短編倉庫
心とろかすような
雪が降った。十数年ぶりの豪雪だとテレビのアナウンサーは言う。
数年に一度くらいならこんなに降ってもいいとは思うけど、いくらなんでもさ、今日という日にしなくたって良かったんじゃねぇかな、神様。
気まぐれにしたってタチが悪ぃ。
***
あんなに晴れていた昨日の空が嘘みたいに灰色に曇って、嘘みたいに雪が四六時中降り続いている。
テレビの端に絶えず現れている交通状況の速報から鉄道も道路もほぼ麻痺状態であることがわかった。
部屋の炬燵に足を入れ、半ば呆然としたまま外の雪景色を眺めていると携帯電話が鳴った。
浮かんだ名前に迷わず通話ボタンを押すと、相手の名を呼ぶ。
「留三郎」
『よぉ。…その、すごいな、外』
「…ああ」
『文次郎、外、出られそう?』
「出られなくはないが…交通機関が麻痺しているな」
『うちの近所も、電車…やっぱ止まっちまってよ』
「…そうか」
『バイクも…ちょっと、道路が混雑してて、難しそうなんだ』
今日は数ヵ月振りのデート…を、する筈だった。
中学の卒業式で告白されて、一緒に帰ったのが最初だ。
付き合い始めてから三年。先日、俺は指定校推薦、留三郎は一般入試後期でどちらも志望していた大学に無事合格した。
受験前ということもあって、互いに邪魔をしないようにと数ヵ月間距離を置いていたが、それが間違っていたのか、試験が終わってからも留三郎は電話口でもどこかよそよそしく、その態度に俺もどこか会いづらいものを感じ、会えずにいた。
このまま何も言わず惰性に任せてずるずると引きずっていく関係は好ましくない。
だから、俺から提案した。
色々とはっきりさせるためにも。
それなのに、よりにもよって今日という日に。
「…どうする?会うか?」
『ああ、うん…どうする?』
煮え切らない言葉に苛立ちを感じたが、それを抑え込んで言葉を返す。
「…お前はどうしたいんだ」
『…俺は…』
その時、ガラッという音がして、雪混じりの冷たい風が吹き込んできた。
「俺は、会いたい」
恋人の必死な言葉と思わぬ登場の仕方に息が止まり、同時に色んな感情が一度に込み上げてきて、ようやく発することが出来たのは、馬鹿な言葉。
「人の家にどこから入っている、バカタレ」
「っせーな!朝起きたら雪降ってやがったからすぐに家飛び出して、ずっと歩いてきたんだぞ!何時間かかったと思ってんだ!少しは喜べっつーの!」
ほんと、お前の家から何時間かかると思ってんだばかたれ。真っ昼間から疲れきってんじゃねーよ。
こんなことで、喜ばせてんじゃねーよ。つか、俺もなに喜んでんだ。
「…なぁ、お前は?」
「え?」
「文次郎は、どうしたいんだ?」
馬鹿のくせして、本当にこいつは欲しい言葉を引き出すことが上手い。
「…俺も、会いたい」
囁けば蕩けるような笑みで留三郎が抱きついてきた。冷たい手が炬燵で温もった俺の頬や背に滑り込んできて、ああ俺が温めてやらなきゃな、と馬鹿なことを考えてしまった。
結局、俺だってこいつのことを言えた立場ではないのだ。
END.
<その後 寝室にて>
「…なんで、あんなよそよそしかったんだよ」
「え?」
「いつ電話しても、妙に距離があったじゃねえか」
「あー…だって、いつ会いに行っていいかわかんなかったからよ…ああでもしなけりゃすぐにでも傍に飛んで行っちまいそうだったんだ」
「馬鹿が…来て欲しくなかったら電話なんぞせん」
「…やばい…今のムラッときたわ」
「絶倫め。もうしないからな」
「えぇ〜…そういえば、リビングに炬燵があったよな?」
「あそこでナニかしたら、窓から放り出すからな」
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