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短編倉庫
可愛や愛し


留三郎が小さくなった。


身長が、というより年齢そのものが。

話を聞くにどうやら伊作の出した風邪薬と薬湯の飲み合わせが悪かったらしい。
おそらく10歳は若返っているらしく、そのため学園で暮らしている記憶も無くなっているようだ。

飲んだものが毒というわけでもなし、そのうち戻るだろう長屋が静かになっていいと気にも留めていなかったが、これが意外にも戻らない。幼児化してから既に半月を過ぎようとしている。

委員会だ鍛練だ授業だと過ごしているため、幸か不幸か幼い留三郎を目にしたことは未だ一度も無い。

「仮にも恋人だというのに、意外と冷たいのだなぁ、文次郎?」

仙蔵はそう言うが、忙しいのだから仕方がない。予算会議が近いのだ。元々、一日の間でまともに会えるのは夜くらいだった。しかし幼い留三郎が夜間鍛練に参加できる筈もなく、朝飯を食う時間は幼い体に早すぎるのか目覚めていない。
伊作がつきっきりで世話をしているようだし、俺の出る幕など無い。そう思っていた。


少なくとも俺は。


今回は珍しく予算会議まで一週間の余裕がある状態で帳簿を仕上げ、未だ陽の出ていない空を横目に長屋へ戻っていた。

(さすがに徹夜七日目は辛いな…)

ふわふわとした心持ちのまま廊下を歩いていると、耳に誰かの騒ぐ声が入ってきた。

あの方向は…

「伊作たちの部屋…か?」

放っておこうかと思ったがあの声では眠れそうもない。気だるい体を引き摺るようにしては組の部屋に足を向けた。

「夕方までには戻るから!」

「そーいっておとといもかえってこなかった!」

「そ、それは蜂の群れに追われてるうちに遠くまで行っちゃったからで…悪かったと思っているよ」

「いさくは『ふーん』だからってせんぞうがゆってたぜ!しんぱいだからおれもついてってやる!」

「それは駄目だ!幼い君には危険すぎる」

「いさくがたよりないからついてってやるんだ!つれてけ!」

どうやら薬草を採りに早朝から出掛けようとしていたところを幼い留三郎に見つかったようだ。
抑えた声の伊作に対し留三郎は幼い子供特有のキンキンと響く声で喚いている。このままでは他の生徒が目覚めるのも時間の問題だろう。そうなった場合、文句を言われるのは伊作だ。

仕方がない。普段伊作に世話をかけているのだ、今回くらいは憎まれ役を買ってやろう。そう思い立ち一歩踏み出した。

「おい、いさ…」

「!文次郎…あっ、危ない!!」

どうやら思った以上に限界が近かったようだ。
いつの間にかふらついた体は廊下の端へ進み、足が空を踏み抜いた。

(この程度で、情けない)

狭まる視界に大きく見開いたつり目が入り、視界が闇に閉ざされる。

「文次郎!あぁだから徹夜は控えろって言ったのに!!文次郎、しっかり!」

うるさいな、この程度で騒ぐな、と思ったが口を開くのも億劫に思ったところで意識が途切れた。



* * * * * * * * * * * * * * *



目が覚めると見慣れた天井が目に入る。それが保健室の天井だと思い出すまでまた時間がかかった。

体が重い。
全身に鉛をくくりつけられているようだ。

(鉛ならどんなに良かったことか)

鉛ならば鍛練にもなるものを、とぼんやりと考えるにも時間がかかる。目の前に幼い子どもの顔があり、覗き込まれていることを認識するまでも時間がかかった。

「…………あ!?」

「うわ!」

反射的に体を起こすと体を起こすと目前にある顔と額同士をぶつけて視界に火花が散る。

「痛っってぇえ〜…」

だるさに耐えながら顔を向けると傍で幼子が引っくり返っていた。
鋭さがない猫のような大きな目と全体的にもっちりと柔らかな体が印象的だがひと目で誰かわかった。

「お前…留三郎、か?」

幼子は目に涙を溜めながらもこくりと頷く。頷いたために大粒の雫がぼろりと落ちた。

「いさくにたのまれた。でかけてるあいだ、もんじろうのみはり、してろって」

見張りとは大層な言いぐさだ。逃げるとでも思っているのだろうか。
いや、確かに未だ手をつけていない課題もあるし、鍛練を欠かすことは避けたいからと脱走をしたことなど無いとは言い難いが…。

