side:連夜-2
※お酒は20歳になってから。
▽
ドン!
「って!」
「!」
工藤嶺に勧誘されたそのまた次の日、普段通りに廊下を歩いていると後ろから誰かがぶつかってきた。
じと、とぶつかってきた奴を見遣るが、思わぬ声が聞こえてくる。
「どこを見ているのだこのうつけ」
「………うつっ…!?」
うつけ…だと?
今って平成だよな?
思わず目の前にいるちっこい人間を凝視してしまう。
ふわふわした茶髪にくりっとした大きな瞳。
今の言葉遣いからは想像すらできないくらいの美少女だ。
まあ美少女でも男だけど。
「おーい!!どこ行っちゃったのー!?」
「悠たーーん!!」
「…ちっ!来おったか…!」
少し離れた廊下からバタバタとした無遠慮な足音が響き、美少女顔の男は舌打ちをしながら心底嫌そうな顔をした。
…可愛い顔が台無しだな。
「……アンタ、追われてんの」
「貴様には関係のない事だ」
つん、とひねくれた答えを返すこいつにため息をつき、首根っこをむんずと掴む。
「なっ…何をするつもりだ貴様!離せ馬鹿者!」
「あーーハイハイちょっと黙ってなよ。見つかりたくなかったらな」
「!」
ぎゃんぎゃん吠える男をすぐ後ろにある扉の中に入れると同時に、ドタドタと耳障りな足音を轟かせて3・4人の大男がやって来た。
なるほど、こりゃ逃げたくなるだろうよ。
「どこ行ったの悠ちゃーん?」
「あ、お…おい、あいつ…」
「うげ!やべえよ克海だ」
悠?
あの子の事か?
それにしても、あんなでかいナリをしておいてひそひそ話とは情けない奴らだ。
……今『うげ』って言った奴の顔は忘れねえ。
さっきまで煩かった子が大人しい所をみると、状況を理解したのだろう。
馬鹿ではないらしい。
「お、おい克海!………くん」
「…………あ゛?」
「ひっ……あ…、えっと…この辺にこ、こんくらいの背をした茶髪の可愛い生徒…見なかった…ですか?」
恐る恐る、といった風に背の高い男が話し掛けてきた。
ジェスチャーをしながらビビりつつも必死に伝えてくるその間抜けな姿は実に笑える。
「………あっち」
内心、笑いを堪えながら嘘を教えてやると、意外だったのか、目を真ん丸くさせた。
「えっ!?…あ、あっちだな!?サンキュウ!!良い奴だなアンタ!」
「………殺すぞ」
「ぎゃああ!!すすす、すみません!さ、さよならあああ!!」
体格に似合わないたどたどしさでオレが指した方向へ仲間を引き連れ、逃げていった。
「くく…バカみてえ」
くつくつと肩で笑っていると、後ろの扉が遠慮がちに開き、さっきの生徒が怪訝そうな表情でオレを見ている。
「貴様が…克海とか言う奴なのか」
「…だったら何?」
「いや、噂と大分違っていたから少し驚いたのだ。『俺様で自分主義で傍若無人天上天下唯我独尊ヤロー』と聞いていた」
おい誰だよソレ言い出した奴。絶対シメてやる。
「だが、やはり噂など当てにならんな」
「……何言ってんだ。そうでもないだろ。噂どおりだよ」
「ほう…」
大きな瞳を細め、オレを見つめてくる。
何となく、どこかしら威圧感があるのは多分気のせいではないだろう。
この学園にいるのは大体がお高くとまっているお坊ちゃんだが、こいつからはそんな感じがしない。
「貴様には借りができたな。いつか返すぞ。それと、俺の名前は――吉原悠だ」
「………吉原?」
「ではな。また会おう」
それだけを言い残すと、凛々しく口元を上げて踵を返していった。
…顔に似合わず男前だな、あいつ。
それより、吉原っていったらまさかあの吉原組のことか?
