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拍手小説@新生活のすゝめ
『何か悩んでんのか?』
年越し寸前に電話をかけてきた奴は、しばらく他愛の無い話をしてからそう切り出してきた。
「何だよ急に」
『元気ねえから』
「いつも通りだよ」
上京したあいつは俺を気にかけて度々電話を掛けてくる。
今日は帰れない自分を置いて兄貴が帰省したからという理由で掛けてきやがった。
だったら根性で帰ってこい、バカタレめ。
『文次郎。俺には嘘をついてくれるな』
「…」
何でこいつは、こういうところばかり鋭いのだろうか。
「俺、就職を機に上京しようと思って」
電話口で『まじで!?』という声が割れて聞こえてきた。
声でかすぎだ。
「だが、両親はまだ早いと言っている。俺は料理も満足に作れない。そっちは地価が高いから独り暮らしはキツいし、何があるかわからんから地元に就職しろと」
だが、俺は上京してみたい。
自分の可能性を信じてみたいのだ。
『…何があるかわかんねーってのはあるかもしれねえな…お袋さんの言うことも間違っちゃいない』
生活面の不安は当然だ。
だがこのまま家にいれば俺は両親にいつまでも甘えることになる。
それだけは避けたい。
『…あー…もう一年経てば、さ』
「え?」
『……俺、再来年には兄貴が部屋移って独り暮らしになるんだ。今の部屋のままで。広さは2LDK』
「ふーん」
『そんでな…その、一人で2LDKは広すぎるんだよ』
「はぁ」
『や、だからさぁ…こっちに来ねぇ?』
「や、だから上京したいんだが」
『だから!…俺の部屋に来れば』
「…え」
心臓が跳ねる。
『……………』
俺の部屋に来れば
俺の部屋に来れば
何度意味を模索して噛み砕いてみても、それは、つまり
「え、お前、それ…一緒に暮らす的意味で言ってんのか」
『あぁ…まぁ』
「………………………」
『おい、黙るなよ…』
どうしよう
どうしよう
「…すっげー嬉しい…」
『!!…った、ただし俺は飯作れねえからな!お前が俺に作るんだぞ!コンビニ弁当じゃ味気ないんだ、俺に手作りの飯を食わせろよ!!』
他でもないお前の頼みなら、それくらいこなしてやろうじゃないか
…なんて、
「お前も少しは料理覚えたらな」
(絶対言ってやらんがな)
ここが執念場だ。
ああ、なんと言って親を説得しようか。
END
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