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短編倉庫
はぐ

一体今日は何だというのだろうか。
食満留三郎は屋根の上から庭や長屋の様子を一望した。この暑い中、学園のあちこちでおしくらまんじゅうをしている奴等が目に入る。
一年は組を筆頭とした下級生共は勿論、タカ丸に捕まえられたようにぎゅうぎゅうと団子になる四年生(武器込み)、何故か楽しげにまとまって木陰でこれまた団子になって寝こけている五年生。
六年生にそのように馴れ合う姿はないが、間違いなくいつもより触れ合う頻度が高かった。
例えば、明朝に仙蔵と『お使い』に行った伊作。

「じゃ、留さん!行ってくるね!」
「おう、気をつけろよ」

そう言ったが伊作は部屋の前から動かない。というか、その広げられた腕は何だ。

「留さん?」

「んだよ、ニヤニヤしやがって気持ち悪いな。早く行かないと置いていかれるぞ」

「う、うん…」

伊作は一瞬しょんぼりとした表情になったが、キリリと表情を引き締めると思いきり俺に抱きついてきた。

「ぐえ!」

「よし!行ってきます!」

何が よし! だ!

「わけわかんねえ…」

伊作のいなくなった部屋で俺はそれだけ呟き、再び布団に潜り込んだ。

そういえば、態度がおかしい奴が向こうの樹の上にもう一人。

「…おい、文次郎!そんなところで何しているんだ?」

樹の枝の間からこちらを見つめていた影が動き、ガサガサと音を立てた。

「ーーーーーっ、た、鍛練だ!」

「俺の仕事してる姿を見ていたんじゃなく?」

「誰が見たがるか!自惚れんな、バカタレ!」

「………もんじろー、こっち来いよ」

このまま見つめられているのも悪くないがどうせ見るのならもっと傍で見て欲しい。

「一緒に休憩しようぜ」

* * * * * * * * *

さて、困ったことになった。

「饅頭美味いな〜」

「……おう」

文次郎は渡された饅頭を口に運びながらうろうろと目を泳がせた。

「もういいのか?」

「あ?」

「全然、見てくれねえから」

おそらくさっきのことを言っているのだろう。

「…バカタレ」

こんな至近距離では見られるものも見られんわ。

そもそも文次郎には留三郎が仕事する姿を目に焼き付けるつもりなど毛頭なかった。

(くそ…仙蔵の奴…)

今朝方のことだ。
仙蔵が『お使い』に行くとき、俺に抱きついてきた。

「…何の真似だ」

「知らんのか?今日は八月九日。『はぐの日』だ」

「…はぐ?」

「『はぐ』とは南蛮の言葉で『抱き締める』という意味らしい。この日は友人や大切な恋人とはぐをしないといけないそうだ」

「へぇ…」

「ちなみにはぐをしなかった者はもれなく死ぬ」

「おいおいおい」

「…というのは冗談だが、」

「当たり前だ」

「だが、大切であれば大切である者程、何かしらの災難が降りかかるだろう。これはそれを避けるための南蛮のまじないなのだ」

仙蔵の言葉がいやに耳に残った。

『大切である者程』。俺は無意識に留三郎に目を向ける。と、同時に饅頭を咀嚼している彼とバッチリ目が合い、反射的に逸らしてしまった。

「文次郎、どうした?」

「いや…な、なんでもない!」

心臓がうるさい。

(何を緊張しているんだ!?俺からしなくてもどうせこいつからしてくるだろが…!)

深呼吸をし、腹をくくって再び留三郎に向き合った。

「……文次郎」

(来た!)

留三郎の手のひらが頬に触れ、反射的に目を瞑るがいつまで待っても予想していた動きはなく、そろりと目を開けば留三郎がペロリと餡子を舐めていた。

「餡子、付いてた」

「ーーーーーそ、そうか」

(…死にたい!)

文次郎は今すぐ顔を覆って転げ回りたい衝動に駆られた。いや、今の行為も十分恥ずかしいが、今のではまるでこちらが期待していたみたいではないか!

「…も、文次郎…?」

一人で赤くなったり青くなったりしている文次郎を心配したのか、留三郎が顔を覗き込んできた。

「…ど、どうしたんだ?さっきから妙にそわそわしているようだけど」

その言葉に文次郎は眉を潜める。まさか、まさかこの男。

「留三郎…今日が何の日か知っているか?」

留三郎がキョトンとした表情になった。

「え?…今日…か、開校記念日?」

文次郎はがっくりと項垂れた。
もちろん、今日は開校記念日などではない。

(こいつ…今日のことを知らなかったのか!)

