短編倉庫
七夕語り
昔々、あるところに織姫と彦星がおりました。
二人はとても仕事熱心で、織姫は毎日算盤を弾き、彦星は毎日壊れた用具の修理をしております。
そんな二人に天帝は言いました。
「見合いをしてみないか?」
二人はそういうのに興味ないと頑なに首を振って逃げようとしましたが、天帝の「話が進まんからさっさと見合いしろ!」という一喝により渋々見合いをすることになりました。
そして見合いの日。
二人は天帝の前で見合いをすることになりました。
「文次郎、こいつは留三郎といって、周りでは彦星と呼ばれている男だ。留三郎、こいつは文次郎。周りでは織姫と呼ばれている。こいつがいるから今の天界が成り立っているようなものだぞ」
「ちょっと待てよ仙蔵、こいつはおもいっきり男じゃ…」
文句を言おうとした留三郎の目前に天帝の投げた織姫の10kg算盤がめり込みます。
「天帝と呼ばんか、阿呆め。私はこのあと昼寝…仕事があるから、後は二人でゆっくりしているんだな」
天帝は大あくびをしながらその場を立ち去ってしまいました。
困ったのは残された二人です。
「つうか、見合いって何をすればいいんだ?」
「俺知ってるぜ!彦星だからな」
「意味がわからっ…」
彦星は織姫の体を自分の方に向け、じっとその瞳を見つめ続けました。
「おい、お前っ…!?」
「しっ…今俺たちは見合いしてんだぞ。無駄なことは喋るな」
彦星は織姫の唇に人差し指を押し当てて制し、そのまましばらく見つめ合っていました。
しかしそれから待つこと数分。
おもむろに織姫が彦星の顔を殴りつけました。
「〜〜ってぇえ!!てめぇ、何しやがる!」
彦星は振り返って睨み付けた織姫の顔を見た途端、心臓が跳ねるのを感じました。
織姫の顔は真っ赤に染まっていたのです。
「み、見合いってのは、こういうのじゃねえだろ!」
その顔があまりにも可愛らしく、見事にハートを撃ち抜かれてしまった彦星は、
「ーーーーーーー…結婚、してください」
うっかりプロポーズしてしまいました。
織姫は赤くなった顔を更に赤らめ、もう一発彦星を殴りました。
「っ痛ぁあああ!?」
「ば、バカタレ!正気にならんか!お前は今この見合いという場の雰囲気に流されているだけだ!」
「いや、でも…」
彦星はもう一度、織姫をまじまじと見つめました。
男らしい太い眉、その下に黒々とした隈を蓄えている左右で形の違う大きなギョロ目、への字に結ばれた大きな口。全身の筋肉はしっかり鍛えられており、肩幅も広いしガタイもいい。背も自分とあまり差がないくらいだ。
「…確かに、おとこおとこしてるよなぁ」
「だろ!だから、」
「でも結婚したい」
「何でそうなるッ!」
織姫はダンッ!と地団駄を踏みました。しかし彦星はお構い無し。再度「結婚してくれ」とプロポーズしてきます。
「俺は男だぞ!女とは違うんだ!それなのに俺を欲する理由を答えろ!」
「理由?」
彦星は織姫の目を見つめ、手首を掴まえて無理矢理引き寄せて唇を合わせ、
「お前が欲しくなった」
あっさりと答えました。
「……ばっ、ばかたれぃ!」
彦星は頬を思いきりビンタされ、突き飛ばされてしまいました。
「文次郎!」
「本当に俺が欲しいなら捕まえてみろ!」
「へっ…」
「俺は全力を以てお前と戦うぞ!それでも俺が欲しいなら…」
「…いいぜ…絶対お前に勝つからな文次郎!勝負だ!」
それから二人の戦いは始まったのでした。
彦星は昼夜問わず織姫に勝負を挑みました。
時には逃げられ、時にはボコボコにされてすごすごと帰る日々が続きました。
彦星があまりに熱心な求愛(勝負)ばかりをしているので織姫も彦星も仕事は放ったらかし。
目を通されていない帳簿は山のように積み上がり、修理を必要とする用具は溜まっていく一方です。
天帝もいい加減何とかせにゃならんなと頭を痛めていました。
