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The Dolce Earth
永遠の葡萄酒色 2

 このような流れで、次の日の朝、アーレイとイルザックはオレイユの屋敷を訪ねることになったのだが――

「なあ、オレイユばーさん」
「はいはい」
「一応訊くけど、俺たちが護衛だってわかってる?」
「ええ、もちろんよ。ゆっくりしていってね」
「……わかってないよな。ま、いっか」

 オレイユの屋敷を訪れ、玄関先で今回の経緯をアーレイたちは話した。
 そして、護衛のための今後の打ち合せのために場所を移動することになったのだった。
 しかし、客間に通されたと思ったら、オレイユは器用に車椅子で移動し、にこにこと、とても楽しそうにお茶を淹れ始めたのである。
 事前に自警団からも連絡がいっているはずなのだが、オレイユからは町の住民のような緊張感はまるでなかった。
 あまり人が来ないせいか、誰かと話すことが嬉しいらしい。

 そんなオレイユの気持ちはわかるものの、仕事として来ている以上は最善を尽くさなければならない。
 ひとまず屋敷全体の構造を観察するため見回り、忍び込まれたときのための対策を練ることにした。
 オレイユの屋敷の造りは至ってシンプルで、大きく“コ”の字を描いたような形になっている。庭は植木鉢がある程度で、隠れる場所もなく、視界が広く見渡しやすい。
 加えて、オレイユは昔から車椅子を使用しているため、屋敷に2階があるのは、中央棟のみである。夜ではない限り、不審者が現れれば、すぐに気付けるだろう。
 戦力をわざわざ割くこともないため、アーレイとイルザックは両名とも普段どおりに生活するオレイユの近くに付き、話し相手も兼ねることに落ち着いたのだった。

 アーレイはオレイユのすぐ隣の椅子に座り、いつでもオレイユの盾になれるような位置に付いたが、彼女の淹れたお茶をのんびりと口に運んでおり、護衛とは思えない態度だ。
 反対にイルザックは直ぐに動けるよう椅子には座らず、立ったまま耳を研ぎ澄ませているようであった。

 そんな対称的な2人を見て、オレイユは隣でのんびりとお茶を啜っているアーレイに話し掛ける。
「あなたは何もしないの?」
「俺は罠担当。殺陣は他の奴らの役割。今回の相手はどんな奴なのかわからないしな。武器でのやり合いはイルザックに任せて、俺は罠を仕掛けたり、その補助役ってとこ」
 アーレイは剣も団長から習ったこともあったが、向いていなかったので、手先の器用さを活かす方がいいだろうという意見に落ち着いたのだ。
「罠だなんて……器用なのねえ」
「まーね。あ、仕掛けた罠は日常生活には支障ないから安心してよ」
 そんなの平気よ、むしろ仕掛けがなんなのか知りたいわ、とオレイユはくすくすと笑う。
 ふと。そんな話をしている間でも、その懐に大事そうに抱かれている、葡萄酒色がアーレイの目に入った。

 ――昔、恋人からもらったというその鞄。

「……大事、なんだな」
 声に出すつもりはなかったが、無意識に出していたらしい。オレイユとイルザックが、きょとんとした目でアーレイを見ていた。
 ややあって、そのアーレイの呟きが何を指しているのかを察したオレイユが、瞼を閉じ、微笑みを浮かべながら、鞄を撫でる。
「ええ。とっても。大切な思い出が詰まった鞄だから……」

 ――本当は、違うのだけど。

 オレイユは瞳を閉ざしたまま、鞄を撫で、遠い日を思い出していた。


***

 かつて人間とハイエルフとの間に交流が無かった時代。
 この国は隣国との戦争が終わり、少しずつ穏やかさを取り戻しつつあった。
 そんな、オレイユがまだ若かったころ。
 彼女は1人の人間に出会うことになる。

 戦後の人々の働きにより、人間とハイエルフは和解し、共に戦後の復興に尽くそうという動きになった。そのおかげで、人間との交流も少しずつだが増え、ハイエルフも人間の町に行くようになったのだ。
 そんな時代のある日に、オレイユも人間の町へ買い物に出ていった。しかし、身分が高く貴族然とした彼女は、盗人の的になるのは必至であった。

