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短編倉庫
新たな朝に
はー…と文次郎は息を吐いた。
すでに爪先には感覚がなく、両手は真っ赤だ。

「さすがにバイトを詰めすぎたか…」

暗い夜道で一人ぼやくと、言葉が白い息になって霧散していく。

(今年も帰省できなかったな…)

実家の家族を思い、親不孝者と自分を罵ってため息を吐く。
ちゃんと年賀状は出したが、やはり顔を見せに帰るべきであった。
「よお」

暗闇の向こうで声がしたため、文次郎は思わず身構えた。

「おいおい、待てよ。俺だ」

慌てた声に目を凝らしてみれば、よく見た顔がぼんやりと見えてくる。

「食満」

「こんな時間までバイトか?」

「まぁな…お前はどうしたんだ。まさか、大晦日なのをいいことに深夜まで遊んでいたんじゃないだろうな」

「んなわけあるかよ。この辺じゃ俺とお前以外、みんな実家に帰省してんだぞ?一人寂しく遊べる程器用じゃねえよ」

ポケットに手を突っ込み、不機嫌を隠さずに表情に出す食満の鼻は夜の冷たい空気で赤く色づいている。

「…もうすぐ年越しだな。お前と一緒に年を越すなんて真っ平御免だ。じゃあな、よいお年を」

「食満」

「あん?」

踵を返した食満が文次郎を振り返った途端、じゅう、と熱い物体が顔面に押しつけられた。

「あ」

「熱っっちぃ!何しやがっ」

食満がその手からもぎ取ったのはまだ熱い肉まんだった。

「今日売れなかったら廃棄になるから貰ってきたんだ」

自分の分を懐から取りだし、冷えつつある両手を温める。

「…お前も歩き食いするんだな」

「いや、向こうに公園があるからそこで食べるつもりだ」

「お前行儀良すぎ。つまんねー奴」

「そう言うお前は行儀が悪いから頭も悪いんだよ、ばかたれ」

「んだと!?」

食満がいつも通り、文次郎に掴みかかるーーーーーーーー直前。

ゴーン…という鐘の音が低く夜空に響き渡った。

「除夜の鐘だ…」

「はぁあ!?マジかよ!本気でお前と年を越すことになるなんて思わなかった!」

「正確にはまだ年を越した訳じゃないがな。立ち去るなら今のうちだぞ」

追い払うように手で払う仕草をしてやるが、食満は少し考えて頭を横に振った。

「ん〜、やっぱいいわ。わざわざお前のせいとはいえ俺が移動してやるなんて気に食わねえ」

「面倒な奴だな」

「うるせえな。いいからその公園の場所教えやがれ」

「お前も来るのか?」

「ここまで来たら仕方ねぇだろ。お前と一緒に年を越してやる」

「……そうかよ」

「やっぱり夜中は冷えるな…」

「懐に入れると温かいぞ。肉まんも冷えないし一石二鳥だ」

「お前好きだよな、その言葉……ん?そう言えばお前、この肉まんも懐から出してなかったか?」

「ああ。まだ温かいだろう」

「うげ、オッサン系男子の逞しい胸板に抱かれた肉まんとかキモいっつーの」

「いらんなら返せ」

「いやまぁ食うよ、食うけどよ…可愛い女子の胸の谷間で温められた肉まんが食いたかったなぁ」

「そんな女子がいるわけあるか。現実を見ろ」

「こんなときくらい夢見させろよ」

「そのふしだらな夢を落とすのが除夜の鐘の役割だろ」

深夜の公園は静かにたたずむ遊具たちが、昼とはまた違う雰囲気をつくりあげている。

ベンチの無い公園らしく、地面に半分埋められたタイヤに腰を下ろす。

「公園なんて何年振りに来たんだろうな。覚えてるか?俺とお前でどっちが早くタイヤ飛びをできるかって競争したんだけど、俺の方のタイヤが途中で折れてさ。顔面から地面に落ちたんだよ」

