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The Dolce Earth
Life Knight‐2‐

 アリッサムが去ってから、ラナはテラスにいた人々に囲まれ質問ぜめにあっていた。どうやら、彼女がよく街に出ていることはここでは日常らしく、彼女がすごく興味を示したラナに周りも興味をもったようだ。
 先程から「どこから来たのか」だの「なんの仕事してるんだ」だの「この絵はどこのだ」など、たくさんのことを一度に聴かれ混乱し始めた彼は、ひとまずひとつひとつ消化していくことにした。

「ほーお、若ぇの、おまえ帝都から来たんか」
 
「ええ。主人に頼まれまして、国中を廻って絵を描いております」
「じゃあこのアルストロメリアも描いたのかい?」
「もちろんですよ。それにしても驚きました。アリッサム姫のことは」
 ラナが先程出会った少女・アリッサムのことを話すと、周りの人々は誇らしげに笑顔を浮かべる。随分と慕われているらしい。
「アリッサムのお嬢さんはなあ、気さくな方でよ。伯もそうなんだが、お嬢さんは街の皆にとってもアイドルみたいな存在でな。家族みたいなもんだ」
 何でも、よく街に来ては領民の手伝いをしているとのこと。どんな人々がいて、どんな暮らしをしていて、どんな気持ちをもっているのかを学ばせてほしいと訪ねてくるという。
 何とも彼女らしい気がしてラナは笑った。
 歳のわりにしっかりとしていて、一生懸命な少女。多くのことを学ぼうとする純真で真面目な彼女は、この領を立派にまとめるのだろうと思う。
「しかしなあ…あんないい子じゃ、いつか帝都に行っちまうだろうなあ」
 アリッサムは皇太子妃の候補。彼女という存在が認められて選ばれることは嬉しいが、そうなると彼女と簡単には会えなくなってしまう。共に過ごしてきた彼らにとっては淋しいことなのだ。
 多民族・多宗教を受け入れる帝国としては、彼女のように包容力のある人物はうってつけかもしれない。
 ラナとしても、彼女のような人が妃となって国を治めるのを見てみたい気持ちはある。
(けど…彼女は―――)
 と、そこまで思考したところで、誰かに肩を掴まれて途切れてしまった。何だろうと思って振り返れば、にまにまといった表情をした人々が、ラナを期待の瞳で見ていた。
 思わず身をちぢこませたラナだったが、
「ラナ、お嬢さんの姿覚えているかい?」
 と突然きかれたので、彼女の姿を思い起こしながら返事をする。
「はい。よく脳裏に焼き付いておりますよ。職業柄、イメージの方が強いですが」
「だったら、お嬢さん描いてみないかい?」
「アリッサム姫を?」
「おうよ! まあおまえんとこのご主人さまが惚れ込んじまっても困るがよ、いずれ妃になるかもしれないお嬢さんだぜ? これを絵に描かなくてどうするよ」
 と豪快に笑いながら推してくる人々を見て、本当に愛されてるのだなと、ラナは「そうですね」と承諾してくすくすと微笑んだ。

 そうして画家は筆をとる。



 絵が虚実を描くものなら、
 現実は真実たりうるだろうか。

 否。だからこそ私は筆をとる。
 ありのままに。感じるままに。望むままに。

 彼らの宝物。
 描いたこれが宝となりうるなら、
 原石を研く私は宝石商であろうか。
 優雅に頬笑む少女が光となりうるなら、
 光源を生み出す私は創造主であろうか。

 否。私はただ描く者。
 写し取り、魂を込め、命の輝きを宿す。



 デッサンが始まってからのラナはまるで、周りの音を一切遮断して何も聞こえていないかのようだった。
「おお、すげえ集中力だな。いや恐れ入った」
 真剣な顔つきで気おされそうな雰囲気に切り替わった彼を見て、周りの者は感心したように言う。
 雇われるだけあって、やはりその実力は本物であるようだ。
 画家というのは時間を掛けて書き上げるものだと思っていたが、青年の描くペースは想像していた以上に速い。主人の命で各地を廻らねばならない以上、短時間で仕上げるすべが身についているのだろう。



 青年が筆から手を離したのは、その日の太陽が南天から西へと傾いた頃だった。
 ふう、と一息ついたラナはぐっと背伸びをして固まった体を解す。
「さて……こんなものでしょうかね」
 終わった様子の青年の姿に、どれどれと皆が絵を覗きこもうと群がる。
 その絵の出来に「よくやった!」と満足そうにする人々を身ながら、ラナは顔を綻ばせ、今後の予定を頭の中で整理していた。
(明日うかがうとなると、屋敷の場所を確認しておいたほうがいいでしょうね)
 そう思い立ったラナはとりまく人々とテラスを後にして、少女の言っていた屋敷の方向へと足を運ばせた。


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あきゅろす。
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