 オレイユの財布が入れていたその鞄は、走り抜けるように横を過ぎていく盗人の男にひったくられたのだ。
 しかし、オレイユが悲鳴をあげる間もなく、ひったくりの男は、逃げた先にいた別の焦げ茶色の髪をした青年によって足を払われ地に付し、地面に押さえ付けられたのである。

 その後盗人は騒ぎを聞き付けてやってきた警備隊に連れていかれ、青年は取り返した鞄を持ってオレイユのもとへやってきた。
 しかし、青年は浮かない顔をしていた。
 お礼の言葉をかけつつ、その理由を問うと、どうやら鞄の取っ手が、ひったくれた際にとれてしまったらしい。
 そんなのは気にしないと言ったのだが、青年は自分の責任でもあるからと引かなかった。
 子どものようにむくれているその様子がおかしくて、オレイユは思わず笑ってしまう。彼女が笑うと、青年は一瞬驚いたように目を見開いたが、

『お嬢さん、随分と可愛い人なんだな』

 と、笑顔になった。青年の笑みと言葉を受けて、オレイユはどきりと胸を弾ませ、頬を染める。

 ――この時、2人の間に恋が芽生えたのだった。

 この日をきっかけに、親交を深めることになり、2人はやがて恋仲になった。

 そして、ある日の誕生日。

 オレイユの誕生日プレゼントを買いに、壊れてしまった鞄の代わりに何かを買おうと、鞄屋まで足を運ぶ。

『あ、あの葡萄酒色の鞄……あれって、あのときの鞄と同じ物だよな』
『ええ』
『そうか、じゃああれを買お……うわ、高いな!』
『あれは名職人さんが作ったものだもの。仕方ないわよ』
『でもなあ……あの鞄は俺とお前を繋げてくれた特別な鞄だしさ。お前なプレゼントしたいんだよなあ……』
『あらあら、それなら私が自分で買うわ』
『それじゃ誕生日の意味がないだろ!』
『ふふ、いいのよ。今日買ったこれは、私が持っておくわ。思い出の鞄なら、私は持っていたいもの。そしていずれ貴方が同じ物を買うの。それをお互いに交換しましょう? 大切な人から贈られた、お揃いの葡萄酒色の鞄だなんて素敵だと思わない?』

『だから、いつか渡しに来てね? 約束よ』

 青年はオレイユの提案に『お前には適わないよ』と言って笑って、いつかきちんとプレゼントする、と約束したのだった。

 ――しかし、結果から言えば、その約束は守られることはなかった。

 青年は、誰かに“嘘”が見破られ、消滅してしまったのだ。
 青年は正義感が強く、盗人を捕まえることも少なくなかったが、その分、捕らえられた者たちから恨みを買っていたらしい。

 実際に“消えた”現場を見ていない、ましてや死体を見ることができないオレイユには、青年が二度と戻って来ない現実は受け入れがたかった。

 数年後、心あらずの状態でふらりと1人で鞄屋に足を運んだ。そこで葡萄酒色の鞄を目に入れた瞬間に、降りてきた言葉。

 ――あの鞄は恋人から貰ったと嘘をつけ、と

 オレイユは自分の短い恋が終わったのだと悟り、静かに涙を流した。

***

 思えば、まだ青年が帰ってくるのではないかと、どこかで期待しているのかもしれない。
 だからこそ、このハイエルフと人間の町の境界に屋敷を建て、まわりの勧めを退けてまで独り身を貫いたのだと、オレイユは思う。

