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The Dolce Earth
永遠の葡萄酒色 3

 イルザックから受けた傷で男は床に倒れたまま動けないようであったが、最後まで人を殺すことに味をしめた狂人のようだ。
 捕まる最後の最後まで、相手の“嘘”を見破り、消滅させることも厭わない。
「あんたの“嘘”は――」
 男が言わんとしていることがもし本当にオレイユの“嘘”であったなら、彼女は消えてしまう。
「黙れよてめえっ!」
 弾かれるようにイルザックは剣を持って飛び出したが、男が言葉を発する方が早かった。

「その鞄が昔恋人に買ってもらったという“嘘”だ!!」


***


(ああ……私も、これまでなのね……)

 オレイユは、男の言葉を聞いて、静かに瞳を閉じた。
 あの、かつて恋人と読んだあの青年と同じ死に方なら、それもそれで素敵かもしれない、と思った。
 消滅した者に魂は残るのかすらわからなかったが、あの人に会えたらいい。そうオレイユは願った。

 ――願うことができてる?

「え……?」
 死を覚悟して瞳を閉じ、再び目を開けた。開けることができた。

 何も、起きない。

 “嘘”を見破られたのに、消滅していない。
 オレイユは何が起きているのかがわからなくて、呆然とするしかなかった。
「な、なんともない!? まさか、ハズレたのか!?」
 男は驚愕の声をあげるが、イルザックもまた、驚いた目でオレイユを見ていた。
 イルザックは見たのだ。男に“嘘”を言われ、それを聞いて諦めたように瞳を閉じたオレイユを。
 そしてその反応は、オレイユの“嘘”がそうであると言っているも同然だ。それなのに、オレイユは消滅していない。
 オレイユ自身も驚いている様子を見て、イルザックは一瞬、消滅する話自体が嘘なのかと疑ってしまったほどだ。
 三者三様に固まる場で、時を動かしたのは、アーレイである。
「……は、残念だったなバーカ」
 顔を真っ青にし、息苦しそうだが、その顔にはしてやったり、といった笑みがあった。
「チェックメイトだ。まとめてお縄につけこんにゃろう」
 と、腰に下げていた筒を男に向ける。アーレイの意図を察したイルザックが男を蹴りあげて気絶させ、その場を退くとアーレイは筒に付けられた紐を引っ張る。すると、筒から網が飛び出し、男を覆って、身動きをとれなくした。
 そこまでやって、アーレイは力尽きたように筒を落とし、床に蹲る。
「アーレイ、しっかりしろ! アーレイ!!」
「う、うっせー……な。もうちょい、静かにしろ……よ」
 イルザックはアーレイに解毒剤を飲ませるため、起き上がらせながら必死に呼び掛けた。しかし、アーレイの意識は段々と失われているようだ。
「どうして……」
 オレイユは信じられない、と固まった表情をしたまま、1人動揺を表さなかったアーレイが事情を知っているのではないかと、疑問を投げ掛ける。
 アーレイはオレイユの驚きぶりにまた笑みを深めるが、疑問に答えるために、震える手で、オレイユの抱えている葡萄酒色の鞄に手を伸ばした。
「な、なあ……わ、わりぃなばーさん……あ、あんたの鞄、さ……それ、俺が、か……買って来た奴、なんだ……だ、だから、“それ”は、あんたが持ってた鞄じゃ、ねえ……」
 ならず者の被害者の中には、“嘘”が見破られ、消滅したのではないかという者もいた。だから、万が一のことを考え、アーレイは同じ葡萄酒色の鞄を買って、オレイユには内緒ですり替えておいたのだ。
 この、アーレイの行動の意味するところは――
「あなた、それじゃ……私の“嘘”をわかっていたの……?」
 “嘘”を見破られるのを防ぐためなすり替えるなんて、“嘘”を知っていなければできないことだ。
 だが、アーレイは頷かなかった。認めはしなかった。
「“約束”、だったろ……?」
 と、ただ笑う。満面の笑みに変えて。

 ――その笑みの浮かべ方が、かつての青年と笑みと重なった。

「あ、あなた、まさか……!?」
 そんなことあるわけない、とオレイユは目の前の真実に、手で顔を覆いながら、動揺するしかなかった。
「今度は、さ……それが似合う、紳士になって、帰って、くるから……」

「長生きしてくれよ、ばーさん――オレイユ……」

 その言葉を残し、アーレイの意識は途絶えた。


***


 事件から数日後。
 オレイユは屋敷の庭にひっそりと立てられた墓石――かの青年の、遺体の埋められていない墓の前にいた。

「……あの人がいない月日を数えるだけの毎日。正直、この世にそんなに未練なんてなかったの。だけれど、あの人が“消えた”って聞いても、死を信じることができなくて、ずるずるとただ死なないように過ごしていたわ……けど」
 さわさわ、と風がオレイユをなでるように通り抜けていく。これまで歩んできたものが目の前で流れているようだ。
「……長生きはするものね」
 こんな奇跡を体験できたのだから、とオレイユは葡萄酒色の鞄をゆっくりとなでる。
 これは、アーレイがくれたもの。
 約束だったから、と。
 まさか輪廻をしてまで、約束を守ってくれるなんて思わなかったのだが。
「今度は、紳士になって戻って来るのを、待つしかないわね」
 くすり、と笑いをこぼして、オレイユは、青年が消えてから味わっていなかった将来への楽しみを、再び抱いていた。


***


 イルザックは、花束を買って自警団の寮に帰ってきた。
 そしてある部屋の扉を開け、中にいる住人に声をかける。

「まったく……大した年の差の恋だよ。なあ――アーレイ」

 からかうように、顔へにやにやとした笑みを刻む親友に、アーレイは不貞腐れたように「ほっとけ」と返したのだった。

 あの後奇跡的に一命をとりとめたアーレイは、この数週間、毒を抜くために寮の自室で静養している。その間アーレイはベッド上でおとなしくしていた。
 あの日は色々と衝撃的な事が起こった日であったが、何よりアーレイのことが一番衝撃的だった。
 どういうことだと詰め寄る親友に対し、アーレイは少しずつ話してくれた。

「思い出したのは“嘘”が降ってきたときだな」
「まあ前世は若いときに死んだから、年齢的にはあんまり違和感なかったけど」
「でも、オレイユと再会したときはびっくりだよ。こんな時が経ってんのか、とか」

「オレイユがあんなに想ってくれていたのか、とか」

「本当は、立派な紳士になったときにあの鞄持って、格好よく真実話すつもりだったんだ」
 色々予定狂ったけど、とアーレイはため息を吐く。
 そんな親友にイルザックは「立派な紳士なんて、先は長いがまあ頑張れ」と、ゆるい励ましを贈ったのだった。

 ――きっと、オレイユは“嘘”によって消えたりはしないだろう。今は、アーレイが買った鞄を毎日抱えている。
 ――彼が紳士となって、彼女が大切にしてきた鞄を受け取りに来るその日を待っている。


「ねえ、お母さん、オレイユおばあちゃん、綺麗なお洋服を着ているわ。まるで花嫁さんみたい」
「ええ、なんでも素敵なおじさまがおばあさんを迎えにきたんですって。その人と結婚するんだって話よ」
「おばあちゃんになっても結婚だなんて、素敵ね」
「本当にね。おばあさんがいうにはその人はね――」


 ――嘘を本当にしちゃった人なんですって。



END



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