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短編倉庫
こだま (雑山


少年が泣いていた。
不思議なことにその子は自分であり、男はその幼い自分を外側から見ている。
ぐしぐしと情けなく涙やら鼻水やらを拭う自分は己の手を握ったまま傍に佇む青年に向かって吐き捨てる。

「山本なんか、きらいだ」

「奇遇だな、私も嫌いだ」

そう間を置かずあっさりと吐かれた言葉に少年は手を繋ぐ青年を見上げた。

「………ほんとに?」

「お前はどうなんだ?」

向けられる視線は優しく穏やかで、春の日だまりを感じさせた。
堪らず少年がその逞しい体に抱きつく。

「…大好きだ!」

半ば叫ぶように言えば優しい微笑みが返ってきた。

「そうか。…私もだ」













「何をニヤニヤしているんですか、組頭」

「なに、懐かしい夢を見てね」

「…そうですか。本日の分です」

男の机にどさりと紙束がひと山できた。

「なにこれ」

「言ったでしょう、本日の仕事です」

「せっかく夢見心地のいい気分だったのに…」

「仕事を放っぽって昼寝していた人が何を言うんです」

「へーんだ 陣内のけち 頑固 オッサン」

「はいはい、何とでもどうぞ。仕事はしてくださいね」

「…陣内なんか、嫌いだ」

「ーーーーーーーーーーーーーーー」

背を向けていた彼がくるりと振り返る。

「…私は、好きですよ」

そう微笑むと、彼はさっさと踵を返した。

「………へぇ」

男は音もなく立ち上がり、目の前の襟首を無造作に掴むと引き倒した。

「…………あなたは何を、」

「さっきの、訂正しなくちゃ」

男は片方しかない目を細めて笑う。

「陣内はけちでオッサンだけど、昔より素直になったね」

「……」

「奇遇だよねぇ、私も大好きだよ」

「…オッサンはあなたも一緒でしょう」

「私の方が若いもん」

呆れた様子で息を吐く男の顔を覆う布を剥げば、赤く染まる頬が晒された。




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