 在りし日の記憶に想いを馳せていると、アーレイは複雑そうな面持ちでオレイユを見つめていた。
「そっか。なあばーさん、実はな、そ――」

 ――カチン。

 アーレイが何かを言い掛けたとき、イルザックが剣を鞘から抜く音が響いた。
 イルザックを2人が見やると、彼は鋭い眼差しで窓の外を睨んでいる。
「……ちっ、野郎、来やがったか。しかも、堂々と真っ正面とは、随分と自信のあるこって」
 イルザックにならい今度は窓の外を見てみると、下卑た笑みを浮かべた、小汚い服装をした細身の男がいた。
 その手には、身なりにそぐわないほど立派な剣を持っている。どこかで盗んできたものだろうか。
(こいつが一連の事件の犯人か)
 そう確信したアーレイは、正面から入ってきた男からオレイユを安全な場所まで遠ざけようと動き出す。
「ばーさん、ここはあぶねえ。俺が車椅子押してくから、裏口から出て……」
 車椅子をアーレイが押そうとした瞬間――男を見ていた窓ガラスが派手な音を立てて割れた。
 剣を持ったそのならず者は、庭にあった植木鉢を投げつけて窓ガラスを割ったようだ。
 アーレイたちがいる部屋まで走りだしたその男は一気に距離をつめ、ガラスの破片とともに窓から部屋に飛び込もうとする。
「げっ、速っ!」
 男の予想外の速さに、イルザックは慌てて部屋の外へその窓から飛び出し、男に向かって剣を叩きつけるように降った。
 男はそれを受けとめるために剣を突き出し、金属と金属がぶつかり合う音を響かせる。
「殺しのプロは、速くなきゃなああ、ひゃひゃひゃ!」
 血に酔ってしまっている気持ち悪い男の笑い方に、アーレイはぞわりと鳥肌を立たせて顔を引きつらせた。
「プロなんていらねぇよ! イルザック!」
「あいよ!」
 アーレイの呼び掛けと共に応答しながら、イルザックは一度男と距離をとり、再び男に向かって剣を振り下ろす。イルザックは剣士として一流だ。男は速かったが、イルザックはもっと速い。
 数回の打ち合わせの間に、男の方が圧されていく様子がアーレイの目にも見てとれた。
 しかし、何があるとも限らないので、アーレイはオレイユ連れてこの部屋から逃げることにする。
「ばーさん、今のうちだ」
「え、ええ」
 アーレイが廊下に通じるドアを開けたとき、男と剣の打ち合いをしていたイルザックは、男がにやりと笑ったのを見た。
 嫌な予感がしたイルザックは、男にひと太刀をくらわせたと同時に、アーレイに向かって叫ぶ。
「危ねえアーレイっ!」
「え?」
 イルザックの慌てた声にアーレイは一度歩みを止めた。が――

 ――ドッ。

 鈍い音とともに、左肩に強い衝撃を感じた。一瞬のうちに衝撃のあったところが熱を持ち始め、ようやく自分が矢に射たれたのだということを理解する。

 ――もう1人!?

 矢の刺さり方を見ると、左方向から矢が来たことがわかる。その方向の廊下を見やれば、案の定共犯者の1人と思われる男が、次の矢をつがえていた。
 死角からの攻撃に、アーレイは内心舌打ちすると、壁に下げられているロープの1つを引っ張る。
 対策を立てたときに仕掛けた絡繰りのひとつだ。
 同時に、矢をつがえていた男の上から分厚い鉄の板が落ち、予想外のことに反応できなかった男は、頭への強烈な打撃を防ぐことができず昏倒した。
 男が倒れると同時に、アーレイはがくりと片膝をつく。
「ったく、真っ正面からの攻撃なら……良かったんだがなあ……」
「あ、アーレイ……! 肩が……」
 オレイユ顔を真っ青にして、車椅子の背もたれ越しにアーレイを覗き込む。
「ははっ、かっこ、わりぃとこ、見せちまった、なあ……」
 アーレイはオレイユを安心させようと笑って立ち上がろうとするが、ぐにゃりと視界が揺れ、両膝をつくように崩れ落ちた。
「アーレイ!?」
「ちっくしょー……毒かよ……まったく、情けねぇったら……」
 殺人狂の使っている毒。じわじわと苦しめるのが好きなのか知らないが、即死するような毒ではなかったのは幸いだった。しかし、早く解毒しないと手遅れになる。
 力を込めて矢を抜き、床に投げ捨てる。
 蝕む毒に頭を、全身を刺すような痛みと、吐き気、息苦しさがアーレイ襲い、死を予感させた。
「せ、せっかく、やっと、ここまで来た、ってのに……」
 “嘘”を隠し、それでもこの町にいた一番の目的。その目的が達成されないうちに死ねない、と強く思う。
 イルザックが駆け寄り、アーレイを支え、責めて毒が回らないように、オレイユが持っていたハンカチで肩の上を強めに縛った。
 解毒剤を飲ませなければと、腰に下げた袋を開けようとしたところで、

「逃がしはしないよ」

 という剣をもっていた方の男の声がした。



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