まぁ何にせよ、伊作は無事に薬草採りに出掛けられたようだから良しとしよう。

「…またおいてかれた。おまえのせいだ」

「お前、そんなに伊作のことが好きか」

しょんぼりと頭を垂れる留三郎に尋ねればゆるゆると首を振る。

「ちがう。…だれもいないのは、さみしい」

成る程、あそこまで食い下がっていたのは寂しかったからなのか。なんとも子どもらしい、幼い理由だ。

忍としてどうかとは思うが、今の留三郎はただの幼子。わけのわからない状態で四六時中一緒にいる奴が居なくなって不安でない筈がない。

「……すまん」

寂しげな表情に普段なら絶対に言わないであろう言葉がすんなりと転がり出た。

「もんじろうがいっしょだから、いい」

「…俺のこと、知っているのか?」

「しらない。たおれたときいさくがそうゆってたから」

「……そうかよ」

幼児化して一度も会っていないから仕方がないとはいえ、面と向かって言われると意外に傷つく。

(俺のことを忘れるとはいい度胸じゃねぇか)

元に戻ったら殴ってやろうと心に決めた。

「でも、みはるやつがもんじろうでよかった」

「……は?」

首を傾げれば、猫のような丸みを帯びている目が上体を起こしたままの俺を見上げる。

「もんじろうがたおれてたとき、こいつはおれのだっておもったんだ。おれがまもるんだって」

よくわかんねーけどな!と笑う幼児を見て眉間にしわが寄った。

「……………そうかよ」

訂正する。殴るだけでは飽きたらない。背負い投げもしてやろう。

(恥ずかしい奴…)

この発想は幼児の頃から健在だったのか。一体何人にその言葉を言ってきたのか。

それとも、

(……俺だから…?)

ぶわりと顔が熱くなり、瞬時に布団に倒れ込んだ。その勢いの強さのまま後頭部を床に打ち付ける音が空気を震わせ、留三郎が大きな目を剥く。

「もももももももんじろ!?あたまいたくないか!?ぶつけてない!?」

「問題ない、寝る!」

赤く染まった顔を見られまいと背を向ける。すると後頭部に小さな手を当てられ「いたいいた〜いのとんでけ〜」と撫でられた。
ガキ扱いされているようでむず痒さを感じたが、嫌悪感は無かった。

背後でふにゃふにゃと息を感じて振り返ると大あくびをする留三郎が目に入る。
きっと明け方からずっと起きて見張っていたのだろう。

「おい」

「なっ、なんだよっ」

見られていたことが恥ずかしいのかやや顔を赤くして俺を睨む。

「寝ないのか」

「おれはおまえがにげないようにみはらなきゃいけないからな!」

余りある責任感。やや頑固なところも変わらない。
面倒だが、嫌いではない。

「ん」

布団を持ち上げて見せるが留三郎は意味がわからないようで首を傾げた。

「…入らないのか?」

「え?」

「居眠りしてる間に逃げられたら困るんだろ?一緒に寝れば問題無いんじゃないか?」

留三郎がぱっと顔を染め、もじもじしながらももそもそと布団の中で俺の背中に抱きつく。
別にそのままでも構わないのだが、ふと悪戯心が芽生えて急に寝返りを打って抱き締めてやった。

「わ、わ、わ」

「こうすりゃ逃げようがないだろ」

すると抱き締められるのが気に入らないのか、憤慨したと言うようにもっちりとした頬をぷっと膨らませる。

「みはりするのはおれなのに!」

「あーあーうるせぇうるせぇ」

ぽんぽんとその背を軽く叩き、抱く腕の力を強める。

「いいから、さっさと寝ろ。んでさっさと大きくなりやがれ」

しばらく静かだったが、胸に頭をぐりぐりと押しつけるようにすると、すやすやと寝息を立て始めた。

頭を擦り付けられたせいではだけられた胸に柔らかい前髪があたってこそばゆい。親指をしゃぶっているのか、時折ちゅ、という音をたてている。

「…あーーーーーーー…温けぇ」

何もかもが変わっているというのに、体温だけは自分が知っているものと同じであることに気付く。
幼い寝息に誘われ、徐々に眠りに誘われていく。

(早く元に戻りやがれ、ばかたれ)


* * * * * * * * * * * * * * *



とっぷりと日が暮れ、月が裏山の上に顔を出した頃にぼろぼろになった伊作が帰り着いた。

「ただいま〜。すまない留三郎、帰りに山賊に追われて遅くなってしまった…ん?」

仙蔵が保健室の障子の前でニヤニヤしながら人差し指を立てる。
そろりと開いてみれば月明かりで薄ぼんやり見える室内に昼飯の膳を片付けぬままにすやすやと寝こけている二人の姿があった。

「…あーあ。たった一日で取られちゃったなぁ」

残念そうな口ぶりの割に穏やかな微笑みが浮かんでいる伊作はそっと障子を閉めた。






翌朝、生徒たちは留三郎が保健室の床に叩きつけられる音で目が覚めることになる。



END.


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