どんだけ詐欺なんだ…
▽
その日の深夜。
久々に街の方へ行きたくなったオレはいつものルートで寮を抜け出し、黒いパーカーを羽織りながら明かりの消えない街へ出た。
「……相変わらずだな、ここは」
この時間帯に普通の奴が歩く事はまず無い。
裏の人間かチンピラ、不良。
右を見ても左を見てもロクな奴がいない。
道端で喧嘩なんていうのもここでは日常茶飯事だ。
(とりあえず適当に呑んで帰るか…)
そう思い、行きつけのバーに向かう足を進めるが、目の端に妙なものが映った。
道の隅っこにある小さな何かに、光が反射している。
不思議に思いながら歩み寄り、それを手にとった。
「――ペンダント?」
月を象った丸いトップが一つぶら下がっているシンプルなデザイン。
あまりアクセサリーには興味が無いが、とても綺麗だと思った。
周りを見渡し、持ち主らしき人物がいないか探すがこのへんにはいないらしい。
迷った揚句、オレはそれをパーカーのポケットへ入れた。
(持ち主がいなかったらもらっちまおう)
なんて事を考えながら上機嫌でバーへ向かった。
【Bar『ローズ』】
カラン…
「いらっしゃ…おや、シルバちゃんか。久しいねえ」
「………オーナー。いい加減、その名前で呼ばないでくんねえかな…」
入った途端、オレを"シルバ"と呼んだのはこのバーのオーナーだ。
いつそうなったかは分からないが、ここらへんで暴れていた時にシメた奴がオレの事をそう呼んだのが始まりだと思う。
「まあまあ、良いじゃないか可愛くて。さ、今日は何を飲むんだい?」
「……ウーロンハイ」
「あいよ」
カウンター席に腰を下ろし、店内を見渡す。
オレを除いて店にいる客はあそこの4・5人の集団だけだった。
初めて見る顔だ。
「ほれ、お待ちどおさん」
「…どーも」
スッとテーブルを滑らすように渡されたウーロンハイを受け取り、少しずつ喉に通した。
「うあああああ!!俺はどうすれば良いんだーー!!」
(…っ!?)
しっぽりと呑んでいたウーロンハイを思わず吹き出すほどこの空気にはそぐわない叫びが響いた。
あのオーナーでさえ、驚いてグラスを落としそうになるくらいだ。
むせながら声をした方を見ると、さっきの集団の中の一人が頭を抱えて唸っている。
「ちょっ…兄貴!落ち着けって!迷惑だからマジで!」
「あんだコラア!てめえ…お兄様が落ち込んでるっつーのに可哀相だとは思わねえのか!!」
唸っていたのは短めの黒髪で、男らしい顔立ちをしているいかにも爽やか系って感じの男だった。
歳は同じぐらいに見えるが…強いな、あいつ。
座っている位置関係からして奴が頭か。
じゃあもう一方のオレンジ髪は弟か?
まあ言われてみれば似ているような気もしなくはないが…
「可哀相って…たかがペンダント落としただけじゃんかよ…」
「たかがじゃねえ!死なすぞ!」
「ぎゃー!」
呆れながらため息をついた弟に、黒髪の男は勢い良くいきり立つ。
「――あのペンダントは光輝との友情の証だ!!あいつも同じもんを持ってんだよ!」
………ペンダント?
まさかとは思うが、オレが拾ったペンダントの事だろうか…
いやいや、そんな偶然あるのかよ…ドラマじゃあるまいし。
けど…やっぱ確かめた方が良いよな。
「なあ」
「……あ?誰だアンタ」
スクッと立ち上がり、集団へ歩み寄ると、黒髪の男へ声をかけた。
それを合図にしたかのように、下っ端連中がオレを取り囲む。
良い部下だな。
「警戒するな。何もしない、それより、盗み聞きした訳じゃないが今ペンダントがどうとか言ってたよな、お前」
「っ!!見たのか!?どこで!?」
弟の警戒した視線を受けながら、黒髪の男へ尋ねると、オレの両肩をガシィッと馬鹿力で掴んできた。
がくがくと揺さぶられつつも、ポケットに手を入れ、ペンダントを男の目の前へぶら下げる。
「あ―――――!!!これだよこれえええ!!アンタ拾ってくれてたのか!?アンタ良い奴!ありがとう!!」
「……分かったから離せって…」
「よし!今日は呑むぞ!アンタも何か飲め!ペンダントのお礼に俺のおごりだぜ!」
「はあ?別にいらねえよ…」
さっさと退散しようとするオレを、先程まで周りにいた弟や下っ端連中が制止した。
半ば強引に椅子に座らせられ、もはや落胆の声しか出ない。
「まあまあ飲みたまえ少年!人の好意は素直に受け取るモンだぜい?マスター!何か持ってきてええ!!」
「マスターじゃねえ、オーナーと呼びな。黒髪のあんちゃん」
「オーナーかっけええ!!」
「はあ…」
ニカッと笑う陽気なこの男に、すっかり毒気を抜かれた。
変な奴だ。
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