考えてみればそうだ。こんなイベントを知っていたらこいつは嬉々として周りの下級生に抱きつきまくっている筈である。

(…こいつが今日のことを知らないということは)

文次郎の額から汗が一粒落ちた。

(…俺が、やるしかない!!)

「…と、留三郎」

緊張で声が裏返る。何も知らない彼は首を傾げ、文次郎をまっすぐ見つめてきてさらに鼓動が早まった。。

「……」

「……」

「……」

「……」

両腕を中途半端に上げ、襲いかかる直前の熊に似たポーズのまま固まってしまう。

(…駄目だーーーーー!)

ガン!と文次郎はそのまま勢いをつけて屋根に頭突きをした。

「えっ、御乱心!?」

留三郎は直したばかりの屋根に突然頭突きを始めた文次郎を慌てて押さえにかかる。

「ばっか、おまっ、いきなり何してんだよ!」

「煩い黙れ!」

「一旦落ち着…」

勢いをつけて振り払った途端、留三郎の体が均衡を崩して屋根を転がり落ちようとした。

「っ留三郎!!」

文次郎は留三郎に向かって腕を伸ばした。しかし腕は届かず指を掠めるだけに終わる。

「っくそ!」

『大切であれば大切である者程、何かしらの災難が降りかかるーー』

「あれ…落ちてない?」

「…ま、間に合ったか…」

留三郎は運良く枝を掴んだ文次郎に片腕で抱えられてなんとか地面に落ちずに済んでいた。

「…おい留三郎、先に登れ。俺は後から自力で…っ!?」

言い終わる前に留三郎がひょいと枝に乗り、文次郎の手を取って引き上げた。

「とっ、留三郎?」

「助けてくれてありがとうよ、文次郎。…ところでお前、今日なんかおかしいよな?」

にっこりとした爽やかな笑みの筈だが冷や汗が背筋を伝う。

「何があったか全部、教えろよ」


* * * * * * * * *

「ーーーーーはぁ、はぐの日ぃ?」

留三郎は全身から力が抜けるような感覚がした。

「…お前、馬鹿じゃねえの…」

どう考えても嘘だろ、それ。

「何だと!?俺は俺なりに真剣にだな…」

呆れた様子の物言いにカチンときたらしい文次郎を余所に、留三郎はふと記憶を漁った。

(そういえば今朝も…)

「おー!留三郎!おはよう!」

「ぐぇっ!」

後ろから小平太が突進するように肩を組んだものだから危うく朝飯をひっくり返すところだった。
長次に抱き止めて貰ったからなんとかなったが。

工具を持ってここに来るまでの間だって、平太、喜三太、しんべエに会った途端に抱きつかれた(足や胴に)。

そうか。
思い出せば、あれも、あれも、あのときも。全部『はぐの日』に則ったものだったのか。

「っ聞いているのか食満留三郎!」

留三郎はその声に意識を現実へ戻した。

「なぁ文次郎」

留三郎がずいと身を乗り出すとその分だけ文次郎が後ずさる。

「お前、俺にしてくれないの?」

「っ何を」

「『はぐ』」

分かりやすいようにわざと口をはっきり動かす。

「…さっきしてやっただろうが!」

顔を真っ赤にして言うと文次郎はツンとそっぽを向いてしまう。

さっき?いつ?どこで?

そこでさっきの助けて貰ったとき抱き抱えられていたことを思い出す。

「…あれが?」

「わ、悪いか!」

「ああ悪いね!『はぐ』っていうのはなぁっ」

「おわっ!」

文次郎は腕を引かれ、次には体温に包まれていた。

「こういうのだろ?」

「……!…ば、ばかたれぇ…」

文次郎が背に腕を回そうとするところを見計らって体を離す。

「……ぇ、」

「?何だよ?」

一瞬見せた寂しげな表情が、俺の狙いに気づいたのか段々不機嫌なものに変わっていく。

その様子に自分の表情筋が緩むのを感じた。それが益々文次郎を不機嫌にさせることはわかるのだが、これを止めるのは何とも難しい話であろう。

「…なぁ、文次郎」

腕を広げて見せると少しばかり迷う素振りを見せたが、やがて文次郎は大人しく俺の背に腕を回した。





end.




8/9 ハグの日!ということでついったーにのせたものを加筆修正したものです。
やっぱり長い…!

普段言葉にも態度にも出さないけれど、文次郎は留三郎を『大切な恋人』として見ているんです。


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