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短編倉庫


部屋に戻る折、つと足を止めた。

視線の先には何やら桃より濃く色づいたものが転がっている。
形状は桃のそれにやや似ているが、向きが上下逆らしくその中央に文字が書いてあるのが見えた。
手に取るなり浮かび上がったそれにはただ一言、『寂しい』と書かれている。

廊下を見れば先にも点々と同じようなものが落ちていた。

手にすればふわりと文字が浮かび上がり、首を傾げながらも懐に入れれば心地よい温かさを以てしっかりと収まる。

不可思議なものだが、見過ごす気にはなれなかった。

『苛つく』『愉しい』『切ない』 『腹立たしい』『苦しい』
『足りない』『会いたい』

部屋の前に立ち、その前に転がるひとつを手に取るなり開いたままの障子から見える姿に息を呑む。数日の忙しさにかまけて干すこともされず半分万年床と化している薄い布団で脱ぎ捨てられた衣を抱いて眠る姿に胸が締め付けられた。


ああ、こんなに溢れてしまうまで放っておいてしまったのか。





安らかな寝顔に申し訳ないと胸が痛むが、それ以上に心が歓喜する。

留三郎は懐に収まりきらずに両手から溢れ落ちんばかりに集まった“それ”ごと愛しい恋人を抱き締めた。







『愛しい』

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あきゅろす。
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