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side:和緋




【保健室】



「「お前が悪い」」



楓が食堂から姿を消した後、食堂中を飛び交う罵詈雑言を静めたのは騒ぎを聞き付けてやって来たクソ会長こと――日比野棗だった。

すぐさま、吉原たちに連れられ保健室へ向かい、日比野と保健医である四鳳院朔に事情を説明する。

そして開口一番、奴らは口を揃えて俺を責めやがった。


「んだよちくしょー…」


とは言っても、言い過ぎた自覚はある。
俺は昔から気が短く、頭に血が上ると別に思ってもいない事を口に出してしまう。

それで人をキレさせた事なんてざらになる。


「――に、してもあの北条楓がそんなにキレるとはなあ…」

「連夜は楓が編入してきて早々に殴り合った仲だからな。それなりの絆があるのだろう」

「……殴り合った?」


初耳だ。

楓にベタ惚れの克海がその楓と殴り合うなんざ想像もできねえ。


「当時の連夜はかなりの問題児だったからな」

「それは俺様も知ってるぜ。絡んできた奴はもちろん、目があっただけで殴りかかったらしいじゃねえか」

「克海くん、今とはまた違う意味で有名でしたよねえ…」


しみじみ、といった感じで当時の克海を語るが、俺はまた混乱中だ。
"あの"克海だぜ?

その話がマジなら――以前の俺にそっくりじゃんかよ。


「まるでどっかの誰かさんの族時代みてえだよな」

「っ!う、うるせえよ金狼!」


金狼が俺を見ながらニヤリと笑った。
考えが読まれたみたいでムカつく。


「で?その克海と北条はどうしたんだ?」

「分からん」


吉原がきっぱりと答えると、保健医ははあ、とため息をついた。

多分、楓は克海の所にでも行ったんだろう。
そう考えるとなんだか頭がモヤモヤする。
傷心した克海を楓が慰めて二人の仲はさらに親密になるってか?

冗談じゃねえ。


ガタッ


「……峰岸?」


勢いよく椅子から立ち上がると、皆の訝しげな視線が集まる。
だが、あの二人の事で頭がいっぱいいっぱいになった俺はそんな事を全く気にせず、扉へ向かった。


「おい黒の悪魔!!」

「こうしちゃいられねえ!楓をあの腹黒から救わねば!!」



ガラッ!!



俺がそう叫びながら扉を開け放つのと、吉原たちの『あ。』という声が重なった。















「――俺が、何だって?」

「ぎゃああああああ!!!!」


そして次の瞬間、漫画みたいなタイミングで目の前に立っていた楓を見て、俺は入口から窓際まで飛び退いた。


「何だ何だあ?おめぇらこんな所で何してんだ?」

「……えーと、…有間先生?ですよね?」

「何だ貴様。イメチェンでもしたのか」

「あれイメチェンなんですか吉原くん…でも確かに何かが…」


ひょこっと楓の後ろから顔を出したのは有間だった。
だが何かがおかしい。
いつもの有間のようで、少し違う。


「……………何でボロボロなんだ、キヨ先…」

「それだ!金狼!」


金狼の一言で、その場にいた全員がああ、と納得したように頷いた。


「その判断基準おかしくね?」

「どうしたんですかソレ。なんか容赦なくぶん殴られたように見えますけど…むしろ殺気すら感じる」

「…………」


保健医の言葉に有間は答えを返さなかったが、視線の先には楓がいた。


「…………ああ…」


これには全員、顔を逸らさずにはいられなかった。



「で?和緋。お前、何か言うことねえのか?」


俺はベッドに腰を下ろした楓の前にすごすごと歩み寄りり、床に膝をつけた。


「え、えーと…す、すみま…」

「聞こえねえ」


お、怒ってらっしゃる…!
というか食堂の時より機嫌が悪そうなんだけど何で?

有間お前、なにしちゃったんだよ!


「すみませんでしたあ!!」


ガバッと土下座をすると、目の前で組まれていた楓の片足がゆっくりと上がる。

何となくその動きを追い、顔を上げた瞬間



ゴス。



「…―〜〜っ!!!」


脳天に踵を落とされた。
大して力を入れてはいなかったみたいだが、痛い。


「あほ。謝る相手がちげえだろ」

「ええー!!楓が謝れって…」

「俺は『何か言う事はないか』って聞いたんだ。謝れとは言ってない」


言われてみればそう言ってた気がする。
おいおい…じゃあ今の謝り損?

