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短編倉庫
Show time!


大川動物園には様々な動物がいる。

元々が園長の思い付きから始まったことも相まってか、その辺にいる小さな鼠から未開のジャングルの奥地にしか生息していないような猛獣まで、この園の中で野生の頃と大して差の無い気ままな暮らしをしていた。

そして、園長の『面白いなら何でも良し!』という精神からその種族は陸地に棲むものから空を舞うものに至り、今や隣には水族館が併設されている。
そんな何でもありの動物園は大川園と呼ばれている。



「あっ、留さん!!次ペンギンだって!ほら、出てきた!!」

「わーってるよ。んな騒ぐな、恥ずかしい」


食満留三郎はこの大川動物園に週一で通っている高校生である。
正直、彼にとって動物なんて興味の対象外だ。可愛い動物なんてもとより、奇妙な動物には寒気がするくらいに。
そんな彼が高校生の貴重な小遣いをはたいてまでこの園に通う理由。

それは。

「あ、潮江さんだ!」

その言葉にだれていた留三郎の態度が一変した。
溶けるのではないかと思えるほどだれていた背筋をぴしりと伸ばし、落ちてしまうのではないかと思うほどに身を乗り出して食い入るようにステージを見つめる。

「ほんと、分かりやすいよねぇ」

「う、うるせー」

ショーのペンギンを引き連れて現れた男性飼育員は、名を潮江文次郎といった。
どんな猛獣も彼にかかればあっという間に従ってしまうという噂の飼育員だ。


最初に彼を見たのは半年前。弟たちを連れて初めてこの園に訪れたときだ。
あのときは、確か動物に餌を与えていた。

動物を誘導する横顔と、動物たちに何か語りかけているような姿。

何故だろう、ひと目見た瞬間に目が離せなくなっていて、気付いたら次の週も足を運んでいた。

それから、週に一回。

毎週火曜日に足を運ぶのが留三郎の日課になった。

「かっこいいねぇ」

伊作の一言で我に返った。
まさか、まさかこいつ。

「えっ!?まっ、まぁ確かにかっこいいけどよ、俺としては笑った顔とか可愛いところもあると…」

「だよね!あのイワトビペンギン、キリッとしてて目付きとか留さんそっくりだし!でも歩き方とかすごく可愛いんだよねー!」

「…そーかよ」

我ながら馬鹿馬鹿しいくらいにはまってしまっていることを自覚させられる。

(一体、俺はどうしちまったんだ…)

<<はい!それではここでイルカのタキちゃんのお手伝いしてくれる方を募集します!どなたかいらっしゃいませんか〜?>>

「ほら留さん!出番だよ!」

「バカ、女子ならともかく男子高校生が出ていってもサムイだけだろ」

しかし予想に反して客の中から手は挙がらない。

<<…ど、どなたかいらっしゃいませんか〜?>>

司会の女性も潮江さんも少し困った様子で目を合わせ、苦笑いをしている。その様子が…なんだろう、

「ムカつく…」

「あれっ?留さん、ワキの下にゴミついてるよ」

「え、マジ?」

思わず右腕を上げてゴミを取ろうとしたが、そのようなものは付いていない。

(しまった!)

<<あっ!手が挙がりました!どうぞこちらにいらっしゃって下さい!>>

ホッとしたような女性司会者の声に客がこっちを振り返る。

「伊作てめぇっ!!はめやがったな!」

「だってあのお姉さん困ってるじゃん!可愛い女性を助けたくないの!?」

「じゃあテメーが行け!」

と、振り上げた腕をぐいと掴まれて伊作から隣に視線を移す。

「何してんだ、時間がないんだから早く来い」

間近で留三郎の腕を掴み、無理矢理立たせたのは例の飼育員・潮江だった。

「えっ…あ、えぇ!?」

「留さん、良かったね!頑張れ!」

その無責任な言葉は何に対して言っているのだろうか。
留三郎はただ潮江に手を引かれてステージに上がった。

「俺が合図を出すから、お前はこの輪をなるべく高く上げて持っていてくれ」

「は、はい…」

呆ける留三郎には目もくれず、潮江がくわえていたホイッスルを一定の間隔で吹いた。するとイルカが水中から空高く飛び出し、宙で回転してからまた水の中に潜っていく。

(うわ…近くで見ると迫力が…)

イルカが水に飛び込んだ際に飛び散る飛沫は服をびしょびしょに濡らしていく。

(着替え持ってきてねぇんだけど…)

張りつく衣服の不快感に眉を潜めると「気を散らすな」と耳元で声がした。

いつの間にか潮江が自分の傍に立っている。

「いいな、ちゃんと集中してろ。イルカは敏感だ。こっちが気を散らせば奴も気を散らす」

「はっ、…はい」

潮江がピーッと長くホイッスルを吹いた途端、留三郎の前方から飛び上がったイルカが目前の輪をくぐって水中に消えた。

(…すっげー迫力…だけど…)

