不意打ち。
「――…人違いですよ」
「ふむ……」
ニッコリと笑って言ったが、花桜院帝は納得のいかない顔をした。
両手も俺の顔を挟んだままだ。
「花桜院の若、そろそろ離して下さい」
「何故だ?他の者は頼んでもいないのに触れてくるぞ」
「それはその方たちが貴方に好意を抱いているからでしょう」
「…そうなのか?」
ぇえ…気付いていないのかよ。
いや俺だってよく分からないが、奴らはこいつ等が好きだから近付くんだろ…?
「鬼龍院が言っていた。俺たちに近付く者は皆疑え、と」
「……………」
確かに…二大陰陽貴族とお近づきになりたいという奴はいるかもな…
「だが貴君は違うように見える」
「まぁ…そういうのに興味ないですからね」
「……なるほど」
あの時と同じようにフッと笑った。
間近で見ると本当に整った顔をしているなコイツ。
切れ長の目に筆で描いたような眉。
筋の通った高めの鼻に薄い唇。
…別に悔しくなんかないぞ。
「貴君は俺が嫌いか?」
「?…いえ…」
「そうか、では……」
脈絡のない質問に首を傾げながら答えると、また少し笑って顔を近づけてきた。
「―――」
唇に柔らかくて冷たい感触を感じたその瞬間、強めの風が吹き、前が見えなくなるくらい桜の花が散った。
ゆっくりと顔が離れていくのをぼんやりと見ていたが、すぐに理解した。
(キスされた………)
「な、にを……」
「……何をそんなに驚いている」
「俺にそっちの趣味はない」
「ふむ。分かっている。だが今のはそういう意味ではない」
ずっと挟んでいた両手が外れ、やっと自由になった。
けど俺の目は花桜院帝を睨んだままだ。
そういう意味じゃないならどういう意味だチクショウ。
「…あまりに貴君が美しかったのでな。したくなったのだ」
バキャッ!
「………意外と力があるな」
「そりゃどーも」
言い分が訳わからなくて思わず殴ってしまった。
したかったら許可もなくキスして良いのかよコノヤロウ。
いや、許可なんて取らせないがな。
「……行くのか」
「どこかの変態のおかげでここに居る気が失せました」
もちろん変態とは花桜院帝の事だ。
コイツのペースに巻き込まれたくない。
「名前だけでも教えてはくれないか」
「キス魔に名乗る名前なんてありません。知りたければ探してみればよろしいのでは?」
「……それもそうだな」
「……さよなら、花桜院の若」
俺はそのまま振り返らずに桜の舞い散る庭から遠ざかった。
きっと、この姿で会うことはもう無いだろうな…
(――…くそっ……ファーストキスだったのに…)
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