「…ああ、覚えている。情けなく大泣きしたもんだから驚いた」

茶化すような言葉に食満が気恥ずかしそうに唇を尖らせる。

「お前、慌ててハンカチで顔拭いたりしてくれたんだよな」

「ばっ…あれは伊作だ!」

「いや、お前だった。俺、あの時のハンカチ持ってるからな。今と違って昔は字ぃへったくそだったもんな。読みとるのに時間かかっちまった」

「なんでまだ持っているんだよ!」

「他人のものを簡単に捨てられるような気質じゃないもんで」

「じゃあ返せ」

「やーだね。俺の麗しき幼少期の思い出だ」

食満が笑いながら肉まんを頬張るのを見て文次郎も一口かじる。

甘い。

「ん?」

「どうした」

文次郎が不快な表情をしたため、食満が訝しげに尋ねる。

「店長、片方間違えてる。俺のはあんまんだった」

「わはは、残念だったな!ざまあみろ!」

「何だとテメェ、肉まん寄越せ!交換しろ!」

掴みかかる文次郎の腕から逃れるように体を捻って肉まんを死守する。

「何が悲しくて男の食いかけ食わにゃならねえんだよ!」

「元は俺の肉まんだろうが!」

「テメェが押し付けたんだろ!」

等間隔に並べられたタイヤの上を飛ぶように駆け、ジャングルジムを登り、運梯の上から飛び降りる。

「こっちだバーカ!」

「その程度の高さ、階段を使う必要すらないわ!」

言うなり、文次郎は助走をつけて滑り台の天辺に掴まるとそのまま飛び乗った。

「ギエー!それは反則だろ!」

「勝負には時に小狡さも必要なんだよ!覚悟しろ!」

「ちょっ、まて、狭っ…あ!」

食満の胸ぐらを掴むとバランスを崩した食満に引っ張られてしまい、二人で滑り台から転がり落ちていった…。


「…なぁ、食満」

「あ?」

ようやく興奮も冷めたころ、土の上に寝転がったまま二人は空を見ていた。

「何故帰省しなかったんだ?用事でもあったのか」

「親が年末年始はハワイで過ごすとかほざきやがってな。兄貴たちも帰らねぇし、俺も帰省するよりはこっちにいた方が気楽だからな」

「ふーん」

「まさか、お前と年を越すことになるなんて思わなかったけど」

「それはこっちの台詞だ」

すっかり温くなったあんまんを口に入れる。寝転がったまま何かを食べるなんて久し振りだった。

「ん」

「…何だよ」

その手には綺麗に半分に割られた肉まんがあった。

「半分やる」

「どうも」

「代わりにあんまん半分寄越せ」

「じゃあお前が割れ」

あんまんを渡すと食満が苦笑する。

「お前不器用だもんな」

「うるさい」

半分になって戻ってきたあんまんは綺麗に割られていた。

「昔も」

「あ?」

「昔、お前とお前の兄貴は一緒におつかいに行ってただろ」

「懐かしいな」

「んで、俺ちょうど犬の散歩しててさ。いつもお前らと商店街のところで会ったろ」

「そうだったか」

「そしたらさ、お前の兄貴が毎回肉まんとあんまん買ってくれてた」

「…それは覚えてる」

「ブラコン」

「違う!」

「俺がいたことは覚えてないくせに」

そう言われては黙るしかない。
事実、文次郎は兄を慕っているがそれは兄弟として自然な感情なのであって、断じてブラコンなどではない(と思いたい)。

「夕飯があるからって、こうして半分こしてさ、さらに半分にしたやつ食いながら一緒に帰ってたな」

「甘いの食べたらしょっぱいのも食べたくなるだろって言っていた」

そういえばここ半年ほど家に帰っていなかった。お盆に一度は帰省したものの兄は仕事が忙しかったため、実に一、二年近く顔を見ていない。

「……帰りたくなったか?」

「はっ?」

「寂しそうな顔してんじゃねーよ」

「今更、寂しいわけあるか」

眉を寄せた文次郎を食満が鼻で笑った。

「まぁそう言うな。例えばここに新幹線のチケットがあればお前、帰るだろ?」

「そりゃあ…正月だからな」

「ん」

ぴらり、と封筒が取り出される。

「何だそれは」

「新幹線のチケット」

「……は?」

「お前の兄貴から。元日でもいいから帰ってこいとさ」

「何でお前にっ」

「そりゃあ…」

言いかけると、食満が顔をぶわりと赤くした。

「け、食満?」

「…何でもねえよ!帰る!」

「おい、食満!」

背についた土も払わぬまま飛び起きるとずんずんと歩いていく食満を呼び止めた。

「……何だよ」

「明けましておめでとう。今年もよろしく」

「……お、おう!今年もよろしく」

足取りも軽く食満が帰っていく。
その背を見送り、封筒を見たときに中身が二枚入っていることに気付いた。

「ばかたれ」

自分の分が入っていることに気付かなかったあの馬鹿をどうするか苦笑しながら考える。

明日朝イチに迎えに行ってやろうか。そうしたら、ついでと言って初詣に行って、甘酒を飲んで。

『今年もよろしく』

文次郎は頬が自然と綻ぶ理由を知らない。胸が温かい理由も知らない。
きっと半分こした肉まんのお陰だろうと思い、腰を上げた。




END.

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あきゅろす。
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