顔面に思い切り水を浴びた留三郎は頭から水を滴らせており、潮江は慌てたように留三郎と水面を交互に見比べていた。

「すっすまん!あいつ、いたずらっ子だから…ちょ、こっちこい!ああそうだ、孫平!」

潮江が飼育員の出入り口にサインを送ると、飼育員の格好をした少年が出てくる。

「すまん、頼んだ」

孫平と呼ばれた少年は口の動きだけで「はい」と言ってステージの中央に歩いていく。

<<はぁい、お兄さんありがとうございました〜!>>

半分引っ張られながらその出入り口に入ると他にも待機していたのであろう飼育員が目を見開いた。

「しししおえさん!ここは関係者以外立ち入り禁止…」

「タキがまたやったんだ。このままで帰すわけにもいくまい」

「は、はぁ…また躾し直さなきゃいけませんね…」

「その必要はない。お前は次の待機してろ」

「はい」

後をついていくと水族館の中に出た。

「こっちだ」

『STAFF ROOM』という札のついたドアを開けて中に入りしばらく歩いていると、小さな和室が設けてあった。

「待ってろよ…まずこれで髪でも拭いてろ」

ぼふ、とタオルを投げつけられて視界を遮られる。ごそごそとロッカーを探る彼の後ろ姿に留三郎はようやく現状を理解した。

「ああああああの!あの…」

「あった、ほら」

留三郎は差し出された服一式を見て固まった。

「こ、これは…?」

「俺の着替えだが」

「え、なんで、」

「お前、そんなびしょ濡れで帰れるのか」

「や、でもこれ…」

「いいから。次来たときに返せ」

「……へっ?」

「お前、毎週末ここに来てんだろ」

「…し、知って…!?」

「毎週見つけりゃ顔も覚えるわ。動物嫌いなくせに、よく何度も来れるな」

「…なんで、」

「動物が苦手な奴は分かるんだよ。早く着替えんか」

言われてようやく上着に手を伸ばすが、水を吸った衣服はすんなりと脱げてくれない。滑るボタンに苛ついていると、潮江の呟きが耳に入った。

「…お前が動物嫌いとは、勿体無いな」

「え?」

「動物たちの方はお前を気に入っている」

「……なんでわかるんですか?」

「ーーーーーーーーー…さあな」

不自然に視線を逸らした潮江に首をかしげつつ、ようやく脱げた服を置いて体をタオルで拭く。

「お前も災難だったな。タキは昔から何でもこなしてきたから少々高飛車というか、相手を馬鹿にしているところがあるんだ」

「はぁ…イルカにも性格なんてあるんスね」

「生き物には皆ある。感覚は違うだろうが、俺たちと大して変わらんさ」

「へえ…」

下着を穿き替え、ズボンを穿くと少し大きいがサイズはほぼ同じくらいだった。

「…潮江さんと一緒なら、この仕事も楽しくできるんだろうな」

「うん?」

「なんでもね。服ありがとうございました。次回必ず持ってきます」

「ああ。事務にでも出してくれ」

「いや、直接渡しに来ますよ」

「はあ?」

「お前に会うために来てんのに、お前に会わないで返したら意味ねーだろ!」

そう叫んでやると、俺はそのまま振り向かずにその場を後にした。



*****


「あっ、留さん!よかったー、どこに行ったのかと…あれ、なんか服違くない?」

「ああ…借りたんだ」

「へぇー。良かったね!また潮江さんと話す口実ができたんだ!」

「…まぁ、な」

次回、マトモに顔を合わせられるかはいささか不安であるが。

「それより、潮江さんの後に出てきた飼育員の子すごいんだよ!指示とかショーの進め方とかすっごく上手くてさ、それなのにバイトで来てるなんだって!16歳でね、僕らより年下なんだってさ!」

「へぇ…ん?…そ、そうか!バイトか!」

「え?」

「伊作、俺はここでバイトするぞ!」

「えぇ!?バイトするったって留さん、動物嫌いなんじゃ…」

「うっせーうっせー、嫌い嫌いも好きのうちだ!」

「それ、意味違うよ…それに留さん、テストで追試ばかりだからヤバイんじゃ…」

「なんだっていい、とにかく俺は受けるぞ!勉強だってやるぞ!っしゃーーーーーーーーー!燃えてきたぁあ!!」

「あぁ…そう。なら、いいけど…」

異様に燃えている友人に息を吐きつつ、伊作はさっさと次の猛獣エリアに足を進めていった。









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あきゅろす。
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