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短編倉庫
静かな日の話

雪の降る日だった。

小平太は体育委員総出で裏々山に出掛けているし、ライバル不在の田村はユリコをはじめ愛する数々の火器を整備することに精を出している。
同室の仙蔵は学園長のおつかいで不在、長次は図書の管理、伊作はおそらく保健室で薬の調合をしているのだろう。いつもなら六年の長屋まで聞こえてくる一年の声も今日は聞こえてこない。

ほぼ全くの無音。
耳が聞こえなくなったのではないかと錯覚しかねないほどの静寂。
その静寂の中、文次郎の背中に微かな衣擦れの音と共に体温と重みが加わった。

振り返らず視線だけを送ればそこには先程まで大の字になって寝ていた留三郎が寝起きの腫れぼったい目のまま寄りかかっていた。
体温と重みの心地よさにそのまま放っておくと、程無くしてツンツンと袖を引かれて振り返る。伸びてきたその手には一口分の大きさにちぎられた饅頭があった。
一体何処から、という疑問が脳裏をよぎるが考えてみればこいつの所属する委員会は一年生が多いため、時折懐や袖に菓子を仕込んでいるのだ。

あ、と口を開けて待てば口の中に饅頭が放り込まれる。
あんこのたっぷり詰まったそれをしばし楽しみ飲み下せば、見計らったかのように後ろから手が伸びてきた。

親に餌を運んでもらう雛鳥のような心地でいたそれが数回繰り返された後、再び袖を引かれて振り返りーーーーーーー…唇を塞がれた。

留三郎がまんじゅうの欠片を口に入れたところまでは見えたが、そこから先の展開が急すぎて覚えていない。
目を白黒させていると口吸いの合間に唾液を吸った饅頭の欠片を口に押し込まれた。そこでようやく我に返り、留三郎を突き飛ばして口の中の饅頭をろくに噛まないまま飲み下す。

「…なにしやがる」

「だって、構ってくれないから」

おねだり、と笑う少年を睨み付け、そして息を吐いた。

「珍しく静かに本が読めると思ったんだがな…」

「一緒に居るだけじゃ勿体ないんだよ…」

自分と彼しかいないこの部屋には先程までの甘いような静かな雰囲気が名残のように残っている。
それに便乗するかのように文次郎は物言わぬまま口を開けると、言葉にせず留三郎に菓子をねだった。


END.

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