本は大切に。
「大人しくしてろ」
男は、俺の口を押さえつけながら素早く扉を閉めた。
「がふっ…!」
片手が外れたその隙に、後ろにいる男の腹へ肘鉄をかますと、腕を払いのけ距離を取る。
「……ってえ〜〜…お前…手加減しろよ…」
「あ、…有間!?」
腹を押さえながら涙目で俺を見上げたのは有間だった。
いや、一応加減はしたんだけど…
「何でお前がここに…」
「そりゃこっちの台詞だっつーの。……ったく…面倒な奴らに追われやがって…」
呆れたように肩を竦めたかと思うと、小さく呟きながら苦い顔を見せた。
俺の怪訝そうな視線に気付くと慌てて取り繕うように、いつもの締まりのない顔に戻す。
「ま、まあなんだ、俺はちょっと調べるもんがあってだな…」
「こんな今は使われていない書庫で?」
「あーあれだ、古い書庫にはたくさん情報があるんだよ」
「…………」
怪しい。
ジッと見つめると、目を泳がせている。
何を隠しているんだこのバカ。
「有…」
バタバタバタバタ!!
「どこ行ったんだあいつ…」
「ここらへんにまだいるんじゃねぇのか?」
「「っ!」」
再び問い詰めようと口を開いた瞬間、この部屋のすぐ近くから足音と話し声が聞こえてきた。
さっきの生徒たちだ。
「……下がってろ有間」
「おい待て!"お前"が出たらマズイんだよ!」
――"俺"が出たらマズイ?
妙に引っ掛かるその言葉を口走った有間はハッと口元に手を当て、顔を逸らした。
こいつ…
「しゃあねえ…一先ずこの書庫、一応見てみようぜ」
「そうだな」
扉に、生徒たちの影が見えた時、
「ちっ……後で殴んなよ北条…」
「………っ!」
有間が俺を本棚と本棚の間に突き飛ばし、尻餅をついた俺の足の間に膝立ちで入ってきた。
長く使われていないせいか、俺たちが倒れ込んだ拍子に埃が舞い上がる。
何だ、何が起こったんだ。
視界いっぱいに広がる有間の顔と、書庫の天井。
(……押し倒されている?)
理解した瞬間、扉が開けられた。
がらっ
「……っ!!え、あ…!?」
「あ、有間先生!?」
扉から生徒たちの焦った声が聞こえる。
有間はそちらに顔を向けているが、俺は本棚の間に挟まれ、尚且つ有間が覆いかぶさっているおかげで俺が誰かは分からないだろう。
この体勢が、あいつらに俺の顔を見せない為とは言え、他になかったのかよ。
「あ〜?おいおい随分と無粋だなあ…今お楽しみ中だ」
全く違います。
「す、すみません…でも、…あの……」
「えと…こ、この辺に黒髪で細身の奴が逃げてきませんでしたか…?」
有間はけだるそうな表情を一切変えることもせず、いきなり俺の足首を掴むと、上履きと靴下を剥ぎ取り、ズボンの裾をたくしあげた。
「知らねぇなあ…ほら、とっととそこ閉めろ。姫様が機嫌を損ねちまう」
「……っ…」
露になった俺の足を自分の顔に寄せ、なぞるように唇を這わせた。
想定外の動きや、それのくすぐったさに身を捩るが、有間は楽しそうに目を細めるだけで、離そうとはしてくれない。
こいつ…ぶっ飛ばしてぇ…!
「おい、聞こえなかったのか?早く閉めろ。ここにそんな奴はいねぇよ」
「で、ですが……」
狼狽える様子を見せるが、一向に立ち去る気配がない。
ふざけんな、いつまでこんな恥ずかしい事をさせる気だ。
頼むから早くどっか行ってくれ。
そんな事を強く念じ、俺は有間の髪へ右手を添える。
スルリ、と撫で回しながら有間の着ているスーツの上着を滑らせるようにはだけさせた。
俺の行動に驚きを隠せないまま固まっている有間のネクタイに手をかけ、軽く引き寄せる。
扉に佇む生徒たちがゴクリ、と喉を鳴らしたのが聞こえた。
「ねえ…せんせえ?焦らさないで……早く……――ちょうだい…?」
今の俺にできる精一杯の裏声で生徒たちにも聞こえるように猫撫で声を出してみた。
自分で言ってて最高に気持ち悪い。
鳥肌のオンパレードだ。
「―っし、しし…失礼しましたアアア!!!!」
「ご、ごゆっくりいいい!!!!!!」
ピシャン!と、壊れるんじゃないかと思うくらい力強く扉を閉め、ダッシュでこの場から離れていく音に、安堵のため息をついた。
こんな事、二度とごめんだ。
「行ったみたいだな…」
「……………」
「…?有間?」
有間は肩口に額を乗せたまま動かない。
内心首を傾げながら有間の体を押し退け、顔を覗き込む。
「おい、…………っ!」
その瞬間、顔を上げた有間の獣のような鋭い目つきに気を取られ、伸ばされた両手に反応できなかった。
ガシッと両頬を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。
有間の切羽詰まった顔が眼前いっぱいにぼやけて写り、俺の唇は有間の唇に噛み付かれるように覆われていた。
「あ、有……!!」
文句を言おうと口を開いたがマズかったらしい。
顔の角度を変え、性急な速さで舌を深く差し込んできた。
歯列をなぞり、舌を絡ませ、縦横無尽に動き回る舌に、だんだん苦しくなってくる。
眉根を寄せてキツく目を閉じるが、それは余計に有間の舌の動きを分からせてしまう。
……何で、俺なんだ。
俺はお前のセフレじゃない。
「…は、……んっ…、あ…」
ドンっと有間の胸を叩き、額を押すと、我に返ったのか、あっさりと離れていった。
俺と有間の間にできた銀色の糸がぷつりと切れる。
「…っこ、この…ばか……」
「………あ……わ、…悪い…」
お互いに荒い息を繰り返し、少し落ち着くと、俺は長く息を吐き出しながら脱力した。
唾液で濡れた唇を手で拭い、今だに俺を見下ろす有間を睨み据える。
「…もうあいつらは行ったんだから演技する必要ねえだろうが…発情期かおめーは」
「うっ。いや…まあ…うん…否定はしねえけど…」
「しねえのかよ」
珍しく歯切れの悪い有間に疑問を抱くが、とりあえず早く退いて欲しい。
「――ったく…誰と間違えたか知らねえけど、次やったら潰すぞ」
「…………………間違える訳ねえだろ」
「?何か言ったか?」
「いんや、何も。つーか恐ろしいこと言うなよマジで」
よっこいしょ、と年寄りくさく立ち上がる有間を横目に、俺も腰を上げようするが、
「……ん…?」
「…北条?どした?」
…立ち上がれない。
腰に力が入らず、へたり、と床に座り込んでいる。
……冗談だろ…?
「………お前まさか…」
俺の様子に怪訝そうな表情を浮かべていた有間だったが、やがて何かに気付いたように、ニヤリ、とムカつく表情へと変えた。
「――俺のキスで腰が抜けちまったのか?」
「……ッッこのバカ!!」
「あだっ!!」
ニヤニヤと笑う有間へ側にあった本を投げ付けたのは、目の前にいるこいつの顔がムカつくからだ。
別に腰が抜けた訳じゃない。
決して。
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