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短編倉庫
ケルヴィーニ少年の憂い
Voi che sapete の続き。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「文次郎」

名前を呼ばれて今まで眺めていた窓の外と反対側に頭を巡らせて声の主を見る。

「仙蔵」

女みたいな綺麗な黒髪。
石膏よりも白い肌。

俺の知る限り、仙蔵は誰よりも美しかった。

(いや、こいつより綺麗な奴なんて見たことねぇから『かった』じゃないな…)

「???…何だ何だ、じろじろ見おって気色悪い!」

「…仙蔵」

「どうした?私がいるというのにさっきからボーッとしおtt」

「ちょっと、顔を近づけてみてくれ」

仙蔵は訝しげな表情をしたが、文句も言わず少しばかり顔を俺に近づけた。

「これで満足か?いくら美しいからといって私にみとれるのもいいg」

「もっと近く」

「…………………………」

ぴく、と眉を動かしたが何も言わずに顔を近づけた。

「おい、文次郎」

「もう少し」

「もんじ」

「もうちょっと」

「おi」

「あともう1cm…あーもういいや」

「そ、そう…」

心なしかホッとした表情の仙蔵の首に腕を絡ませると、ぐいっと引っ張る。

「か」

俺は離れていいなんて一言も言っていない。
思った通りの近さまで来ない仙蔵に焦れて互いの息がかかるくらいにまで引き寄せたのだ。

ザワッ…

教室がざわめきの中に落ちるが俺にはそんなの関係ない。何故なら今の俺には解明すべき難問が立ちはだかっているのだから。

「ちょっ!もっ、文次郎!!これはちょっとっ…まずいだろ!放せ!!」

珍しく慌てて俺を引き剥がしにかかる仙蔵が面白くて、俺はつい頑なになって腕を外そうとはしなかった。

「そういえば仙蔵、俺に何の用だったんだよ」

「今はいいからまず腕を放さんか阿呆が!!」

そのとき、「おい!!」と教室中に響く声がした。

「潮江文次郎!」

仙蔵の首にぶら下がったまま「おう」と逆さまの視界で返事をすれば、奴は静かな教室の中をずんずんと俺たちのところまで歩いてきて(その後ろを伊作がチョコチョコとついてきた)俺の腕を仙蔵の首から引き離した。

「なにしてんだ」

「何って…。…………戯れ?」

「私に訊くな!振るな!話しかけるなっ!」

おお、あの仙蔵が伊作の後ろに隠れている…。そこまでこいつの顔が怖いのだろうか。確かに怒っているように見えるが。

「何を怒っているんだ?」

「はっ…?」

俺の問いに拍子抜けしたように留三郎の表情から怒りが抜けた。

「いや、お前があんまりふざけた真似してるから…」

「これは実験だバカタレ」

「実験だぁ?」

「なーんだ、良かった〜…僕、文次郎がソッチに目覚めて仙蔵に言い寄ってるのかと思っちゃった」

「ソッチってドッチだこら」

あからさまにホッとした様子の伊作に眉を潜めてみせれば伊作は留三郎の背中に隠れる。

「で、実験ってのは何のだよ」

「この間の続きだ」

「続き…?」

「ああ。この間、勉強を教えてやったときにお前が教えてくれただろう」

「んなっ!!」

「なに!?」

「へっ?なになに??」

三人はこの言葉に三者三様の反応を見せた。(伊作は本気でわかっていない)

「おい留三郎、貴様もんじに一体何をしてくれたのだ」

「や、俺は別にっ…」

「いや、こいつは悪くないんだ。ただよくわからなかった上に他の難問を置いていったがな」

「難問だぁ?」

「留三郎が文次郎に解けない難問を出せるとは思えんがな。どれ、文次郎。私に教えてごらん」

それは助かる、と口を開きかけた俺の襟首が引っ張られる。

「おい文次郎そろそろ次の時間が始まるぜ急いで移動教室に行こう」

留三郎が訳のわからないことを言いながら俺を引っ張っていく。

廊下を走るな。
襟首をつかむな。
俺とお前はクラス違うだろうが。

言うことはたくさんあったが今は黙って引きずられてやることにしよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

屋上まで引きずってきて、奴はようやく俺の襟首から手を放した。

「どういうことだよ」

「何がだ」

留三郎が俺の胸ぐらを掴んだ。

「何で仙蔵相手にあんなことしてたんだよ!」

互いの距離が近くなったとき、俺は自分の変化に息を飲んだ。

「…っちょ、まっ…は、離せ!」

留三郎を突き飛ばすと、奴は不思議そうに首をかしげた。

「…どうしたんだ?そういえば、実験って言っていたな」

「……お前、が」

ああ、駄目だ。

おかしい、おかしい、おかしい!

「あんなこと、急にしたから」

思い出すだけで鼓動が速くなる。
こいつを見るだけで顔が、体が熱くなる。どうしようもなく、こいつが欲しくなる。

一体これはどういうことだ!?

「仙蔵も、小平太も長次も違った。おそらく伊作も違うだろう。…なぜか、俺はお前にばかり緊張して、逃げ出したくなるんだ」

何故だ?

これは 何だ?

不安で堪らなくて
嬉しくて弾けそうで
楽しくて逆に 怖い。

これは なんだ?


留三郎に訴えれば、奴はポカンと間抜けな顔を見せた。
そしてみるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。

「………そ、」

留三郎は俺の前まで歩み寄ると、俺の両手を握りしめた。
カッと体が熱くなる。

「ちょっ、な、にすんだよ!離っ…!」

しかしこのバカタレは離すどころか俺を抱き締めたのだ。

「やめっ…」

「…それがっ!!」

手はそのままに、体だけ離れた奴の体温に少しばかり名残惜しさを感じてしまう。
留三郎はその鋭い目で俺を真剣に見つめた。
俺の心にあるのは、こいつが俺だけを見ているという歓喜。
この気持ちは恋愛小説で読んだことがある。

もしかして、これが。


「…それが、恋だ」


導き出された答えに、俺は留三郎を引き寄せて唇を合わせた。



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あきゅろす。
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