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短編倉庫
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迎えにおいで




食満が帰ってくる。

あいつが上京してから約一年。去年は盆に帰ってきたが、今年の正月は仕事が忙しくて帰ってこなかった。
電話やメール、年賀状も送ったりしたが、最後に会ってから半年も姿を見ていないのだ。

滞在は二週間と少し長い。が、この休暇を終えたらまた当分会えなくなってしまう。

遠い。あまりにも遠い距離だ。

「ったく…遅ぇな」

時計を見れば約束した時間から一時間も遅れている。三日前からの大雪でダイヤがめちゃくちゃになっているのだろう。
奴のプチ不運は不運王子の友人から離れても健在らしい。

「…仕方ねーな」

俺は息をひとつ吐いてどかっと電車の見える待ち合い場に座った。

あいつが巻き込まれ体質なのは15年も前から知っている。お人好しのあいつらしい、傍迷惑な体質だ。
だが、それが奴の良いところでもある。

「ママ〜」

と、不意に俺のズボンのポケットが幼い手に掴まれた。泣き声に驚いて隣を見ると、わあわあと泣きじゃくる少女が立っている。
典型的な迷子というやつだ。
誰か子どもの相手が得意な奴はいないかと周りを見るが、他の客たちは我関せずといった様子で視線を外していく。

仕方がない。

子どもの相手などあまり経験はないが、せめて一緒に探すか駅員に預けるくらいはしてみよう。

「…ほら、泣くな。ママとどこにいた?」

俺が飴玉を取り出すと、子どもは少し気が逸れて落ち着いてきた。

「…ママ…ピッピッしてたの…」

ピッピッ?
なんだそれは?

「ま、ママ〜…」

「あーわかったわかった!よし、探しにいくぞ!」

また泣きそうになった子どもにいたたまれず、思わずぐいと抱き上げる。

「ほら!ママは見えるか!?ピッピッは!?」

「ピッピッあった!!」

その指差す方向には切符売り場があった。

成る程確かにピッピッだなぁと納得しているバヤイではない。
結局母親は見つかっていないのだ。

(だが、下手に動くわけにもいかないな…)

そのとき、改札口から「文次郎!」と俺を呼ぶ声がした。

「留三郎!」

俺が振り返ると、以前会ったときより髪が伸びた留三郎は明らかに動揺していた。

「あっ…え、そのっ…子どもは!?」

不自然に突っかかりながら留三郎が尋ねる。

「勘違いするなよ。迷子だ。母親を探しているんだ」

「あ…あぁっ!そう!迷子ね!」

途端に留三郎の表情が明るくなり、俺から少女を受け取った。

「よーし、じゃあ兄ちゃんもママ探すの手伝ってやるぞ〜!」

留三郎は少女を肩車すると、駅員にアナウンスを手配したり、少女と人混みの中で母親を呼んでみたりと実に素早く行動した。
そのお陰だろうか、母親はすぐに少女を迎えに来た。

「おにいちゃんたち、ありがとう!」

「おー!もう迷子になるなよ!」

改札をくぐる親子の姿が見えなくなるまで手を振ると、俺は留三郎の荷物をひとつ持ってやる。
すると空いた手が俺の手をきつく握りしめた。

「留さ」

「さっきな」

留三郎に遮られ、隣にある顔を見る。

「改札からお前見たとき、すっげー嬉しかった。一時間半も新幹線が遅れちまって、それでもこいつは俺を待っててくれるんだって思って…」

「…別に、新幹線が遅れたのはお前のせいじゃないだろうが」

でも、と握られた手がさらにきつく締められる。

「あの女の子抱っこしてんの見て、ぞっとしたんだ」

「は?」

いつか文次郎が目を覚まして、俺じゃない、すげー可愛い嫁さん貰って。あんな風に自分の娘と一緒に俺を迎えに来る日が来るかもしれない。


『ただの友人』として。


「それがすげー怖かった。だから、お前が迷子だって断言したとき何となくほっとした」

だから、こいつはあんなに明るい笑顔になったのか。

「バカタレ。あの子どもは3、4歳くらいだ。半年足らずでそんなでかい子どもができてたまるか」

「うん。でも、本当に怖くなったんだ」

「…だったら、」

ぎゅっと手を握り返す。

「お前が俺を迎えに来てみやがれ」

留三郎はキョトンとした顔で俺を見つめた。そしてその数秒後、

「文次郎っ!!」

「ぉわっ!なっ…バカタレェエエエエ!!」

手荷物全て放り出して俺に飛び付いてきやがったのだった。






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あきゅろす。
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