えてやるよ」

「守る…喧嘩?」

「ああ」


じゃあな、と短く言い残し、男はそれから振り返る事もなく立ち去った。

オレはその背中をジッと見ていただけだった。

















「――面白えだろ、アイツ」

「うぎゃあ!!て、てめえ!いつからそこに居たんだよ!?」


ボーっと突っ立っていると、いきなり背中をバシッと叩かれ、大袈裟なくらいに飛びのいた。

バクバクとうるさい心臓を押さえつつ後ろを睨みつける。


「なははは!何だその顔!お前らしくねえなあ!アイツは俺に気付いてたぞ?」

「死ね!…って、は!?ア、"アイツ"って…」


よほどアホ面だったのか、腹を抱えて笑う工藤嶺に蹴りを喰らわせると、声を詰まらせ呻き、あの男が消えた方向を見ながらニッと笑った。


「――北条楓。全教科満点で編入してきた外部生だ」

「満点…!?」


あいつが…?
この学園はかなり異色だが、それなりにレベルは高い。
編入試験だって超難関のはずだ。

………ていうか。


「…何でオメーがあいつのこと知ってんだよ」

「気になる?」

「あ゛!?な、何言ってんだバカか!!」


ぶっちゃけ気になる。
…なんて言える訳ねえだろうが。

だが名前は分かった。




『…喧嘩したくなったら来いよ。いつでも受けて立つぞ』




あいつとの喧嘩はワクワクして楽しかった。
もっと、もっと強くなってあいつの隣に並んでやる。










「北条…楓、か……」

「おやー?何?もしかして惚れちゃった?」

「バッ…!!」

「…………………………え、マジ?」






[*前へ][次へ#]

7/25ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!