そんなことも露知らず、元々熱中すると周りが見えなくなる二人ですから、織姫と彦星は周囲の状況など関係なく愛の追いかけっこを続けていました。
そして、二人の見合いから一年。
ついにその追いかけっこに終止符が打たれたのです。
「……つっ…か、まえた!」
ボロボロの彦星の下には、両手を頭の上にまとめられ腹の上に馬乗りになって押さえつけられている織姫の姿がありました。
「苦節一年!ようやく捕まえたぞ文次郎!約束だ、俺と結婚しろ!」
「………お前…馬鹿じゃねぇの…」
織姫は頬を染め、視線を逸らして呟きます。
「仕方ないだろ。お前が好きなんだ!結婚してくれ!」
「…………も」
「え?」
彦星が耳を寄せると、織姫は小さな声ではっきりと言いました。
「俺だって…お前が好きだ…」
「っ〜〜!!も、文次郎!」
「約束だ。結婚しよう…留三郎」
二人がひしと抱き合った、その直後です。
突然滝のような雨が二人を襲いました。
雨はどんどんその量と激しさを増し、やがて大きな川になります。
波は荒れ狂い、凄まじい嵐にたちまち二人は引き離されてしまいました。
「文次郎!無事か!?」
「ああ!だが…」
二人は川を挟んで対岸に流れ着いてしまっていたのです。
「これじゃあ、あいつの傍に行けない…」
織姫は目を伏せ、悲しげに拳を握りました。
もっと早く自分の気持ちを伝えていれば。そうすれば、こんなことは起こらなかったのだろう。
一年間仕事をせずに勝手な勝負事に興じてしまった自分を悔やみました。
「文次郎!」
彦星の声に織姫は顔を上げました。
「俺は橋を造るぞ!この川を越えるくらいに大きな、丈夫な橋を!その橋を渡ってお前を迎えに行くから!」
織姫の頬を涙がつたいました。
「何億年かける気だ…ばかたれが」
しかし、彼の顔には笑顔が浮かんでいました。
こうして織姫と彦星は無事に結ばれ、突然現れたら巨大な川は後に天の川と名付けられて地上から愛でられる存在になりました。
二人はまた以前のように、仕事を熱心にこなすようになりました。しかし、二人とも以前とは仕事の張りが違います。
彦星は仕事の合間を縫って橋造りに励み、織姫は元々習慣づけていた鍛練の量を増やすようになりました。二人は遠くにいながらも互いを想っていたのです。
そんな一年経った七月七日。
留三郎はいつも通り橋造りに精を出していました。今日は愛しい織姫との結婚記念日。しかし、未だ橋は半分も造ることができていません。
「…文次郎…」
そのときです。
どがん、という破壊音、水の流れる音。
驚いて天の川の岸辺に走ると、普段ならごうごうと音をたてて流れる水がほとんどありません。
「っ、文次郎…」
今なら渡れる。織姫に会うことができる。彦星が走り出そうとしたとき、その肩に手がかかりました。
「どこに行くんだ、留三郎」
驚いて振り返れば隣には夢に見るほど焦がれた伴侶の姿があるではありませんか。
「も、文次郎!なんで…」
「ん…いや、お前が橋を造るのを待っていては何億年かかるかわかったものではないだろう。だから、あの川の川底に少しばかり穴を空けてだな…」
「川底に穴!?お前、その穴を誰が修理すると…」
ふわりと織姫が抱きつき、彦星は文句を飲み込みました。
「それほど会いたかったんだよ。察しろ、バカ留」
彦星は喜びと興奮にじわじわと全身が熱くなるのを感じました。そして、それほどまで自分に会いたがっていた織姫をたまらなく愛しく感じたのです。
こうして二人は年に一度、七夕の夜に会うことができるようになりました。あまり川底を壊すと修理費用がかかってしまうからです。
彦星はまだ橋を造り続けています。ですから、織姫は毎年川の底に穴を空け、天の川の水を地上に降らせて量を減らした後に愛しい夫の元へ通うのです。
七夕は過ぎたって?七夕が来月のところもあるからセーフだよ!
\(^o^)/
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