頭を押さえ、涙目になりながら楓を見上げた。


「はあ…ったく…」


楓は呆れたようにため息を吐くと、組んでいた腕を外し、自分の膝で頬杖をついた。
ぐっと近くなったその距離に、思わず息が詰まる。

こちらを見つめる漆黒の瞳から目が離せない。


「お前に悪気がなかったのは分かっている。俺も…連夜も」

「楓…」

「言っちまったもんはもう取り消せない。が…大事なのは――"その後"じゃねえのか?」


近くで見ていないと分からないほど小さく口元を上げ、笑った。


"悪気がないのは分かっている"


こんなこと、光輝や凛さん以外の人間に言われたのは初めてだ。
いつもいつも、この短気な性格のせいで敬遠されていたのに。


「――楓」


顔を引き締め、意を決したように楓を見遣る。
その様子に、楓は満足そうに目を細めた。





「克海は今、どこにいる?」


楓の指が上を指す。





「――屋上だよ」



















【屋上】




バン!!!



「克海ィ!!!……っあれ?」


勢いよく屋上のドアを開けると、そこに探している人物はいなかった。
代わりに、名前も知らない生徒が二人、驚いた表情でこちらを見ている。


「あーー!!」

「君は!」

「うをっ!?な、何だおめぇら!」


急に二人が大きな声を出しながら俺に駆け寄ってきた。
何なんだこいつらは。


「峰岸和緋くんじゃないか!」

「はあ?何で名前知ってんだ?」


やたらとキラキラとした目で俺を見つめてくる。
まさか俺のファンってやつか?
いや、それにしてはタイプが違うか…どちらかと言えば体育会系っぽい。
今まで近寄ってきたのは可愛い系のちっこいやつらだからなあ。


「いやあ、僕たち君に頼みがあったんだよね!」

「こんな所で会えるとはツイているよ俺たち!」

「頼みだあ?」


何で見ず知らずの奴に頼み事されなきゃなんねえんだよ。










「実は――北条たんのプライベート写真を入手して欲しいんですよう!」

「………………………は…?」


予想外すぎてどう反応すれば良いか分からない。
聞き間違いか?
むしろ聞き間違いであって欲しいんだが、今こいつら『北条たん』って言った?


「僕ら北条たんのファンでね!あの美しい黒髪にスラリとした細腰…そしてあの目!ぞくぞくする!」

「好きな人の写真を欲しいと思うのは当然だろう?」

「お、お前らが楓の…!?」


ファン!?
まじかよ…楓の奴、自分は悪い意味で有名とか言ってたが、ただ単に気付いていないだけじゃねえか。

しかも写真だと?
んなもん俺が欲しいわ!


「北条たんを呼び捨てとは…羨ましい…!やはり君しか適任者はいないな!」

「制服姿とパジャマ姿と…あと湯上がりなんかも…!あ、エプロン姿も萌える!」

「………あいつを盗撮するなんざ命がいくつあっても足らねえよ。断る」


恍惚な表情で語る二人を呆れつつそう言うと、奴らはにやりと口元を上げた。


「そう言わずにお願いです峰岸和緋くん!お金ならいくらでも払うからさ!」

「そうそう!好きな物を買ってあげるから!」

「僕たちの家、金持ちだし。何でも言ってごらん?」


笑いながらぽん、と俺の肩へ手を置いた。


「大丈夫だ。克海連夜くんにも頼むつもりだから二人で協力すれば北条たんの寝顔とか入浴まで…」



ガッ...




「――その薄汚ねえ口を閉じろ」


肩に置かれた手を取り、間髪入れずに男の胸倉を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。

背中から落とされ、激しく咳込む男を一瞥し、怯えたように尻込むもう一人を強く睨みつける。
ヒッと小さく呻き、カタカタと震え始めた。


「てめえらのその金は誰が稼いでんだ?あ゛あ゛!?くだらねえ事に金使う暇があんなら少しでも親を労れ」

「…う……あ、…すみま…!!」

「それからなあ…」


後ろに尻餅をつきながら泣きそうな顔で俺を見上げる男に、一歩ずつ近寄っていく。

ドスッと男の腹を踏み付けると、蛙が潰れたような声を上げ、悶え始めた。
まあ加減はしているけどな。






「――俺"たち"を金で釣ろうなんざ百万年かかっても無理なんだよ。ナメてんじゃねえぞ」


分かったらさっさとそいつ連れて消えろ、と吐き捨てると、ものすごい早さで気絶している男を引きずり、脱兎の如く逃げ去っていった。

誰もいなくなった屋上で、一人ため息をつく。


(……ふざけやがって…2・3発殴れば良かったな…)









ぱちぱちぱち


「っ!」



別の場所を探そうと踵を返した時、上の方から拍手が聞こえてきた。
弾かれたように顔を上げると、見知った人物が屋上の出入り口の屋根から俺を見下ろしている。













「かあっこいいねえ…峰岸」


「……どうやら…かくれんぼが得意みたいだな――克海」




そいつは銀色の髪を靡かせ、銀色の瞳を細めながら口元を小さくつり上げた。






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あきゅろす。
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